38 共鳴のレチタティーヴォ - 01
6月も終わりに差し掛かれば、気温は上がり、薔薇は美しく咲き誇る。
鮮やかな色で飾られた庭園内の、大理石でできたガゼボの中で、レイエンフィリアはティータイムを楽しんでいた。
目の前にあるケーキスタンドに、キリルの腕が伸びる。そういえば先ほどから、サンドイッチしか食べていない気がする。
「キリル、スコーンは口に合わない?」
「いえ、このサンドイッチが異常に美味くて」
「気に入ったのならよかった。マリンの作るサンドイッチは美味しいもの」
「貴女はスコーンばかり食べていますね」
レイエンフィリアの手元の皿には、スコーンとジャム、クリームが乗っている。正式なアフタヌーンティーではなく、単純に好きなものを好きなように食べているので、順番もルールも何もない。
だからキリルも、特に何も気にせずレイエンフィリアのティータイムに付き合っていた。
「食べたくなっちゃってね。仕事をしながら、あっちで食べたスコーンを思い出したの」
「……嗚呼、そういえば、美風様がよく作ってましたもんね。壮也様に渡すために」
「えぇ。あの味が懐かしい」
こうやって、持ち出すべき話題をさりげなく引っ張り出してくれる。口に出しにくくしていると、自分から切り出してくれる。
こういうところが、彼を手元に置いておきたい理由なのだ。
「聞いても良い?キリル」
「どうぞ?今更何も隠しませんよ」
視線は交わらない。
サンドイッチに手を伸ばし、一口頬張ったキリルに、レイエンフィリアは問うた。
「…………ねぇ、どうしてあの日、あの場所に、貴方はいたの?」
あの日──ファウルス家に赴いた日、かの屋敷に訪れていた皇家の部隊は2つ。
レイエンフィリア率いる『女帝』。
そして、警察部隊『隠者』。彼らは隠密部隊としての活動が主となっている。
兵の養育を行なっている『吊るされた男』に所属していた、キリルがあの場所にいたことに、レイエンフィリアは後々になって気がついた。
そういえば、どうしてあの場所に?と。
「……なんで、『これ』で聞かないんですか?」
そう言って、キリルは己の唇を指差した。
「いや、だってここ皇城だもの。お兄様に見られたら、流石のキリルも──」
──殺されるわよ?(社会的に)
レイエンフィリアから視線を外したキリルが、ブルッ、と体を振るわせる。想像したらしい。
妹バカの長兄は、引き攣った笑顔でキリルに襲いかかることだろう。
「確かに、口で言った方がいいですね。……俺の身の安全のためにも」
手を伸ばしてスコーンを手に取り、キリルは綺麗な仕草でそれを割る。
「……急に、呼び出されたんですよ」
「呼び出された?誰に?吊るされた男の部隊長に?」
「いいえ」
スコーンにクロテッドクリームを塗る手を止めて、キリルはレイエンフィリアと視線を合わせる。
「……多分、貴女の【裁定者】に」
血の気が引いた、そんな気がした。
目が勝手に見開かれ、唇が震える。
紡ごうとした言葉は、音になることなく口から溢れていく。
「なんで、私のって……」
「【彼】自身が言ったから」
「なんて?」
「『彼女にはまだ、死んでほしくなくてね。しかし僕たちは、あの世界以外で君たち転生者に干渉することができない。だから、彼女を助けてあげてくれないかい?』」
彼女、という言葉は、きっとレイエンフィリアのことを指しているのだろう。
そして、その好青年気取りの喋り方。
「……【オルディネ】だわ、確かに。その憎たらしい喋り方」
「【彼】もそう名乗っていました。自分は貴女の【裁定者】だと。【彼】に言われて、よくわからないまま屋敷に侵入して、能力を使いました」
能力。
その言葉にピクリとする。
スコーンを一口齧り、紅茶で流して、キリルはレイエンフィリアに問う。
「改めて聞きます。第3皇女、レイエンフィリア殿下。──貴女も俺と同じ、日本からの転生者ですよね?」
嗚呼、流石だな、と思う。
本当に、頭のいい男だ。
レイエンフィリアは、隠すことなく頷いた。
「えぇ、私は、レイエンフィリアじゃない。向こうからこっちへ来ただけの、ただの小娘よ」
「……あぁ、安心した」
キリルは呟くと同時に、椅子の背もたれに深く凭れ掛かり、目元を右腕で覆い隠した。
「……?何が?」
「俺が。……あっちでのことを話せる相手が、やっと見つかった。──殿下、お名前を伺っても?」
ナイフを置き、レイエンフィリアはキリルに向かって微笑んだ。
「……玲華、九龍院玲華。第10部隊『磨羯』の部隊長、アルディの娘。次期当主候補第18位・次期当主婚約者候補第6位。ちなみに、向こうでもこっちでも年齢は19」
「肩書き多いですね」
「自分でも噛むかと思ったわ……」
正直、次期当主云々のあたりが非常に言いづらい。
「俺も似たようなもんではありますけどね?」
「貴方は?」
「俺は、九龍院暁人です」
「………………へ?」
おかしい。今日は耳の調子が悪いのかもしれない。
「?……だから、九龍院暁人です」
「……ちょっと待って、現実逃避させて」
「現実から逃避して、その結果、この皇国にいると思うんですけど」
「そうじゃない!そうじゃなくて!!」
────それは逃避じゃなく、転生でしょうが!
「……え?ホントに?ちょっと待って?……えっ?……あの……暁人、様?」
「その呼ばれ方、懐かしいですね」
レイエンフィリアは、引き攣った(笑えていない)笑顔で、左手に持っていたスコーンを皿の上に落とした。
新章です。
レチタティーヴォは日本語訳だと朗唱曲、と言った雰囲気の言葉になります。状況説明のような場面で使われるそうです。音大の友人がいると助かります。感謝!
文字通り、レイエンフィリアとキリルがどういう経緯で転生するに至ったのか、状況を話し合う章となります。
とっ散らかった物語を、ここで一度整理しよう、と言う感じです。気長に、紅茶片手にお付き合いください。できれば横にはスコーンも。
次回更新は、3/28の12:00です。
スコーンはいいですよ!




