44 共鳴のレチタティーヴォ - 05
扉の前に立ち、2人の衛兵に目配せをする。
小さく頷いた彼らのうち、右側にいた男が扉をノックし、中から返事が聞こえてくる。
「誰か」
「キリルザード・ウェルナヴェイル殿です」
返答はなく、代わりに扉が開く。
中から顔を覗かせたのは、王太子の部屋付きと名乗ったカルドだった。
「お入りください」
挨拶を述べて室内に足を踏み入れると、レイエンフィリアの執務室より広いその場所に瞠目する。
最奥に鎮座する執務机と、その手前に置かれた長椅子とローテーブル。向かって左手の長椅子には、既にレイエンフィリアが腰掛けている。
その真向かいに座るこの部屋の主、エイルワード王太子がにこやかにキリルに声をかける。
「本当に来たね。我が妹が言うのだから本当だと思ってはいたけれど、驚きだ」
「……?」
「ふふ。さ、キリル、座って?」
レイエンフィリアの視線が、『隣に座れ』と自身の右隣を指し示す。キリルは彼女の目の前まで歩み寄って、ふと、立ち止まってしまう。
────皇女の隣に座っていいものか……
そんなキリルの逡巡を察して、レイエンフィリアは微笑んだ。
「今は気にしなくともよくってよ。さ、お座りなさい」
「……はい」
口に出して指示されれば、従わざるを得ない。キリルは迷いなくレイエンフィリアの隣に腰掛けた。
それを確認して、王太子は笑顔で足を組んだ。驚くほど様になるその姿に、キリルは居た堪れなくなる。
「君の言った通り、本当に来たね。レイエンフィリア」
「キリルは優秀ですもの。この程度なら簡単だと思いまして」
「…………」
2人の会話についていけないキリルは、目の前のエイルワードとレイエンフィリアを交互に見る。
それに気付いたレイエンフィリアは、また楽しそうに微笑んだ。
「カルドくんから手紙を受け取ったのでしょう?」
「えぇ。貴女の執務室に向かう途中の、廊下で」
「それを見て、なぜ君はまっすぐここに来たんだい?『時間はいつでもいい』『レイエンフィリアと共に』とまで書いてあったのに」
「そ、れは……」
一度口を閉ざして、そしてまた、エイルワードに向き直る。
「手紙の、文字が」
「……文字」
「はい。羊皮紙もインクも、王太子殿下が使っていらっしゃるものでした。しかしそこに書かれている文字が、レイエンフィリア皇女殿下の筆跡だったので」
「でも、筆跡だけでここに来る理由にはならないんじゃないかな?」
それはそうだろう、と、キリルの心の中で納得する。文字がレイエンフィリアのものだったとして、まっすぐ王太子の執務室に向かう理由にはならない。
しかし──
キリルは、その場にいる全員に見えるように、羊皮紙を持ち上げた。
「王太子殿下が使う羊皮紙とインク。それで書かれたレイエンフィリア殿下の文字。そしてその手紙を運んできたのは、王太子殿下の部屋付きの使用人、カルド様です」
「うん、そうだね」
「であるならば、すでにレイエンフィリア殿下は王太子殿下の執務室に到着しており、紙とペンを借りて手紙を書いた。そしてそれを、カルド様に頼んで自分の元へ運ばせた。そう考えるのが自然です」
「なるほど。レイエンフィリアの言う通り、なかなかに頭が切れるみたいだね」
エイルワードは楽しそうに微笑んだ。
しかしキリルは、彼のその姿を見て一層警戒を強くする。
────ダメだ。わからない。この人は言ったなにを考えているんだ?
バレないように気をつけて、キリルはゆっくりと唾液を飲み込んだ。
得体が知れない。
なにを考えているのか、読めないし読み取れない。
エイルワードの視線がキリルから外れ、ドアの前に佇んでいたカルドに向く。
「カルド」
「……はい」
カルドの名を呼んだだけで、今度は自身の背後に控えていた側近に声をかけた。
「アーネスト」
「よろしいのですか?」
「……ああ、構わないさ」
「承知いたしました」
アーネストと呼ばれた青年の返事を聞いた途端、レイエンフィリアは手にしていた茶器を置いた。
それに気を取られている隙に、アーネストはカルドの目の前に移動している。
「アーネスト様……?」
『どうしたんだ』と言いたげなカルドの言葉に答えたのは、アーネストではなくエイルワードだった。
「カルド、君は僕の部屋付きであること……いや、この国に立っていることすら、相応しくない行いをしているね」
「………っ!!」
「気付いていないとでも?」
「あっ……いや……」
「相応しくない人間は要らないよ」
エイルワードはカルドに視線すら送らない。カルドの真正面に立つアーネストは、何の躊躇いもなく──
──手にしたナイフで、カルドの喉元を切り裂いた。
紅いものが勢いよく噴き出す。
それを捉えた瞬間、キリルは咄嗟に、隣に座るレイエンフィリアの頭を自分の胸に抱き寄せた。突然の行動に、レイエンフィリアはビクリと肩を揺らし、体を強張らせる。
背後で、重量感のある硬いものが地面に落ちる音がした。キリルは、レイエンフィリアの細い体をさらに強く、掻き抱くように抱き寄せる。強張っていたレイエンフィリアの身体から力が抜けていき、キリルの胸に擦り寄るように、顔を埋めた。
数秒後、グシャ、とも、ビチャ、とも表現できる鈍い音がして、キリルはレイエンフィリアを解放した。胸元から、レイエンフィリアが見上げてくる。
「汚れませんでした?」
「少なくとも、顔には」
「風呂の用意をマリンさんに頼んでおきます」
「…………ん」
レイエンフィリアに向けていた体を正面に戻すと、当然、エイルワードが目に入る。彼は微笑んだまま、優雅に紅茶を飲んでいた。
──自らの半身を、赤黒く汚したまま。
絶賛、CharadeManiacsをプレイするのが忙しい作者です。本当に真相が読めない。最高に面白い!
続きやるので今回の後書きはここまでです。
次回更新は6/20の12:00です。
是非お読みください。
乙女ゲームとは思えない謎解きの世界が私を待ってるんだ!(続きを書け)




