60 共鳴のレチタティーヴォ - 21
「キリル!」
「ああ、お戻りですか、殿下」
「ええ。ごめんなさいね、浴室、使ってしまって」
マリンが開けた扉から、レイエンフィリアがふわりと現れる。甘い空気を纏って、柔らかに。
「寒くないですか?ネグリジェ1枚では心許ないでしょう」
「え、あ、いいのよキリル。まだ火照っているから……」
「湯冷めするのが1番ダメですよ。ほら、せめて羽織ってください」
「……っ、で、も……」
「ほら」
レイエンフィリアたちが出てくる前に、部屋に入って取ってきた薄手のジャケットをレイエンフィリアに羽織らせる。
明らかに火照りとは違う理由で、レイエンフィリアは頬を赤らめた。むぅ、と拗ねたような表情で、キリルを上目遣いで睨みつける。
そんなレイエンフィリアの姿なんて、キリルにとってはただ愛おしいだけで。
「…………」
「……っ、…………」
レイエンフィリアの顔にかかる横髪を、柔らかな手つきで耳にかける。手に擦り寄るレイエンフィリアの頬を撫でて、キリルはアラドとベンクに向き直った。
「2人とも、マリンさんを頼む。俺は遅れて殿下を連れて行くよ」
「「了解です」」
「えっ、あの」
「さ、マリンさん。行きましょう」
「いや、でも、姫様……」
「キリルさんが『遅れて連れて行く』って言ってるんですから。お茶でも用意して待っていましょう。ほら」
「でも……」
右側からアラドに腰を、左側からベンクに背を押されて、マリンは視線を2人へ交互に向けながら廊下の角に消えて行く。
その、瞬間。
「…………っ、ぅん!」
後頭部に回された手に、ぐいっと引き寄せられて、覆い被さるように口付けられる。
舌が絡んで、唾液が混ざりあって、衣擦れの音が響く。腰に手がまわって、強く抱き寄せられて。背伸びをしても足りないから、暁人の首に腕を回した。
それでも、たりない。
「……ぁ、んんっ、は、あ……」
「ごめん、急に……自分でもよく、わからない」
「……は、ぁ……ね、あきひと……」
「ん……?」
「キス……もっと……」
「……っ!…………仰せの通りに」
部屋には戻れない。きっとキスだけじゃ済まなくなるから。それに、マリンも待っている。だから──
「……んっ、っあ……ふ……」
玲華の背中に壁が触れて、首に回した両腕を暁人の背に回した。
「んんっ、ふっ……はぁっ、んぅ……」
今が、最後。
あとはもう、いつ暁人と玲華に戻れるかわからない。
だから、今だけは────
────もっと深く、刻みつけて欲しい。
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ガチャリと、レイエンフィリアの私室の扉が開く。ノックもなしに扉を開けるのは、部屋の主しかいないだろう。
「おかえりなさいませ、姫様」
「うん、ただいま」
ほんのりと色付いた頬は見なかったことにして、マリンは椅子を引いた。ゆったりした足取りで、レイエンフィリアが椅子に腰掛ける。
「……えっ」
「……?どうしたの、マリン?」
「あ、いえ。お茶、用意しますね」
顔に熱が集まる。
ドキドキする。心拍数がすごい。
震える手をなんとか制して、いつも通りにお茶を淹れる。
「ありがとう、マリン。もう下がっていいわ。茶器は明日の朝にでも片付けて」
「……はい、失礼致します」
一礼して、ゆっくりと廊下に出た。
音を立てないように扉を閉めて、ここもまた音を立てないように気をつけて使用人控室に走る。
多分今、顔が赤い。
早くどこかに隠れてしまいたい。
駆け込むようにして扉を開け、バタンと音を立ててしまった扉に寄り掛かって息を整えようとする。
「マリンさん?どうかしたんですか?」
「……っひゃあ!」
「⁉︎……マリンさん?」
「あ、らど……さん………」
部屋の奥に予想外に人がいたらしい。気付かなかった自分に腹が立つ。
「何かありましたか?」
なんでもない、と言い募るには、あまりにも何かあったような行動をとってしまった。
「あ、あの……え、っと……」
「……顔が赤いですよ。誰かが走ってきたのには気付きましたが、まさか貴女が?」
「え、えぇ……ごめんなさい」
「俺以外には気付いていないでしょうから、謝らなくてもいいですよ。……それで、何があったんですか?」
「…………っ」
かぁ、と、また顔に熱が集まる。思い出して赤面してしまった。
「マリンさん?」
「や、あの……えっと」
「俺には言い難いことですか?」
「そ、うじゃ、なくて……」
言ってしまおうか。
それとも、レイエンフィリアのために隠し通すべきか。
早速決意が揺らいでしまう。
「マリンさん」
「……っ!は、い……」
いつの間にか目の前に立っていたアラドに、おずおずと言った風にマリンは視線を上げる。彼の視線は、見たことがないくらいに優しいものだった。
「あ、らど……さん?」
「…………」
アラドは何も言わずに、走ってきてほつれてしまった髪をゆっくりと耳に掛ける。
「…………貴女の」
「……?」
「貴女の負担を減らしたい。教えてもうことはできませんか?」
「負、担……ですか?」
「よく言うでしょう。1人で抱えきれない事は、誰かと共有する事で軽くなる。俺、我ながら口は硬いですよ」
その言葉を聞いて、マリンはアラドの胸元に触れ、数歩近づいた。大きな声で言うのは恥ずかしいし、かと言って、ちゃんと聞き取れる近さにいたかった。
顔を俯かせると、制服の襟が額を掠めた。こんなふうに異性に近づいたのは初めてだけれど、そうも言っていられない。頭の中は今もパニックだ。
「あ、の……」
「はい」
か細い声も、アラドはちゃんと拾ってくれたようで。
少し安心して、目を閉じたまま、どうにか言い切る。
「ひ、ひめさま、の……その、首筋、に…………き、キス、マークが、付いていて……」
年末年始連続投稿開始です。
この無駄に甘ったるい時間も間も無く終わります。要するに間も無く新章開始です!
年内に新章に行くことができてよかった……
次回もまだ甘ったるいですが、スパイスも少々落とし込んであります。
その次回は明日、12/27、12:00となります。
お楽しみに!




