47 共鳴のレチタティーヴォ - 08
エイルワードの言葉を聞いて、キリルは彼を殴ってやりたくなる衝動を堪えていた。
「……っ貴方は…………!」
自分が出したはずの声は、思った以上に低く震えていた。
「殿下に対するこの国の扱いが狂っていると分かっていながら、なぜそれを正そうとしないんですか……!」
唇を噛み締めながら、エイルワードを睨みつけてキリルは言う。
腿の上で握り締められた両の手に、自分の爪が食い込んでいくのを、冷静なもう1人の自分が見つめているような気分だった。
そんなキリルに、エイルワードは今までの微笑みを消し、苛立ちを滲ませた表情で彼を睨み返す。
「馬鹿を言うな、キリルザード」
「…………っ⁉︎」
「言っただろう、僕は彼女を愛していると。たとえ皇族の証を受け継いでいなくとも、皇后の腹から生まれた子でなかろうとも、彼女は僕の妹だ。そして僕は、いずれこの国の皇帝になる王太子という地位についている。その意味がわかるかい?」
「………………」
「証を受け継いでいようがいまいが、家族であることに変わりはない。受け継がぬ者の犠牲無くして成り立てない皇族に、何の価値がある」
エイルワードを睨んでいた視線を、キリルは驚愕に変えた。
「自分で殺しておきながら他人に罪を擦りつけて生きて行くなんて、まるで【悪魔】じゃないか。人という生き物は、全くもって悪魔以上に悪魔らしいと思わないかい?」
────この、人は。
本当に、罪の意識を持って、この言葉を発している。綺麗事をただつらつらと並べているんじゃない。
苦しみに耐えて、悲しげに笑いながら愛する妹を思う彼に、内心、キリルは白旗をあげた。
座っていた椅子から降り、椅子と机に間の床に跪いた。
「王太子殿下」
「……キリルザード?」
「先程は大変失礼な発言をいたしました。王太子殿下の御心を慮ることもせずに、自分勝手に発言してしまいまして、申し訳ございません」
「……なんだ。構わないよ、それくらい。言っただろう?僕は生まれや育ちで人を見ることはしないんだ。僕の直感が『この人は信用できる』と言ったなら、その人は信用していいんだよ」
「しかし……」
「それに、君たち3人はレイエンフィリアが自ら『自分の側に置きたい』と言った人間なんだ。彼女は今までそんな風に意見を言ったことはなかったのに、驚いたよ。きっと、今までの心を揺り動かされるほどの何かが、君たちにあったんだろうね」
ギクリと、キリルは身を硬くする。
エイルワードの言葉はまだ続いているが、キリルの耳にそれは届かなかった。
レイエンフィリアがアラド・ベンク・キリルを側に置くと言い出したのは、レイエンフィリアに玲華が転生してからだ。
“心を揺り動かされるほどの何かが自分たちにあった”のではない。
“レイエンフィリアという人間の中身がレイエンフィリアではなくなった”のである。
「僕は彼女からあまり好意的に思われていないけれど、レイエンフィリアを含め、僕は君たち3人のことも見守っているよ。見守ることしかできないからね。それでも──」
「「「…………?」」」
「それでも──今は見守ることしかできない僕を、許してくれるというのなら、どうか、願いを一つだけ、聞いてくれないかい?」
キリルは伏せていた顔をあげ、エイルワードを見た。驚くほど優しい、でも寂しげな表情で、その視線はキリルというレンズ越しに、誰かを見ている。
…………無論、それは──
「頼む。何があっても、レイエンフィリアから離れないでくれ。彼女の周りには敵が多い。皇族の証を受け継がなかったのに、悠然と振る舞う彼女をよく思わない大臣や貴族は多い。そんな彼女を利用しようと思う人間もね」
「……っ」
「彼女は弱い。実力は確かなものだけれど、心が酷く脆い。信じていた人間に裏切られるのなんて、1番ダメだ。だから頼む。どんなに心が変わっても、彼女の手だけは離さないで。彼女が毅然と立てるように、裏では縋り、弱みを見せ、涙を流せる場所になってあげて」
それだけできっと、レイエンフィリアは救われるから。
泣きそうになりながら、エイルワードはキリルに話す。そうやって何事にも必死ところは、レイエンフィリアによく似ていると思った。
「承知いたしました、エイルワード王太子殿下。レイエンフィリア殿下の側近であり、ラ・ステッラの養子でもある私が、この名に賭けてレイエンフィリア殿下をお支えいたします」
「…………うん。ありがとう、それでこそだね」
椅子から立ち上がり、エイルワードは努めて明るい声で、キリルたち3人に声をかける。
「話を長引かせて申し訳なかったね。風呂の準備はできた頃かな?アーネスト、レイラに聞いてきて」
「承知しました」
1番風呂に入るべきは貴方では?と思う格好をしたアーネストが部屋を出ていく。未だに片付けられていない血痕から無理やり意識を逸らしつつ、キリルはアーネストが戻ってくるのを待つことにした。
「もう時間も時間だし、風呂から上がったら、今日はそのまま自分の部屋にお戻り。レイエンフィリアには僕がそう指示したって言っておくから。疲れただろう?今日はゆっくりとお休み」
外に意識を向ければもう陽が沈み始めていた。風呂を上がれば、外は夕闇に包まれていることだろう。
「皆さん、どうぞ。用意はできているそうですよ」
アーネストが扉を開けて促してくる。
エイルワードに一礼をして席を立つが、やっぱり1番風呂に入るべきなのはアーネストだと思った。
毎週投稿とかしたいんですが、できるほどのストックがないし、それ以前に仕事が……という諸々の事情がありまして。
やっぱり2週間ごとの投稿くらいが私にはちょうどいいです。
読んでいる方──がいるのかはよくわかりませんが──はお待たせしてしまいますが、どうぞよろしくお願いしますね。
次回投稿は8/1の12:00です。
8月……真夏に突入しちゃいますね。
熱中症にはお気をつけを!




