69 慟哭のカンタータ - 08
王族専用墓地。
温室のように、ガラスの壁に覆われた花々の咲き誇るそこに、メイリアの墓があった。
手を合わせる3人の影。そこにキリルの姿はない。やはり外出の許可は降りなかった。
「……殿下」
墓地から城に帰る道中、ベンクが躊躇いがちにレイエンフィリアに声をかけた。
「うん?」
「この国の方達が言う『ウェルナヴェイルは人殺し』って、誰のことなんでしょう?」
「キリルが人殺しと言われているわけじゃないと思うわ」
「そこは疑ってませんよ。だって、出自からして、王族の恨みを買うような殺しができる人じゃないじゃないですか」
「そう、ねぇ」
「そうだとするのなら、やっぱり同じウェルナヴェイルを持つ──ラ・ステッラのことを言っているとしか、思えないんです」
俯きながらそう言ったベンクに、レイエンフィリアも正直同意だった。
彼の役割上、国外への遠征も少なくない。
その道中、なにかがあった。
王族を怒らせてしまうような、殺しをしなければならなかった何かが。
──或いは。
「殺されたくなかった人を殺された、とかどうですか?」
そこまで沈黙を貫いていたアラドが口を挟む。
「いや、それはそうでしょう。殺されたくなかった人を殺されたから、王族の方達は今怒っていらっしゃるのよ?」
「ああいや、そうではなくて。例えばですけど、キリルさんの出身だった村──あの焼き払われた村でラ・ステッラに殺された人の中に、王族としては殺されたくない人が紛れ込んでいた、とかってことです」
「どういうことだ?」
「簡単なことだよ、ベンク。人身売買をこの国が密かに承認していた。なのに子供を攫うプロがラ・ステッラに殺されてしまった。これじゃあ子供の人身売買ができない。商品がないから。で、よくも人攫いを殺してくれやがったな……と言う発想になった。みたいな」
極端ではある。
が、ないとも言いきれなさそうだ。
────なんにせよ。
「情報が足りなすぎるわ。もう少し聞き込みをして、情報を集めてみましょう」
人殺し。
あちらでは散々言われてきた言葉でも、心当たりもない人間に対してその言葉を使われるのは非常に腹が立った。
────少なくとも、キリルじゃない。そのことだけでも証明してみせないと。
あまりにも彼が、可哀想で。
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ウェリンターレ王国への滞在期間は約1週間。その間に事件を解決しようなんて考えは、やはりあまりにも浅はかだった。
許された行動範囲で探りを入れてみたものの、わかったのは、
・ウェルナヴェイルという人物が何者かを殺したこと
・それは王太子に関わる人物であること
・事件が起こったのが7年前の1872年であること
の3つだけだった。
書物庫に入って調べてみたり使用人に聞いてみたりしたものの、詳しい事情を知っている人物はごくごく少数で、その殆どが『ウェルナヴェイルは王太子の関係者を殺したから』という理由だけで恨んでいたのだとわかった。
人を恨むにはあまりに軽すぎる理由だった。
しかし、わかったのもそこまで。
滞在最終日を明日に控え、再び晩餐会が開かれることになった。来てくれてありがとう、友好国同士、これからもよろしく頼む。という意志を感じる晩餐会。
当然、キリルは参加を許されなかった。
キリルは時間を持て余してしまって、レイエンフィリアに与えられた部屋の窓辺に腰掛けて、青白く輝く月を見ていた。
「こっちの月に、ウサギはいなさそうだな」
暗い灰色をした月の表面の影は、ウサギにはどうみても見えない。例えようのない、ただの影だった。
時間を持て余して、荷物の確認を始めた。やることがない、あまりにも。
「どうしたものかな」
レイエンフィリアのドレスは、明日着る一枚を残して全て片付けた。アクセサリーも、靴も、扇も調度品も花も。
片付けられていないものの方が少ないくらいだ。茶器は就寝前と起床時に使うからまだ出してあるし、彼女や自分達の手記は就寝前に開くだろうから手をつけていない。
できることが、なにもない。
あるのかもしれないが、思い浮かばない。
部屋の扉がキィと音を立てて控えめに開かれる。顔を覗かせたのはベンクだった。
「キリルさん、大丈夫ですか……?」
「大丈夫ってなんだよ、ベンク。……どうした、何かあったか?」
「殿下からお届け物ですよ」
そう言って差し出してきたのは、少しずつ料理の載った皿だった。それも2枚。
「これは?」
「お腹空いてないか心配だから届けてくれって。殿下がご自分で盛られたんですよ」
「これを?」
確かに盛られている量は二口程度で食べ切れるごく少量で、肉も野菜もパンもバランスよく盛られている。
嗚呼、なんだか──
「殿下っぽいな、この盛り方」
「ですよね。俺たちが盛ろうと思ったら、肉だけになりそうです」
「そうなることを見越してご自分で盛ったんだろうな、殿下は」
お互いに苦笑いをこぼしながら、ベンクは窓辺に皿を置いていく。
「晩餐会は楽しいか?」
「ええ、まぁ」
「……?濁らせるな、どうかしたのか?」
「皆さん、やっぱり一線を引いているんですよ。殿下から。その線があからさまに見えているから余計に、気まずいですね」
キリルさん。
改めて、ベンクが真剣な声でキリルを呼んだ。その表情は声同様に真剣だった。
「戻ってきた後の殿下のフォロー、お願いします。多分相当傷ついてます。ずっと無理して笑ってるんです。線なんか見えてないみたいに、王太子たちとも楽しそうに談笑してるんです」
わかってる。
そう口に出して、また月を見る。
月を見ているフリをして、眼下の晩餐会の会場を見ないようにしていた。
疲弊しているだろう彼女は今、この会場のどこにいるのだろう。
「ベンク、今何か──青い宝石って持ってるか?」
ストックが厳しいです……8日まで更新続けられるかな……ギリギリまで頑張ってみますが、急に予定を変えたら『ストックが切れたんだな』と思ってください。
次回更新は明日、1/5の12:00です。
よろしくお願いします!




