31 博愛のカバレッタ - 14
「あの時の貴女の判断は正解です。あの悪魔が張った結界を突破する条件はきっと、『悪魔を拒絶し、他者に助けを乞うこと』だった。──だからベンクは悪魔に取り憑かれた。」
「どうして!」
アラドが叫んだ。レイエンフィリアもアラドの問いには同感だ。何故彼ばかりが──そう考えて、ふと思う。
ベンクがいた、位置を。
「アラド、お前は先陣を切って進んでいた。そうだろう?」
「……はい」
「その後ろにベンクがいて、さらに後ろには殿下、最後に俺がいた。」
「…………はい」
「責める気はさらさらない。だけどアラド、お前は『進んでいた』だろう?」
「……っ!?」
「前方のお前は螺旋階段を降りて行く。後方の殿下は自分同様悪魔に取り憑かれかけている。いいか、アラド。ベンクは『助けを乞えなかった』んだ。拒絶しても助けの手は伸ばせない。だから取り憑かれた」
「……キリル」
諌めるようにレイエンフィリアはキリルの名を呼ぶが、一瞥されただけでキリルはアラドに視線を向けてしまう。
アラドは可哀想なほど、青い顔をしていた。
「俺の、せいで……?」
「いいや。見た限りだと、その時点では取り憑かれきってはいなかった。さっきお前と戦って、お前にそれだけの怪我を負わせた【悪魔】だぞ?腹を殴った、その程度で落とせるわけがない」
「……っでも!」
「殿下が結界を破った。だから、拒絶されているにもかかわらず【悪魔】は無理矢理取り憑いた。そのせいで不完全な状態で取り憑くことになってしまい、お前に殴られて落ちるっていう、隙を与えてしまった」
キリルはベンクを見つめた。つられてレイエンフィリアも、床に倒れたベンクを見る。
「でも、ファウルス家当主が【悪魔】を呼び戻したおかげで、今は、完全にとまではいかなくとも離れているはずだ」
「……そうね、残滓は感じるけれど、【悪魔】が憑いていた痕跡、という程度だわ」
「そ、う…ですか……」
安心したように、アラドが項垂れて前髪を握る。はぁ、と重くため息をついた。
それよりも、と前置きして、キリルはクルースを見やる。
「彼は、どうしますか。殿下?」
「……うーん」
レイエンフィリアは顎先に扇を当て、考える素振りをする。心ではやることが決まっていた。しかし、情報が少ない。
ふと、レイエンフィリアはアラドを見る。彼ならば、という思いで。
「ねぇ、アラド」
「……?はい」
「お姉さまの姿、思い出せる?」
「えぇ、もちろん」
「そう、ならいいわ」
「…………???」
訳がわからない、と言った風に、アラドは首を傾げる。説明を求めてキリルを見るが、当のキリルは『この人は……』とでも言いたげな顔でレイエンフィリアを見ていた。
「あの、キリルさん……?なんですかその複雑な顔」
「……殿下、貴女って方は……」
「手っ取り早いでしょ?」
「えと……、あの……?」
怪しいほどに美しい笑顔で、レイエンフィリアはアラドに近づいていく。
訳が未だにわからないアラドは、レイエンフィリアとキリルを交互に見ながら──しかし助けてももらえず──後ずさるばかりだった。
「ねぇ、アラド」
「は、はい……?」
「貴方のお姉様……メイリアさんってどんな容姿の方だった?」
「え、えっと……俺と違って金ぱ……」
そこで、アラドの言葉が途切れた。
否。物理的に途切れさせられた。
レイエンフィリアがアラドに口付けたからである。
アラドは驚いて目を見開き、レイエンフィリアの肩を押して引き剥がす────その、瞬間。
目を見開いていたにもかかわらず、確かにアラドは、何かを見た。
それこそ目を見張るような星空と、儚い青だった。
「……っ!な、にするんですか!?」
「……ふむ、メイリアさんって綺麗な方なのね」
レイエンフィリアの言葉に、アラドの見開かれた目は疑いや訝しみの色を帯びる。
まるで、先ほどまで知らなかったメイリアを、急に知ったような口ぶりではないか。
そう思った瞬間、アラドはその聡い頭で感じ取った。
────記憶を、見られた……!?
口元を拭いながら、アラドはレイエンフィリアとキリルを睨むように見る。
他人のキスシーンを見たにもかかわらずキリルは平然とし、当の本人でもあるレイエンフィリアだってケロリとしている。
この二人のキスシーンを見てしまった自分は、二人の視界の外で挙動不審になる程慌てていたのに。そう思わずにはいられない。
一体この二人との差はなんなのか。
自分の知らない何かを、この二人は口に出していないが知っている。そんな気がしてならない。
そして、アラドはこうも思ってしまう。
────この方は、誰なんだ。
自分たちが知っているレイエンフィリアとは、かけ離れ過ぎているのだ。
容姿も、声も、仕草も表情も。
国中の誰も彼もが憧れ、畏敬の念を示し、王太子同様、眼前に立つだけで思わず跪いてしまうようなカリスマ性。
何もかもが同じなのに、何かが違う。
無邪気に笑うような方だっただろうか。
人前で感情を動かす方だっただろうか。
何にも例え難い美しさ。
触れることさえ叶わない儚さ。
近づいて、知ってみたいと思わせる神秘的な何か。
近づくもの全て退けることすら厭わない残酷さ。
全てがある。
目の前のレイエンフィリアにも、自分の知る限りのレイエンフィリアにも。
────なのに何かが、決定的に違う。




