33 博愛のカバレッタ - 16
キリルはレイエンフィリアの手を取って、彼女が立ち上がる手助けをした。
「よろしいんですか」
「構わないわ。さっき違和感があったのはコレだったのね」
「違和感、ですか」
「…………わかっているのに聞くの?」
「なんで気付くんですか」
「なんとなく」
レイエンフィリアは再びクルースたちを見る。残された時間はあと1分もないだろう。残された時間を過ごすにはあまりに少ない。
「なんか、釈然としなかったのよ。家宝だと言うのに地下に保管された宝石。宿主であるはずなのに取り憑いていない【色欲の悪魔】。取り憑いているにもかかわらず他者にも手を伸ばす【強欲の悪魔】。口に出せというばかりで、宿主の言葉を拾うこともせず、ただ貴方に手を伸ばす【悪魔】。──おかしいと、思ったのよ。だってまるで、“ただ隣にいるだけ”じゃない?」
「【色欲の悪魔】が、クルースのそばにいたかった、と?」
「えぇ、きっと」
きっと、【色欲の悪魔】は────
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【アルグレム、クルースを解放なさい。彼女たちに預けるの。そして私た──】
【黙れ、新参者のクセに。空席だった座に偶然ついた程度で、この俺に命令するな】
【アルグレム!】
【…………】
【宿主であるクルースはもう長くない。まだ息があるうちに……「ちょっとよろしい?」】
【【……ッ!?】】
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レイエンフィリアは、左手に握り締めたクリスタルをゆっくりと解放した。
クルースが宝石を触媒にレイエンフィリアたちを襲撃したのなら、同じことがレイエンフィリアに出来ないはずがない。
物理法則を超え、歪め、常識さえも超越してしまう。それが魔術なのだ。
「違和感がね、どうしても拭えなくて」
「………はい」
「どれだけ事実を並べても……いいえ、違うわね。並べれば並べるほど、『そう』だとしか思えなかったのよ」
────そうでしょう、メイリアさん?
生者が悪魔になることはできない。ならばきっと、彼女はもうこの世にはいないのだろう。
ゆらりと、クルースの身につける指輪から悪魔の気配が溢れる。レイエンフィリアの声に反応し、【強欲の悪魔】が現れたのだ。
「貴方の宿主は頂戴します。よろしいわね?」
【…………チッ、継ぎ接ぎだらけの人間如きが】
「お望みとあらば……貴方を座から引き摺り下ろしても良くってよ?」
黒いモヤに包まれていて、その姿はほとんど見ることができない。声からして男である、ということがわかるのみだ。
レイエンフィリアの宝石の目に魔力がこもる。
「彼の魂を、女神ヴァーニアの元へと還します。引き渡しなさい」
【あの小娘の元に送ってなんとする】
「その男もこの皇国の民である限り、彼もまた、私の愛の対象です。皇族を敵に回す恐怖は、貴方もわかっていることでしょう。命の一つや二つ、容赦なく裁き、踏み躙り、無機物へ向けるほどの愛も向けないでしょう」
【…………】
「そうです。この国における権力という名の強さは、皇族からの愛の強さに比例する。皇族の誰かの愛の対象であるのなら、強さは廃れない。えぇ、たとえ貴方でもね」
【…………】
「彼を引き渡しなさい」
【俺へのメリットは。俺はこの男を気に入っている】
「【強欲の悪魔】、お前を私の愛の対象にしましょう」
「……殿下!?」
レイエンフィリアと【強欲の悪魔】の言い合いを静かに聞いていたキリルは、咄嗟にレイエンフィリアの右腕を掴んでしまう。
しかしレイエンフィリアは、頑として自分の意見を曲げる気はなかった。
チリチリと頭痛のように頭が痛んだあの瞬間、自分が見るべきものを見落としていると思ったのだ。
宿主と定めながら決して取り憑かなかった。
言葉の上ではキリルを気に入った、と言いながら、結局は取り憑くことなく石に戻る。
死の危機に瀕した宿主を前にして尚、“言葉を向けた”その姿。
それらが全て、【色欲の悪魔】から彼への愛ならば。
もし、【色欲の悪魔】がアラドの姉、メイリアだったならば、辻褄は合わないか?と。
愛を傾け、破滅した彼を思うのなら。きっと【色欲の悪魔】はレイエンフィリアの交渉に乗るだろう。断る理由もない。
そうしたら、納得させるべきは【強欲の悪魔】になる。
【強欲の悪魔】は、このレイヴヴィヴェーニア皇国の主神たる女神ヴァーニアを嫌っているらしい。
死者はその死後、女神ヴァーニアの元へ還り、彼女の愛を受けて再び地上に戻る。それがこの国での輪廻転生の概念だ。
ただし、“ヴァーニアから貰い受けた魂のまま”死ぬことができなかった者は、ヴァーニアの元へ還ることなく、地上を漂うだけの霊になる。
だからレイエンフィリアは急いでいた。
彼が死ぬ前に、息絶えてしまう前に、悪魔から引き渡された“ヴァーニアから貰い受けた魂のまま”処刑したかった。
キリルは未だに、言葉には出さずに延命の術をかけてくれている。得意ではないと言いながら、ずっと術をかけているのだから、才能はあるのかもしれない。
それでも、いつまで持つか。
祈るような気持ちで、レイエンフィリアは【強欲の悪魔】の返答を待った。
「……小娘」




