51 共鳴のレチタティーヴォ - 12
そこは、一面に青い花が咲き誇る、不思議で素敵な、夢のような場所。
「やぁ、目が覚めたようだね」
柔らかな、比較的高い男の声が、玲華の頭上から降ってきた。
視線を上へとずらせば、目を見張るほど綺麗な星の海。月は見えないのに風景はしっかりと見渡せて、心なしか花々が自ら光っているようにも見える。
そんな場所に、ふわりと揺蕩うように、【その男】は浮かんでいた。
柔らかな金の髪、顔はベネチアンマスクによって隠されてどんな顔立ちかは窺えないが、覗く口元は綺麗に微笑んでいる。
玲華は本能的に、『気味が悪い』『不気味だ』『怖い』と思った。
足元までを覆い隠す黒のインバネスコートは風もないのにひらめいていて、黒と金の陰影が人間味を感じさせない。
「言葉は……通じているみたいだね。よかった。ここまできて話が通じないのでは、僕が面白くないからね」
「…………」
「僕はオルディネ。はじめまして、愚かなお嬢さん」
オルディネ、と。
そう名乗った男はふわりふわりと揺蕩いながら、玲華を見下ろしている。
「まさか、こうも簡単に死んでくれるとはね。思いもしなかったよ。ああ、本当にね」
まるで、そう差し向けたみたいに。
ふふっ、と楽しそうに、この男は笑っている。
「あ、貴方は、一体、なんなの……?」
「今言っただろう?僕はオルディネ。それだけさ。僕たちを作ったのは君たち九龍院の人間で、僕たちは九龍院の人間の意思で、こうして君をここに招いたんだよ」
「九龍院家の……?」
「そう。見てわかるとおり、僕は“君と同じ人間”じゃない。九龍院家が身勝手に作った新たな人類、世界の裁定者、神の劣化品。それが僕たちだ」
意味が、わからない。
九龍院家はそんなものを作るような家じゃない。
“今”を生きる人のため、人という種族のため。彼らの行く道を阻むものを徹底的に排除して前人未到の地を切り開く。
世界のための汚れ役。
ヒトが作るの未来のため、いずれ亡骸となる犠牲者の群れ。
それが、九龍院のはずで。
「九龍院家も、ちょっと図に乗り過ぎているきらいがあるようだね。自分たちは普通の人間より偉いとでも思っているのかな」
たしかに、そう考えている九龍院の人間もいる。
お前たちの安寧とした生活は、我ら九龍院が血を流し、身を削り、命を捧げて築き上げた楽園の上で成り立っているものなのだと。
国一つ築き上げることさえ、名前を変えた各国の九龍院家が手を貸しているのだと。
人の営みを害そうとするモノを、今もなお排除し続けているのは我々なのだと。
そう、声を上げ続けている者もいる。
「そんな九龍院家は、最終的に何を作ったと思う?疑似的な不老不死を完成させて。300人近い犠牲者を出しながらも贋作の神様を5人も作り上げて。なにを、作ったと思う?」
「…………」
「【新たな人類】だよ。くだらないと思わないかい?進化の過程で区別された、猿人、原人、旧人、そして君たち新人。そこに新たな人類を作ろうとしていたんだ。僕たち、【神人】を。──馬鹿馬鹿しい。くだらない。巫山戯てる。その感想全てが正解だよ。恐ろしいほどに意味がなく、悲しいほどに馬鹿な行いだ。そうは、思わない?」
ふわふわと漂う体を折り曲げて、まだ高い位置にはあれど、玲華と視線を合わせてくる。
「いいかな、お嬢さん。……いいや、玲華。君の死は、君の取った行動は、全てがこちらの思惑通りなんだ。あの状況なら、きっと君はこうするだろう、ってね。どんなに九龍院を嫌っていても、君の心の中の善性は、目の前の無力な子供を助けずにはいられない。だから君は死んだ。殺された。あの殺人鬼が、君を殺すためにと仕組まれたものだとも知らないままに」
────ああ、嗚呼、なんて。
なんて、狂った家に生まれてしまったのだろう。
生まれた家が違えば。
生まれた環境が違えば。
世界はもっと、私に優しかっただろうに。
自分が殺されたのは、偶然ではなく必然で。
自分が選ばれたのも、偶然ではなく必然で。
好んで読んだ物語みたいに、主人公を転生させるための前振りとして死んだんじゃなく。
玲華という人間を殺すために。そのために用意された殺人鬼に殺された。
「死という結末は同じでも、君と物語では通ってきた過程が違う。手段か、目的か。今回の場合、君は確実に後者だ。かわいそうに」
ただ、当て所なく街をぶらついて。
『ウィンドウショッピングでもしようかな』なんて思ったり、『お昼時だから混でるな』とか呟いたりなんかして。
そんな風に、専門学校をサボって散歩したあの日。
目の前で、3人家族のうちの父親と母親が、覆面の男に殺されていた。
サッカーボールを両手で抱えるように蹲った男の子は、尻餅をついたままじりじりと後ずさろうとしていて。
気づいた時には、権能を使って、子供を庇うように抱え込んでいた。
権能をほぼ全開にした体は、人の目が捉えられないくらいの速度で子供に駆け寄って。
子供めがけて振り上げられたナイフも、今考えれば、ヒトが出せる速度ではない速さで振り下ろされていた。
防がなきゃ、と思った時には、もう、遅くて。
周囲から上がる悲鳴とともに、玲華の首をナイフが貫き、引き抜かれた。
血が出る様を、どこか他人事のように見ていたけれど。
殺された父親と母親が。
身を挺して庇った子供が。
ナイフを振り上げた殺人鬼が。
周囲で悲鳴をあげる人間が。
他人事のようにカメラを構える野次馬が。
──そのうちの何人が本当にヒトであったかは、確かめなかった。
インバネスコート……私は大好きです。
憂国のモリアーティとか英国系の作品によく出てきます。ちらっと調べていただくと、雰囲気が掴めるかもしれません。
次回更新は9/12、12:00となります。よろしくお願いします!




