68 慟哭のカンタータ - 07
そのたった一言で、この会場から、この城から、この国から、キリルは存在を否定された。
──人殺し!人殺しだ!
──人殺しだ、なんてったって
──人殺しだわ、だって
「ウェルナヴェイルと言ったな、貴様!!この人殺し!!!」
──彼はウェルナヴェイルなんだから。
「ちょっと待ってください王太子殿下!!キリルが何をしたとおっしゃるんですか!!人殺しなんて!!」
「レイエンフィリア殿下、貴女は何も知らないからそうやって平然としていられるんだ!!」
「レイエンフィリア様、そんな男を側に置いておくなんていけません!」
「そうですわ、ましてや側近なんて……」
「ウェルナヴェイルは人殺しですのよ。本当に穢らわしい」
王太子を始め、3人の側妃が口々にレイエンフィリアに向けて言葉を放つ。
キリルはそれを呆然と聞いていた。
────ひと、ごろし?俺が?
否定は、しない。
だってあちらではずっと殺してきた。
仕事だからと、これが俺たちなりの正義だからと、心を殺して正義のために人を殺してきた。
だから、九龍院 暁人として「人殺し」と言われたなら、キリルはその言葉を受け入れられた。
────でも。
彼らは言った。
『ウェルナヴェイルは人殺し』
自分の意識の外で、自分は人を殺めていたのか。
記憶にない。ずっと養父さんの側で守られながら生きてきた。
それとも──
──── 養父さん……なのか?
顔が青褪めていく。
嗚呼、まずい。
────こわ、れる。
信じてきたものが、何よりも信じてきた人が、裏切り者だったなら。
────俺は、どうしたら……
キリルの視界に、レイエンフィリアの背が映り込む。王太子の非難の目から、キリルを隠すように。
「……あら」
間の抜けた声に、キリルは声の主に目を向ける。おどけたような顔で、右手を頬に当てたミュンファが、感情のない顔でキリルを見ていた。
「な、にを……」
「大変だわ。貴方、ウェルナヴェイルだったのねぇ」
「……は」
ニィ、と。
紅い唇で弧を描いて。
「大変、だわ?」
たった一言、そう言った。
そこからの記憶は、もう、ない。
♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔
気がついた時にはもう、レイエンフィリアの私室のソファの上だった。いつからそうしていたのか、両膝に肘を当てて両手を組み、黙ってその手を見つめていた。
「……キリル」
「…………」
「話しかけても、いい?」
「……はい」
絞り出した声は掠れていた。
「ウェリンターレ王国側から、キリルの謹慎要請があったわ。貴方を部屋から出さないでほしい、ってね」
落ち着いた声で、隣に腰掛けたレイエンフィリアが話す。
そうか、そりゃそうだよな。
どこか納得している自分がいた。
人殺しには部屋から出て欲しくないだろう。
「アラドのお墓参りの許可は降りたけれど、貴方の同行は拒否されたわ」
「……そう、ですか」
正直、どうでもいい。
それ、よりも──
「アラド、ベンク」
「「はい」」
「殿下と話す。席を外せ」
「はい」
「わかり、ました」
ドアの閉まる音と、靴音が遠ざかる音を聞いて、キリルは──否、暁人は、玲華を抱き寄せた。
正直もう、気が狂いそうだった。
「れいか」
「うん」
「恩人なんだ」
「うん」
「命の、恩人なんだ」
「うん」
「命の恩人を弔ってくれた、命の恩人なんだ」
自分には、命の恩人が2人もいて。
「信じて、生きてきたんだ」
そのどちらも、大切で。
「親父が、生き方を教えてくれたんだ」
彼がいなかったら、彼らがいなかったら。
「そんな人を養父さんが弔ってくれたんだ」
きっと自分は、生きてすらいないから。
「養父さんの背を追って、生きてきたんだ」
そんな、目標が。
大事な、希望が。
キリルの生きる理由が。
失われて、しまったなら。
「俺は、どうしたら──」
その先は、言葉にならなかった。
珍しいと、思った。
「……っ」
甘い口付けが、意識を散漫にさせる。
目の前の彼女しか、見えなくなる。
急にどうしたの?とか。
珍しいね、とか。
自分から口付けてくれて嬉しい、とか。
意識は、彼女に囚われて。
「なんで、私たちは──九龍院家は、生きていると思う?」
随分と唐突な問いだ。
「俺たちの行動全てが、俺たちの私利私欲じゃないから」
常に誰かのために。
刃を振るうなら、常に自分以外の誰かのために。自己保身のために刃を振るうなら、自ら命を断て。
行い全ては、“今を生きる”人類のために。
「私たちは」
「…………」
「正義の味方じゃ、ないよ」
たった一言で救われる。
それは呪文のように甘い言葉。
命をかけて戦い、傷付き、それでもなお、褒められも礼を言われもしない九龍院の役目の中で。たった1人。
「……そう、だったね」
たった、1人だけ。
「俺たちは、そうだった」
生きて帰ってきてくれて、ありがとう。
そう言ってくれた人がいた。
だからあの家で生きていた。働いていた。
正義の見方にはなれっこない。
だって人殺しだから。
誰かのために殺せば、誰かの恨みを買った。
────それと今回の、何が違う?
ただ殺した人が、身近だっただけ。
それに今までだって、自分が当事者だったじゃないか。あの狂った家の中で。
「玲華」
「ん?」
「ありがとう」
礼を込めて、キスを一つ。
気分は、驚くほど穏やかだった。
────壮也様。
あの時、後ろ指を指されながら血塗れの体を引きずって帰ったあの時。
ただただ純粋に、おかえり、と。
生きて帰ってきてくれてありがとう、と。
任務の成功でも、上司である自分の株が云々でもなく、ただ、暁人という人間の無事を喜んでくれた。
彼だけだった。
恨みを買うなんていつものことじゃないか。
自分には、彼女がいる。
かつての壮也のように、ただここにいるだけで礼を言ってくれる人が。
「玲華、ありがとう」
君さえいてくれるならきっと、俺は道を見失わずに済むから。
♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔
正義と悪は表裏一体。
養父さんもきっと、己の正義を貫いて殺したんだ。
「えっ」
「……?暁人?」
腕の中の玲華が、もぞりと動いて顔を上げる。
「ああいや、なんでもない」
今追求するのはやめよう。
養父さんは己の正義を貫いて人を殺した、それでいいじゃないか。
気にしちゃ、いけない。気付いちゃいけない。
────誰を?なんて。
この作品のテーマは共依存。
お互いに、お互い無しじゃ生きられない。
そういう意味で狂った作品です。
次回更新は明日、1/4の12:00です。
どうぞよろしくお願いします!




