57 共鳴のレチタティーヴォ - 18
柔らかな手つきで、目元を撫でられる。涙を拭われたのだと、遅れて気がついた。
「……んっ」
「ふっ、無意識か?」
「……?なに、が……?」
「煽られてる感じがする」
「……っ!」
かぁ、と顔に熱が集まるような感覚がして、玲華は暁人から顔を背けた。
けれど、暁人はそんな状況すら楽しんでいるようで。
「ほら、顔見せて」
「…………っ、や、だ……!」
「だから煽るなって」
「⁉︎ち、ちがっ……っ、んぅ⁉︎」
また、唇が塞がれて舌が絡む。
息ができなくて、涙が滲んで、苦しくて、甘くて、深くて、きもちがいい。
ふわっと、意識が浮くような気がしてくる。
────嗚呼、ねぇ、もう…………
戻れなく、なる。
この夜が終われば、玲華と暁人は皇女と側近になる。なのに。
「…………ぁ……ぅ」
「…………っん、は」
────おかしい。なんだろう、これ。
記憶は、もう流れ込んでこない。お互いが制限しているからか、もう暁人にも玲華にも、記憶は流れ込んできていない。
なのに。
暁人は言った。
『2人、夜を徹して語らいましょう。ここに来るまでのこととか、これからどうしたいのかとか。どうですか?』
と。
────全然、“語らって”ない。“見せて”いるだけじゃない。
それは、語って聞かせるよりももっと現実味のある、いわば擬似体験のようなもので。
痛みも、苦しみも、感情も。全ての記憶が『見てきたもの』として流れ込む。
逃れたいのに、知りたくて。
怖いけれど、目を逸らしたくなくて。
辛いけれど、その痛みを共有したくて。
苦しいけれど、1人じゃないと、言いたくて。
トントンと、暁人の胸を叩く。
離せ、解放しろ、の意味を込めて。
「…………っは、もう……!」
「……そんなに聞きたいのか?」
──拾われた後のこと。
小さく続けられた言葉に、玲華は頷いた。そのすぐ後に『言葉でね』と付け足して。
暁人が頑なにキスで記憶を伝えたのは、少年が崩壊していく様を、自分自身が体験していないからだった。
少年が壊れたことを、知識だけで知っているような感覚だ。交通事故のニュースを見て、『痛ましい事故が起きた』とただ知っているだけ。そんな感覚だった。
けれど、玲華が聞きたがっているのは違う。
少年が“暁人”になってからの、日々。
どういう風に育ったの?
何か言い聞かされたことは?
家独自のルールとか、ないの?
知りたいことはたくさんで。
囚われの少年には同情する。
悲しいほどに苦しく、辛く、だから狂おしい。貴方という存在ごと愛してしまえるほどに。
でも、いつかの少年の痛みより、今の貴方のことの方が、ずっとずっと知りたくて。
「ねぇ、教えて。貴方が貴方になってから、どういう風に過ごしたの?」
「特別、何かしてもらったっていうわけじゃないさ」
玲華の隣に横になって、暁人は懐かしむような目で天井を見る。でも彼の目にはきっと、天井は映っていないのだろう。
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「俺たちと、来るか?」
その言葉に頷いてから、俺はその騎士──後の養父の馬に乗せられ、業火に包まれた村に戻った。
生存者がいるなら助けなければならないし、何より、村を襲って火を放った商人たちを捕らえたかったから。
村の前にたどり着いた時、商人の集団が馬に乗った俺を指差して言ったんだ。
「あっ、ヴェス、いました!9476です!」
「なんだあの連中は、騎士団か?こんな国境沿いの村に」
「なんで騎士団なんかが……って、あの紋章……れ、レイヴヴィヴェーニアの連中ですよ!!」
ヴェスと呼ばれたリーダー格のほかに、人数は十数人。皆武器を手に持っていた。
そして養父は、俺の顔を覗き込んで聞いてきた。今思えば、緊張も警戒もせず、あっけらかんとして聞かれた気がするよ。
「9476って、お前の名前か?」
俺はぶんぶん首を振って、自分はキリルザードだと言った。親父がくれた名前だけが、何も持たない少年だった俺を、“俺”にしてくれたから。
「そうか。んじゃキリルザード、馬から降りるなよ。すぐ終わらせるから」
瞬く間に商人たちを捕らえ、村を探索に行った騎士団員は、生存者は俺を除き1人もいないこと。近隣の村人が消火活動の助力に来てくれたことなどを養父に報告してくれた。
その後、養父は俺に目を向けて、頭を撫でながら声をかけてくれたんだ。
「キリルザード、この後お前はどうする?近くの村に送って行って、そこで生活するか。助力に来てくれた村人に引き取ってもらうか。それとも──」
来るか?レイヴヴィヴェーニアに。俺たちの国に。
国境沿いの村で、用心棒のようなものを生業としていたこともあり、レイヴヴィヴェーニアという国がどんな国なのかは少しは知っていたけど。俺なんかが行っていいのか、命の恩人とはいえど、頼っていい人なのか、わからなくて。
「お、れは──」
手を、とりたい。
でもそれが正しいことなのかわからない。
そんな思いがせめぎあって、動けなかった。
けれど──
『ねぇ、君。誰にも理解してもらえない、君を孤独にしたその能力を、世界の人々のために使ってみない?』
初めて壮也に出会った時、かけられた言葉が蘇って。
だから、俺は養父の手をとった。
伸ばされた手が悪だったとしても、それを正すくらいの能力は身につければよかったし。
何より、信じてみたかった。
いつだって幼少時には卑下され続けた自分に、壮也と同じように手を差し伸べたこの人を、信じてみたくなったんだ。
次回更新は12/5、12:00です。




