67 慟哭のカンタータ - 06
目を見張った。なんだこれは。
たかが隣国からの使者の歓迎をする晩餐会のはずだ。
その使者は確かに、隣国の第3皇女ではあれど、ここまで大規模に行うものなのか。
レイエンフィリアと大臣たち数名を歓迎して、友好国であるレイヴヴィヴァーニア皇国の3倍はあろうかと言う国土の、その全てに散らばる貴族たちが集められ、談笑している。
まずは国王一家への再度の挨拶。
国王夫妻と、王太子夫妻、そして王太子の妃たちへ。
女性同士だと皆一様に、お互いの衣装を褒め髪飾りを褒め化粧を褒め。さっきも聞いたな、なんて思いつつ、そんなこと思っているとはおくびにも出さずに、キリルは談笑するレイエンフィリアの2歩後ろに控えていた。
こういう時、貴族や王族の目には使用になんて映らないものだ。ただの空気、背景、話している相手の付属品。そんなもんなんだ。
────嗚呼、反吐が出る。
貼り付けたような笑顔。
本心かもわからない賞賛。
思ってもいない謙遜。
相手の機嫌を取るための、計算し尽くされた行動、行動、行動。
────むしろ、すごいな。
レイエンフィリアは先ほどから、貴族や大臣に対し自ら挨拶に行き、名を違えることも、役職を違えることも、職務内容や家族構成も間違えることなく、意図も容易く国からの特使としての役割をこなしていく。
────アンヴィエット侯爵ですわね?
────貴方は確か、サルゴウス地方の領主の、ヴィエントン子爵ですわよね?
────シビュエンヌ大佐ですわね?お会いできて光栄ですわ。
────縫製工場を有していらっしゃるとか。
────貿易商を営んでおられるとか?海の向こうではどんなものが流行で?
休むことなく、一人一人に。
花のような笑顔を崩すこともなく、会場を舞う蝶のように、ふわりふわりと人を渡り歩く。さながら、大臣や貴族たちは歩く花のようだ。そんな花々を、レイエンフィリアという名の蝶が揺蕩い渡り歩く。
綺麗だと、思った。
同時に、凄いじゃ言い切れないほどの尊敬も。
────俺には、絶対無理だな。
もともと知っていたのか、頭に叩き込んだのかは甚だ疑問ではあれど、それでも。
レイエンフィリアという人間が、凄い。
「……!レイエンフィリア皇女殿下、あちらをご覧ください」
「……?何かありまして?」
「ミュンファ王母様ですよ、人前に出ていらっしゃるとは珍しい」
どこぞの貴族との会話の最中、その彼から話題を振られ、レイエンフィリアは壇上に目を向けた。
国王一家が座する壇上に、新たに1人、年老いた女性が現れた。顔を薄いヴェールで覆い隠した、ふくよかな体型の女性。杖をついてはいるものの、王母としての品は失われていない。
「殿下」
「ええ、行かないとね」
レイエンフィリアは壇上に近づいていく。
王母は空席だった王太子妃の1人の席、メイリアが座るはずだった貴妃の椅子を移動させ、躊躇いなく腰掛けた。
目の前に立つと、ヴェール越しに王母と目があった。
レイエンフィリアは身に染みついた作法通りに一礼をし、挨拶を述べていく。
「お初にお目にかかりますわ、ミュンファ様。隣国、レイヴヴィヴァーニア皇国の第3皇女、レイエンフィリア・グレイ・レイヴヴィヴェーニアと申します」
「ミュンファ・ド・ヴェールよ。今は王母なんてやっているけれど、ただの老いぼれ。気にせず気楽に話しかけてね」
ゆったりとした口調で、しかし明瞭に語りかけてくる。
溢れ出る品、隠しきれない聡明さ。肌でヒシヒシと感じる王族としての自尊心。
ああ、なんて──
────怖い。
「わざわざ来てくれてありがとう、レイエンフィリア殿下。長旅でお疲れでしょう?」
「いいえ、ウェリンターレ王国には幾度も足を運んでおりますし、海を渡ったこともありますもの」
「素敵ねぇ、海の向こう。私もまた行きたいわ。昔はね、国のことを放って、いろいろな国を巡ったこともあるのよ」
「あら、それは本当で……?私は仕事でしか国を巡ったことがありませんの。国を背負うことなくいろいろな国を巡るなんて、とても素敵ですわ」
「ええ、楽しかったわぁ、とてもね。違う文化、考え方、食事に作法まで。異なるものに触れるというのは素敵なことよね」
「ええ、それはとても」
「……ところで」
ミュンファ王母の目が、視線が、キリルの視線と絡み合う。
「…………ん?」
────俺?
レイエンフィリアがくるりとキリルを振り返る。
「そちらの方は?」
「私の側近……の、ことでしょうか……?」
「そう、側近の方。聡明そうな方ね。近隣では見かけない髪色だけれど、とても綺麗。ねぇ貴方、お名前は?」
キリルは迷って、レイエンフィリアをチラリと見る。自分から名乗っていいものか、それとも、レイエンフィリアに紹介させるか。
どちらにせよ、レイエンフィリアの動きで決まる。
突然のミュンファの登場に、会場中がミュンファとレイエンフィリア、キリルの3人を見つめている。楽団の演奏は続いているはずなのに、話し声は一切聞こえない。
────視線が、痛い。
「キリル」
レイエンフィリアの声がキリルの視線をミュンファに戻す。ミュンファを見つめながら、別の場所に意識を向けていた。
「……は、はい!」
「許可します。名乗りなさい」
レイエンフィリアが1歩、右にずれる。その分キリルは1歩だけ前に出て跪き、何も考えていなくとも口からこぼれるほど練習した言葉を述べた。
「お初にお目にかかります。レイエンフィリア第3皇女殿下の側近をしております。キリルザード・ウェルナヴェイルと申します」
空気が、凍る。
時間が、止まる。
視線が、突き刺すようだった視線が。
──憎しみを湛えた、怒りの感情を孕むものに変わる。
「「……えっ」」
不躾とはわかっているが、レイエンフィリアとキリルは会場中を見回した。
全員、恨みのこもった目でこちらを見ている。特に、王太子と彼の側妃の3人。
王太子が、動く。
息を、吸って。
右腕が前に突き出される。
その指はキリルを指していて。
「…………ひ」
たった、一言。
「人殺し……!!」
ビュー、っと、風が一つ。
次回更新は明日、1/3の12:00です。




