55 共鳴のレチタティーヴォ - 16
1863年
少年が死んだ日。
或いは、少年が“少年”ではなくなった日。
暁人が意識を浮上させた時、妙な体の軽さを感じた。
────なんだ?体が軽い。
体は鍛えていたし、身長も平均より少しだけ高かった暁人は、同い年の一般男子より少し体重はあった。
筋肉質な体は、質量のわりに機敏な動きと見た目をもたらしていた。刀を振るうわりに、肉体は細身な方だったし、ヒトじゃない【暁】にも引けを取らない動きをしていた。
なのに、軽い。
まるで体が子供になったかのようだ。
確かめたいけれど、開いているはずの目には暗闇しか映らない。次第に暗さに慣れるだろうと思っていたのに、そんな気配は全くない。
「……っ」
知らない場所では何もできないと考え、見えない世界を手探りに動いてみる。
背中には壁の感触。足元には床の感触。
────このまま横に移動して、壁に肩がつくまで、動く。
ゆっくりと横に移動した。
背中は壁につけたまま、慎重に、肩に神経を集中させ移動する。その回数、2回。
ゴツゴツとした壁の感触がある。
左手で触れると、規則的な石の感触がした。
────レンガ製の部屋か?暗いのも頷ける。光が届かないんだ。
異常な体の軽さに驚きつつ立ち上がり、壁伝いに前に移動する。1歩、2歩と進んで、4歩目。靴の先が壁にぶつかった。
部屋の一辺は、自分の足で4歩分。じゃあ、横は?
ゆっくりと方向転換して、また進む。一歩の歩幅を変えないように気をつけつつ、歩くと──また、4歩。
もう一辺は?──4歩。
最後の一辺は?──4歩。
────広さは……2畳の部屋くらい、か?それに、1箇所だけ、牢屋のような鉄格子がある。
鉄製と思われる、丸い棒が何本かあった。
硬くて、冷たくて、触れるとざらりとしている。おそらくは、錆。
────ここはどこだ。今は何時なんだ。
周囲は真っ暗。何も見えない。光が一切入らないから、目も全く慣れない。
体に触れてみる。
上半身に纏っているのは、薄い布を適当に服にしました、というような粗末なもの。下半身も同じだった。
靴も履いてはいるけれど、靴底は薄くボロボロで、先ほどから何度も脱げそうになった。
意識を集中させ、外の気配を窺う。
目が見えないのはむしろ都合がいい。意識を集中させられる。
鉄格子の向こう、同じ石でできているのであろう廊下。石でできたものは音を反響させやすい。
────足音?それも数人ってレベルじゃない。
ガシャガシャという、例えるなら鎧姿で走っているような忙しない音が、遠くから反響して聞こえる。
けれど、遠い。
────あーくそ、目が見えない。なんなんだ。
目が見えない理由がわからない。
目は開けているはずだ。なのに光が一切目に映らない。
目元に手をやってみる。
手に触れたのは布の感触。
────布?ならなんで気付かなかったんだ?
目元に何か巻かれているのなら、すぐに気づくはずなのに。目元にはあまり違和感を感じない。
布の感触をたどり、後頭部を弄ると乱雑な結び目があった。無理やりにほどき、目元を覆い隠していたものを外す。
床に放り投げたそれは──
「…………っ」
皮。
革じゃなく、皮。
きっと、誰も彼もの身近にある。
きっと、毎日目に映っている、皮。
人間の、皮。
独特の風合い、色、感触。
幾度となく、正義の名の下に人を殺めてきた暁人には、直感的にわかった。わかってしまった。
光を取り戻した視界に、1番に映すべきじゃなかったと後悔した。
かぶりを振って、鉄格子を睨む。牢屋の扉のように、四角い鉄製の枠に鉄の棒が並んでいる。
────鍵か?それとも閂?
鉄格子の向こうは鉄の扉。
けれどその隙間から光が漏れていて、それだけの光量があれば、暗闇を見ることは容易だった。
目を見張るのは、壁。
四方を囲む壁は所々が赤黒く染まっている。髪がこびりついていたり、場所によっては肉が乾いて固まっている場所もあった。
凄惨、だった。まるで拷問部屋だ。
周囲を見回して、気付く。
────視線が、低い?
自分の体を見下ろす。
細い腕、細い足。適当にあつらえられた上下の服。サイズの合っていない薄い靴。
────お前、いくつだ?
自分がわからない。
外の喧騒が近づいてくる。
────この子供は誰だ。
ガシャガシャと近くで音がした。
────俺は、何者なんだ。
ガシャンと音がして、次いで重く鈍い音が響く。
────この世界は、なんだ。
「お前!大丈夫か⁉︎無事か⁉︎生きてるな⁉︎……おい!生きてる子供がいるぞ!!」
誰かに声をかけられたけれど、暁人の耳には届いていなかった。
少年に声をかけた男の視界に飛び込んできたのは。
「…………っな」
幼く、細く、弱い。
そんな、非力な子供の姿だった。
描写し忘れたのでここで補足を。
書き加えようと思ったのですが、どこに書くべきか迷ったままになっていました。
少年の目元を覆っていたのは、人間の皮、タオル的な紐代わりの布の順です。
皮だけで縛っていたのではなく、耳の手前あたりから反対の耳の手前までを人の皮で覆い隠し、その上から布で縛っていました。
付けた当初こそ違和感を感じるでしょうが、じきに体温と入り混じってわからなくなるかな、と。
こうやって書いてみるとグロいな……大変失礼致しました。でもまぁ、R-15つけていますのでご了承の上ですよね?
次回更新は11/7、12:00です。
よろしくお願いします。




