56 共鳴のレチタティーヴォ - 17
「お前は相変わらず、変な戦い方をするよなぁ」
戦闘練習に参加していた暁人── キリルザードは、そんな彼の姿を見ていた頭領のアーノルド・ファーゴに視線を向けた。
指南役の男に声をかけ、アーノルドの元へ駆け寄る。
「変って言われても……」
────転生前まではコレが普通だったもので。
なんて言えるわけもなく。
変な癖がついている変わった餓鬼、を演じていた。中身は二十歳越えなこともあって、子供の演技をすることは気恥ずかしい。
2畳程しかないあの部屋からキリルを助け出したのは、この近辺の自警団をしている『アルバス・アーラ』という一行だった。
頭領のアーノルドを中心に、山中に村を作り、近辺の村やそこまでの道を警邏し、旅人や村人守る代わりに金銭や食料をもらって生きていた。
キリルがいるウェリンターレ王国は、王都付近となればそれなりに栄えているものの、地方に行くほど治安は悪くなる。
自警団としてみんなが働いているのは、治安の悪さを解消するための行為の一環だ。
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。
キリルをそう呼び続けていた人間たちは、裏社会で人身売買をしていた集団だった。
攫ってきた子供をオークションに出し、買い手が子供を連れて屋敷に帰る最中、馬車を襲って子供を取り返す。
そうして何度も、金持ちに金を払わせては子供を取り返す、を繰り返していた。
どこかの村で攫われたと思われるキリルが転生した少年は、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎と呼ばれて3年間もそんなことに巻き込まれていたらしい。
名前も奪われ、記憶を失い、人格まで歪んだ少年に、暁人は転生したのだ。
当初、暁人の耳にはアーノルドたちの言葉がわからなかった。
言語の違いではなく、過度のストレスにより壊れた少年の脳は、言語を理解することも、言葉を発することもできなくなっていた。
けれどそれは、むしろ暁人には都合が良かった。
(アーノルドたちの見解では)6歳くらいと思しき子供の演技を、二十歳過ぎの男がやるというのはそれなりにキツくて、心の準備期間が欲しかったからだ。
────6歳の少年が、3年間も人身売買に引き摺り回されていた。
3歳で攫われて視界を奪われ、心を崩壊させ言葉を失い、記憶までもを失うのはどれほどのストレスだったのだろう。
転生した時には記憶を失っていたキリルにはわからなかった。
「ま、お前独特の戦い方は、知らない奴からしたら脅威でしかないからな。戦いの基礎を覚えつつ、活かせよ」
「はーい」
子供らしく子供らしく。
仕草や言動は九龍院家にいる子供を真似た。
助けられた時には6歳だった少年は、まもなく15歳になろうとしている。誕生日のない少年は、アーノルドに助け出された日を誕生日と定めていた。
キリルザードの名をもらったのも、その日。
記憶も名前も持たない少年は、その日に⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎からキリルザードになった。
「あ、ねぇ頭領「ぁん?」……じゃなくて、親父」
「なんだ?」
「今日、パンが食べたいな」
「…………」
アーノルドは数回、パチパチと目を瞬かせたあと、ニカッと笑って言った。
「おう任せろ。嫁に言ってきてやる『お前のリクエストだ』ってな!」
運命の日が近づいていた。
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燃えている。
パチパチ、音がそこかしこで鳴っている。
村人の逃げ惑う声。
男たちが戦う雄叫び。
家屋の中から助けを乞う声。
負傷した男の呻くような悲鳴。
耳に突き刺さる。
誰も、知らなかった。
キリル自身も、知らなかった。
「いたぞ!あの餓鬼だ!」
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎だ!捕まえろ!」
「キリル!逃げろ!!」
剣一つを片手で握りしめ、キリルは逃げるしかできなかった。
いかに転生していて、中に暁人が居るのだとしても、体が違う。体躯の違い、鍛え方の違い。それは暁人にとって、限りなく不利なものだった。少し鍛えただけの子供──青年の体では、大の大人には敵わない。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、待てコラ!!」
「…………っ!」
待てと言われて待つほど大人じゃない。地形を活かして逃げる。待ち伏せて、切る。
こういうやり方じゃないと、子供では敵わないのだ。
知らなかった。
なんで賊たちはキリルを狙うのか。
いつもいつも、キリルは高値で売れて、再び攫われるのか。
「ちがう、俺は……!」
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、やってくれるじゃねぇか」
「ちがう、ちがう」
目を背けてきたその呼び名。聞きたくないと耳を塞いだ。記憶を失い、言葉を失ってもなお、その呼び名だけは失わなかった。
「何人だ」
「はぁ?」
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。
「今まで、何人の子供を攫った?」
「っ、ははっ、あっはははっ!!」
9476。
その数字が意味することは。
「何人の未来を奪った⁉︎」
「はっ、あー、……知るかよ」
男が剣を振りかぶる。
男の後ろには燃え盛る家。
キリルを救ってくれた、大事な家族たちがいたはずの、村が。キリル1人を攫うために、燃えている。死んでいく。
────親父はどうなった?村のみんなは?
今まさに、キリルを捕まえんと殺しにきている男を前に、キリルが考えていたのはそんなことだった。
────生きなきゃ、俺だけでも。
両目が熱くなる。頭の中に地図が、経路が、ひらめく。
救ってくれた命を、繋げなくちゃ。
その一心で、キリルは再び逃げた。剣を振り上げた男の体勢では、逃げる隙がたくさんある。
山を駆け降り、とにかく山道へ。
伊達に九龍院家に所属していたわけじゃない。木から木へ飛び移るなんて、鍛えれば簡単だった。
────正解を、見抜く目……ね。
あの場で戦う選択肢もあった。
けれど逃げろと、目は言った。
ならばきっと──
────この先に、正解がある。
後ろからは7人の男たち。キリルを見失わないよう、松明を片手に追いかけてきていた。
けれどそんなもの、キリルは気にしなかった。
────馬の、蹄の音。6体か?
山道が近づくと、その音ははっきりと聞こえ始めた。けれど、追いつかれる方が早い。
「……っ!」
持っていた剣を振りかぶり、まずは1人。松明を持っていた男を殺した。目を切り裂き、悶えたところで喉を突き刺した。
剣を引き抜き、左後方の男を袈裟斬りにする。軌道は心臓を裂くように。
右から剣が振り下ろされ、刀身でそれを受け止めたけれど、バキンッという音を立てて剣が折れた。
キリルの剣を折った男は、力を込めて振りかぶった反動であと2秒は動けないだろう。後ろの残り4人の男も、まだ足場が斜めになっていてバランスが悪いから、だいたい3秒は稼げる。
キリルは馬の蹄が聞こえる方へ走り出した。まずは武器、あるいは人手がいる。
「……っはぁ、はぁ!」
カーブの先に、馬に跨る騎士の格好をした6人の男たち。キリルに驚いて馬を止めた。
「君、こんな──」
「……っ!」
話している暇はなかった。
1番近くにいた騎士の腰に下げられていた剣を奪い、カーブから顔を出した男を真っ先に殺す。
わらわらと出てきた残りの男も、1人ずつ。
刺し、切り裂き、受け止めて、殴る。蹴り付けて斬り、頭蓋ごと頭を貫いた。
「おまえ……」
先頭に立つ騎士は驚いた。
あんな戦い方は見たことがない。
齢15かその前後の子供が、躊躇いなく、的確に人を殺した。
そして青年の、黒い髪。
近隣の国では見たことがなかった。
頭上で未だに轟々と燃え盛る村をチラリと見て、騎士は問う。黒煙が上がり、木々は焼け、赤や黄色の炎がここからでも視認できる。
「あの村の、子供か?」
「……はい」
馬から降り、騎士は青年に手を差し出した。
「俺たちと、来るか?」
騎士が胸に掲げた紋章は、隣国、レイヴヴィヴェーニア皇国のものだった。
次回更新は11/21、12:00です。




