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【本編完結済】殺戮の皇女  作者: イチノセ
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52  共鳴のレチタティーヴォ - 13

落ちて、堕ちて。


どこまでも暗く、深い、そして青い、花の楽園は。




「愚かで、かわいそうなお嬢さん。君を、あの国に連れて行ってあげる。それが彼らの望みで、僕の役目だ」


「あの国……?」


「そう。殺された君の、新たな行く先。代替品としての新たな日常。当たり前に組み込まれた狂気と永遠の皇国、偽物の楽園。表面に騙された、美しいだけの理想郷」




くいっ、と。

首を左に向けて。




「ついておいで」




コートをはためかせ、ゆっくりと動く。


座り込んでいた玲華は、彼を目で追いながらも立ち上がり、ついていく。


手のひらにちょうど収まるような大きさの、青い花。踏まないように気をつけつつ、一面の花畑を歩いて。


ふと、オルディネが動きを止める。




「さ、覗いてごらん」




湖が、あった。水面ギリギリまで花が咲き、見えないはずの月が、暗い水面にのみ写っている。視線を上げても、そこに月などありはしないのに。




「彼女が、今から君が成り代わる人間だ」




水面に、プロジェクターで映し出されたように映像が浮かび上がる。


再現映像やドラマの中でしか見たことのない、中世の街並み。タイル張りの街道やガス灯、笑顔で歩きゆく人の群れ。


そこはまるで、平和を具現化したような美しい街で。




「ほら、彼女だよ」




指し示すとともに、映像が1人の女性を映し出す。


艶々と流れる銀の髪。空を映したように綺麗な青い瞳。洗練された所作の一つ一つ、民に微笑みかける表情。


その全てが、あまりにも完成された美しさで。




「きれいな人……」




思わず、といった風に、玲華の口から言葉が漏れる。


しかし──




「この後だ」




え、と思った瞬間、レイエンフィリアが焦った顔で荷馬車の前に飛び出した。


一瞬目を離した瞬間だった。

レイエンフィリアの目の前で、道に子供が飛び出してしまったらしい。街道は賑わっていて、出店の陰から飛び出した子供の姿は見えなかったようだった。


騎士は青い顔で周囲を規制しレイエンフィリアに駆け寄る。


レイエンフィリアにフォーカスしようとした瞬間、映像が終わる。




「ねぇ、彼女は⁉︎」


「君が向こうに行けばわかる。そこからは君が彼女になるんだ」




オルディネと視線が合う。


仮面で隠されたままじゃ、彼の表情はわからないのに。何故か、彼が見ているものが自分じゃないことはわかって。




「彼女が事故にあったのは2日前。君は今から彼女のもとに行くんだ。今から、ね」




ガクンッ!と体の力が抜けた。


周囲には真っ黒な穴が空いていて、そこに体が沈み込んでいく。沼に沈むみたいにゆっくりと沈んでいくのに、体にはなんの感覚もない。


腰まで沈んだところで、オルディネの声に顔をあげる。




「それでは、玲華。君が紡ぐ2度目の物語を、“僕ら”はここで見守っているよ。忘れないで。いつも見ているから」




深淵に、肩まで浸かっていく。




「あちらで生きていくために、君に特別な力をあげる」




徐々に徐々に、口元まで近づいてきて、思わず顔を上に向けた。視界にはオルディネと、静かに輝く星々があって。




「魔法のある世界で生きていくための、“無尽蔵の魔力炉”と、そしてもうひとつ────」




──耳が、呑まれる。



底無しの穴に落ちるように、玲華の視界を黒が塗りつぶす。


気絶するように意識が途絶えて、次に目が覚めた時。玲華は自分が“自分”では無くなったことに気がついた。




♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔




唇の端から漏れる息は、自分でも驚くくらいに熱くて、甘い。




「……っあ、…………んっ、……ふ」


「…………っは」




腰に回された腕とか、頸から耳元を支える彼の左手とか。段々と深く、記憶を引きずり出すように深い口付けは初めてで。




「…………っん、っね、ちょっと」


「んー?」


「思い出したく、ない……っ⁉︎」


「“俺の”が見終わってないだろ」


「だって、つら…………んんっ!……ちょっと、遮らないで!」




少し、何か言葉を紡ごうとすれば、すぐに唇が塞がれる。


“彼の”を見終わっていない。


それは確かに事実だけれど。

自分の記憶は、もう、思い出したくない。


意図的に、貴女を殺したくて殺しました。


そう言われて、追いやられるようにレイヴヴィヴェーニアに転生させられて。




「…………私が、何をしたって言うの……⁉︎」


「……玲華」


「…………ぁき、……っえ⁉︎……んっ」




甘く、甘く。

ドサッっと押し倒されて、舌が絡んで、何度も何度も角度を変えて。




「……だ、め!あきひ……」


「なにもしないから」


「だからすでにしてる!」




ペロリと唇を舐める仕草が、妙に色っぽくて。変な熱が入ってしまいそうで、怖くなる。


手を、伸ばしてしまいそうで。




────嗚呼、でも。やっぱり、貴方のことは、全部知りたいかも。



ふと、言葉を区切って。

玲華は暁人を蕩けるような熱の篭った、でも、どこか納得したような、そんな目で見つめた。



だって、私は──




「…………ね、あきひと」




声が甘い。




「ん?」


「キス、して。もう一回。全部、見たい」


「……どういう心境の変化?」




拗ねた顔で、玲華が駄々をこねるみたいに手を伸ばすと、暁人は少しだけ目を細めてから、息が止まるほど深く口付けた。


甘い、深い、苦しい、つらい。


気が、狂いそうになる程。

愛おしくて、つらくて、悲しくて。


見れば見るほど、愛してしまいそうで。




────違う。私たちは、そういうのじゃ、ない。




言い聞かせなきゃ、わからなくなる。


暁人の首に両腕を回して、言外に離れたくないと、伝わって欲しくて。


貴方はもう、1人じゃないの。

誰も知らない世界で、1人きりじゃないの。




「……っふ、ぁ…………っ」




伝えたくても、唇の端からは甘い嬌声しか出てこなくて。


髪を柔らかく撫でられる感触に、うっすらと目を開ける。それに気付いた暁人は、ゆっくりと唇を解放した。




「……今にも泣きそうじゃないか」


「……だ、って」


「嫌だったか?コレ。それとも辛かった?」




鼻先が触れ合うくらいの距離で囁かれる。暁人の首に回した両腕に少し力を込めて、玲華は彼を引き寄せた。




「……っ⁉︎」




口付けて見ることが出る記憶は、その人が『見てもいい』『知って欲しい』と思っている記憶に限られる。


だから、心の奥底に『これは教えない』と押し込んでしまえば、相手はその記憶を見ることができない。


玲華は、今更ながらに見られる記憶に制限をかけられて良かったと、思った。

次回更新は8/26の12:00です。

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