61 共鳴のレチタティーヴォ - 22
「その、わ、たし……動揺してしまって……」
「あー、なるほど」
ふむ、と少し考える素振りを見せたアラドは。
「えっ、あっ、ひゃっ」
左耳の、裏。
ちょうど髪の毛や耳の影になるそこに、キツく吸い付いた。
ちゅ、と、決して小さくはないリップ音が耳元で鳴って、マリンは思わずアラドに縋り付く。
「あ、アラドさん⁉︎いったい、な、何を⁉︎」
「…………独占欲、ですかね。これも、俺の」
────意味がわからない、どういうこと?
頭の中でぐるぐる回るその言葉の整理がつく前に、アラドが離れてしまう。
「お茶、俺が淹れますね。貴女ほど美味しくはできないと思いますけど」
照れる姿すら、愛おしむように。
アラドはそっと声をかける。
普段場内を歩く時、先頭を進むレイエンフィリアのすぐ後ろには、キリルが控えている。キリルの数歩後ろにはマリンが控え、さらにその後ろにアラドとベンクが隣り合って並ぶ。
キリルはいつもレイエンフィリアの右斜め後方に。マリンはレイエンフィリアの左斜め後方に、キリルより下がって。そして、ベンクはいつも右側に、アラドは左側についている。
左耳の裏に濃く残した痕は、よほど観察でもしない限り、アラド以外が見る事はない。
────言っただろ、独占欲だって。その姿だって、痕だって、誰にも見せてやるものか。
いつからなんて知らない。ただずっと目で追っていた。
理由なんて、それだけでいい。
「…………アラド、さん」
「はい?」
茶器を用意していた手を止めて、アラドはマリンを見下ろした。その瞳は、何かを決意したように、アラドを上目遣いに睨んでいる。
「マリンさん?」
「…………」
「……えっ、マリンさん、何して……!」
使用人控室だからと、アラドは制服の襟を緩めていた。詰められた襟元は正直息苦しくて、控室でのみ外す者がほとんどだ。
だから今、アラドの首元からは第一ボタンの外れたワイシャツが覗いていた。
マリンはその第二第三ボタンを外し、自分の方へグイッと引き寄せて──
「……っ⁉︎」
微かに、リップ音が響く。
触れた唇の感触が消えると、そこにはうっすらと痕が残る。
けれどマリンは不満そうで。
「……?上手く、付かないものですね」
「……マリン、さん」
「仕返し、です。やられてばかりでなんて、いられません」
拗ねたようにフイとそっぽを向く姿が、あまりにも愛おしくて。
「……もっと、キツく吸うんですよ。軽く痛みを感じるくらいの強さで」
襟を引っ張って、首元を露出させる。
アラドに身を寄せたマリンは、先ほどよりも強く、肌に吸い付いて痕を残そうと必死になる。
────何を張り合ってるんだか。
吸血鬼に血を与えるように身を寄せ、キスの合間の喘ぎ声のような、甘い声を上げるマリンの腰を抱き締める。花のような香りが鼻腔をくすぐって、彼女の首元に視線が集まった。
「マリンさん」
「……?」
キスをやめ、純粋そうな澄んだ瞳がアラドを見つめ返す。メイド服の首元のボタンを一つ、外して、アラドは問うた。わざとらしく、声に熱を孕ませて。
「どこまで、します?」
「…………っ!!!」
顔を真っ赤にして、マリンはアラドの胸に顔を埋めた。どうやら我に帰ったらしい。悪戯への仕返しに燃えていたせいで、自分が何をしたのか、今更ながら遅れて気付いたようだった。
────嗚呼、なんか、可愛い。
恥ずかしそうに身を小さくするマリンの耳元にキスをして、彼女の目を覗き込む。
「首筋、俺も残しましょうか?いやでも目立つくらい濃く」
「……け、けけ、結構、です!!」
「残念」
くつくつと笑えば、まだ赤い顔を隠そうと頬に触れるマリンが数歩離れた。名残惜しいけれど、甘い時間はそろそろ終わるだろう。消灯時間が近い。
「マリンさん」
「……はい」
「……マリン」
「……っ、……はい」
消え入りそうなか細い声に、真面目な声色でアラドは言い募る。
「今みたいな事、他の男相手にやらないでくださいね。あと、控室に入ってきた時みたいな顔も」
「…………どんな顔、してました……?」
「貴女に声をかけずにはいられないような、甘い顔をしてましたよ。無自覚でしょうけど、煽られているのかと思った」
「あ、おっ……!」
また赤くなる。
本当に可愛いな、と思いつつ、時間も時間なので結局使わなかった茶器を片付けた。
乱れた服を直し、最後にマリンに近づいて。
「俺を煽るのはいいですけど、他の男相手にはやめてくださいね」
そう言い置いて、その額に口付けを一つ。
「は、い……」
甘い声色を聞き届けて、アラドは私室への道を辿った。
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間もなく日付も変わる、静けさが耳に痛い夜の庭園。そこを眺めながら、1人の男が低く呟いた。
「絶対に……ぜったいに、殺してやる。兄さんよりももっと、辛く、苦しく、目も当てられないほどに惨たらしく、殺してやる……!」
男の声を拾うものはおらず、ただ、庭園の白薔薇たちだけが、その様を見つめていた。
以上で、共鳴のレチタティーヴォは終了となります。こちらも長かった……ですが、次章も長くなる予感です。なんと言いますか、やっと起承転結の『承』に入っていく、という感じです。
そうです、ここまでが『起』なんです……多分。
次回は明日、12/28、12:00から、新章『慟哭のカンタータ』開始となります。よろしくお願いします!




