43 共鳴のレチタティーヴォ - 04
「我が妹レイエンフィリアに、王位継承権は無い。……おや、知らなかったかい?」
「……えぇ」
「……ふむ」
しまった、とキリルは思った。
まだ認められていないとはいえ、自分の主のことだ。そこまで知っていなければならなかった。
視線を逸らし、ギリ、と唇を噛んだキリルの耳に、エイルワードの声が届く。
「尚更、いいんじゃないかい?資格があろうがなかろうが、妹に付き従ってくれるということだろう?立場しか見ていない者より、よっぽどいいじゃないか」
「……えっ……?」
「うん、私は気に入った。大臣、貴方たちはどうだい?私の意見なぞ気にせず、率直に言葉にしてみてくれないか」
周囲でざわめきが起こる。
キリルは状況を飲み込めずにいた。
────なんだ?何が起こっている?
レイエンフィリアから聞いていた王太子の印象と、目の前にいる男の印象が違いすぎる。
キリルの視界の端で、エイルワードの話を聞いていた1人に大臣が手を挙げる。
「よろしいですか、王太子」
「構わないよ」
「『出自を気にしない』と、仰いましたが。この者は素性が知れません。ラ・ステッラの養子とはいえど、貧民街出身の……」
途中までは朗々と語っていた大臣の言葉が、後半になるにつれて尻すぼみになっていく。
なんだ、と思い大臣に視線を向けると、彼は少し青ざめた顔で“何かから目を背けるように”視線を逸らしていた。
視線をエイルワードに戻す、と──
「…………」
嗚呼、と。キリルも納得する。
何かを大事に、愛おしむように。
エイルワードは微笑んでいる。
邪気もなにも感じない、いっそ目を奪われるほど美しいのに。
「どうしたんだい?続けて?」
その言葉一つ。態度一つ。
それら全てに。
「いえ、取り下げさせていただきます……」
圧倒的なまでの、王者としての威圧感がある。
「そうかい?……他に誰かいないかな?」
好きに発言を許したのに、発言を許さない威圧感で大臣を制する彼の意図が、キリルはわからなかった。
「じゃあ解散しようか。キリルザード、後で、レイエンフィリアと共に私の執務室においで。お茶でもしようじゃないか」
「…………は、い」
頭を深く垂れ、その場を後にする。しばらく呆然としていたが、気が付いたら王太子の謁見の間の、扉の前に立っていた。無意識に歩いて、謁見の間を出たらしい。
扉の前に立つ衛兵が、キリルを怪訝な目で見ている。彼らに軽く会釈をして、キリルはレイエンフィリアの執務室へと急いだ。
人間が横一列に何人並べるか。
その実験をしてみたくなるほど、何のために広いのかよくわからない廊下を進んでいくと、少し先の曲がり角から、使用人の格好をした青年が現れる。
制服からして、普通の使用人より少し偉い立場の人間だとわかる。制服の縁取りや刺繍の多さから考えて、まぁまぁ上の方だったはずだと、思案する。
何も口にはせず、会釈をして通り過ぎようかと思ったが、その男はキリルに歩み寄ってくる。
キリルは思わず眉根を寄せた。
「キリルザード・ウェルナヴェイル様ですね」
「はい……えっと?」
「エイルワード王太子の部屋付きをしております、カルドと申します。こちらを」
そう言ってカルドが差し出したのは、銀のトレイに乗った手紙だった。
ゆっくりとそれを手に取ると、カルドは「失礼いたします」と頭を下げて、再び曲がり角を曲がっていく。
釣られるように頭を下げたキリルは、後ろ姿が角に消えたのを確認し、改めて手紙を見る。
縦長の羊皮紙の上下を折り、簡易的に手紙にしたものだ。城内での伝言など、大して重要ではないことを伝える際に用いる。
そこには、緑色のインクで書かれた綺麗な筆記体で、こう綴ってあった。
oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo
レイエンフィリアと共に、執務室に来るように。時間は任せる。
エイルワード・グレイ・レイヴヴィヴァーニア
oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo
はぁ、と一つため息をつくと、キリルはレイエンフィリアの執務室に向かっていた足を止め、進む方向を変えた。
♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔
レイエンフィリアは、エイルワードの謁見の間に備え付けられた、傍聴室から静かに立ち去った。その内心は焦りで満ちている。
────ああもう!
恐れていた事とは、また違った方向に話がいってしまった。まさかあの兄が、キリルのことを気に入るなんて。
バックボーンの確かな、自分に忠実な人間をこそ起用するあの兄が、なぜキリルを気に入ったのか。
扉の前に立つ護衛2人にアイコンタクトを送り、自身の執務室に向かうため、アラドが捲ったカーテンをくぐり──硬直した。
「お待ちしておりました。第3皇女・レイエンフィリア殿下」
そこには、エイルワードの部屋付きである、カルドが美しい居住まいで立っていた。そして、恭しく頭を垂れる。
「エイルワード王太子殿下がお呼びです。殿下の執務室へお越しください」
「……っ……わかった、わ。先に戻って、羊皮紙とペンを用意しておくようにだけ、頼んでおいて」
「承知いたしました。では、お先に失礼致します」
「……えぇ」
カルドが見えなくなってから、レイエンフィリアは小さく舌打ちをした。
「……行きましょう」
非常に不本意ながら、王太子の執務室へ向けて歩き出した。
最近になって体調を崩すことが増えています。
弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂といった風に、風邪で弱っている時にものもらいになり、眼帯の慣れない視界で歩いていて足を挫いただけなんですが……
皆様も気をつけてくださいね。
フリではありませんよ?
次回更新は、6/6の12:00です。
是非お読みください。




