36 博愛のカバレッタ - 19
馬車に揺られ、宿で一泊して、また馬車に揺られ。
ようやく、という思いで城に到着したレイエンフィリアは、身につけたドレスもそのままに、謁見の間で皇帝を前に跪いていた。
「処刑執行ご苦労。事の顛末を話せ」
そう言った皇帝の言葉に倣い、レイエンフィリアは顛末をかいつまんで話していく。
執務室にあった地下への階段。
仕掛けられた悪魔の罠。
地下に広がる保管倉庫と納められた宝石たち。
クルースと【強欲の悪魔】。
そして────
「クルースと契約を交わしていた【強欲の悪魔】と交渉し、彼の願い通りに、“彼の肉体を業火で焼き殺しました”」
謁見の間にいた大臣たちの間にざわつきが広がる。
──焼き殺しただと?
──何故わざわざ、そんな面倒な真似を?
──皇帝の勅命通りに執行すれば良いだけではないか。
──ファウルス邸が全焼したというのは、これが原因か?
「鎮まれ!」
苛立った皇帝の声が響く。
玉座に腰掛けた皇帝が、目下に跪いたレイエンフィリアに視線を戻す。
「交渉、と言ったな、リンペラトリーチェ。話せ、【強欲の悪魔】と、なんの交渉をした」
キリルは小さく、隣に立つ知らない男にも聞こえないように、本当に小さくため息をついた。
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────説明が面倒くさい。キスして伝えたい。
うだうだうだうだ、周りがとやかく言って騒いでいる間、レイエンフィリアはずっとそう思っていた。
言葉で伝えるより見てもらったほうが早い。
アレは記憶を、映像のまま、本人が感じたままに相手へと双方が送るものだ。その時本人がなにを思い、感じ、どのような思考でどんな行動を取ったのか。それら全てをキスひとつで伝えてしまう。
────手っ取り早いから楽でいいのに。キスをしている、という周囲の視線以外は何の問題もないし。
実際そこが問題なのである。
九龍院家の人間なら誰もが使える能力だ。
何があったのか、どんなことが起こったのか。
言葉という壁越しに見るよりも、記憶を拝借して実際に見た方が格段に伝わる。
映像の伝達力は、言葉よりも雄弁なのだ。
────嗚呼、だったら……
視せて、しまおうか?
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視線の先にいるレイエンフィリアの気配が変わったことに、キリルはすぐに気がついた。
────殿下?何をする気なんだ?
さっきまで心の中がありありと見えるほど、頭を垂れ、伏せられたその横顔は表情豊かだったのに。
スッと、無表情になる。
唇は引き結ばれ、瞳は虚空を見つめる。まるで何の感情もなく、何かを殺した後のような。
何を考えているんだか、とキリルが思った瞬間、レイエンフィリアが立ち上がった。
ドレスから大粒の宝石をいくつか取り出し、手に握ったまま、虚無の顔で詠唱を唱える。捧げるように手を頭上に伸ばし、ゆっくりと開く。
ルビー、エメラルド、サファイア、トパーズ。
一辺が3センチはあろうかというほど大粒の、少し離れたキリルの位置からでも、色から種類が識別できるくらい、大きな宝石が。
レイエンフィリアの手の中で、融ける。
「……!?」
謁見の間にいた大臣たちや使用人たちまで、目を見開いて見入っている。
融けた宝石たちはレイエンフィリアの手中に留まり、彼女が手を少しずつ傾けることで、ゆっくりと落ちていく。ポタポタと落ちていた液体が糸のように連なって落ちて、宝石だったものが全て床に落ち切った瞬間──
──目も開けていられないほど、発光する。
思わず、誰も彼もが顔を背けて目を閉じた。顔の前に手を翳し、強烈な光を遮ろうとする。
それすら、レイエンフィリアの狙いだった。
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「彼を引き渡しなさい」
【俺へのメリットは。俺はこの男を気に入っている】
「お前を私の愛の対象にしましょう」
「……殿下!?」
【……小娘、巫山戯ているのか?】
「まさか。……本気よ。皇族の愛を、お前に与えてあげる。権力をあげる。だからその男を引き渡しなさい。お前たち【悪魔】を“私自ら殺してあげる”」
【…………っ!】
「『悪魔』となり人を惑わせ、人に取り憑き、“誰かを悪魔にすることで死ねる”お前たちを、私が殺してあげる」
【…………】
「だから手を伸ばしなさい。私の言葉に耳を傾けなさい。そして──」
──その理から、解き放たれて。
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脳内に強制的に映像が流し込まれる。
その嫌な感覚に息を止めながら、キリルは苦い顔をした。
────ここで止めるのか、……あっぶね。
レイエンフィリアが【悪魔】に向かって手を伸ばした直後、キリルは再びレイエンフィリアにキスをした。
本気で言っているのか否か、確かめたかった。
後頭部に手を回して上向かせ、そのまま覆い被さるように口付けた瞬間──
──【悪魔】を全て集める。
──【悪魔】たちみんなを、愛してあげる。
──心からの愛を。権力を与えてあげる。
──死んだって別に、構わない。
本気なのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
何故そこまで、と思うと同時に、自分には何ができるだろう、とも思う。彼女だけに重荷を背負わせるわけにはいかないのに。
思考の海に落ちた意識を引き上げた時、キリルの体はほぼ反射的にレイエンフィリアの元へ駆け出していた。
「……殿下!!」
周囲から悲鳴に近い声が上がる。
レイエンフィリアが、糸の切れた人形のように、床に崩れようとしていた。




