50 共鳴のレチタティーヴォ - 11
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
一体何分間、この状況が続いているだろう。
「…………」
「…………」
玲華は暁人の部屋の奥に備え付けられた椅子に座り、勉強机に肘をついてそれを見ている。そして頭のいい彼女も、玲華のことをじっと見つめている。
部屋についてからかれこれ5分は経過している。「着替えるから待っていてください」と言って待たせはしたが、それも1分程度。その間も、そこから今までもずっと、玲華は彼女をじっと見ているのだ。
「玲華、まだフィリーネを見つめる気か?いい加減俺が手持ち無沙汰なんだが」
「…………でも、綺麗だわ」
「いやまぁ、それは否定しないけど」
玲華が見つめているのは、勉強机の隣、サイドテーブルに特別に設置してもらった大きな鳥籠。そしてその中で玲華のことをじっと見つめている真っ白なミミズクのフィリーネだ。
彼女と会ったのは貧民街にいた頃で、森の中で野営をしたときに、夕飯のパンを分けたら懐かれた。
どこに行っても付いてくるし、パンを食べているときには頭に乗ってくるしで結局飼うことになった。
「ミミズクって飼えるのね」
「飼うって言っても、養父に拾われた時に『お前のペットか?』って聞かれて、『違う勝手についてくるんだ』って言ってるのに『よし、じゃあ飼うか!』てなぜか勝手に決められて……」
「その頃からラ・ステッラって感じだったのね、貴方のお養父様は」
「あの人は変わらない。本当に」
フィリーネを覗き込んでいる玲華を傍目に、暁人は傍の窓を開けた。そして鳥籠を開け、口を窓に向けてフィリーネに言う。
「明日の朝、いつもの倍くらいパンの耳あげるから外行ってこい。朝方になったらちゃんと帰ってくるんだぞ」
一度だけ暁人を見つめて、フィリーネはバサリと翼を広げて飛び立った。
「言葉わかるのね」
「初めて会った時からそうだったかな……それより」
「…………?」
暁人はゆっくりと机に手をついて、椅子に座る玲華の顔を覗き込む。当の玲華は、きょとん、という効果音がつきそうなほど、不思議そうに暁人と見上げていた。
「フィリーネにばっかり構ってると、俺が拗ねるぞ」
「拗ねるの?」
「拗ねるよ?」
「じゃあ」
どうすればいいの?と、玲華は甘く問うてくる。暁人の胸に頭を凭れて、甘えるみたいに。
彼女の唇にキスをひとつ落として、そのまま抱え上げる。ムードもへったくれもないけれど、白い首筋や鎖骨、胸元に口付けてベッドに座らせた。
「……普通の恋人同士なら」
「ん?」
「普通の恋人同士なら、ここでキスして、押し倒して、好きだなんだと囁いて。それでいいはずなのに」
「…………」
「私たちには、どこまでも意味がないのね」
「……なぁ、ムードって言葉知ってるか?」
「……?知ってるけど。」
「…………状況を見てくれ……」
「……見てる、けど」
玲華の言いたいことは、暁人にも痛いほどわかる。
“意味がない”
たったその一言で片がつくのが九龍院で。
魔法も神秘も、全て一足飛びにすっ飛ばして。
人とともに繁栄し、人のために命を捨てた天才集団。
それが九龍院で、それこそが九龍院たる所以で。
「じゃあ状況読んでください」
「私に手を出して徳ないでしょ?」
「ここで、俺がお前に手を出すとでも?」
「キスは手を出すに入るんじゃないの?」
「普通ならそうかもしれないけど、俺たちは根っこから普通じゃないから」
「ここじゃ、普通なんじゃないの?」
「でも、キスをすればお前の記憶が見える。それはもう既に、こっちの世界でも普通じゃないってことだ。だから──」
泣いてもいいんじゃないかな。
たった一言そう言えば、驚いた様子の玲華は、一瞬の躊躇いののちに、顔を俯かせて暁人の胸に抱きついた。
居場所はちゃんとあるはずなのに、“自分の”居場所がないと感じるのはかつての自分も同じで。
そんな暁人に“キリルという自分の”居場所をくれたのが、ラ・ステッラで、養父だった。
──なら、今度は。
「なにがあった?あの場所で」
青い花の咲き誇る、月が無いのに明るい、満点の星の下で。
「何故、こっちにくることになったんだ?」
情報に踊らされる、喧騒と労働に縛られたあの世界で。
「お前に、何があった?」
自分がいなくなった、その後に。どうして貴方がこちらへきてしまったのか。
「玲華」
「…………っ」
「俺は──」
──せめて君にだけは、こちらへ来てほしくなかった。
次回投稿は8:29、12:00です。
暑い日よ……静まってくれ…………




