30 博愛のカバレッタ - 13
「姉……!?アラド、彼の言うメイリアって、貴方のお姉様だったの!?」
そう口にしながら、レイエンフィリアの頭には数日前にアラド、ベンクと交わした言葉が蘇った。
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「……アラド、貴方……貴族なの?」
「はい」
「……知らなかったわ」
「聞かれなかったもので」
「でも、クラメンディーレ家なんて聞いたことないわ。私が知らないだけ?」
「隣国の貴族なんですよ、コイツ」
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「自分の家は商人たちのリーダーとして取りまとめをする一家で、商人代表として貿易相手の国へ赴いたり、王族と共に会議に参加していたりしました。無論、宝石を仕入れるために、この一家にも来ていたでしょう」
「……アラド」
「はい」
「その……お姉様は、今……?」
「王族の、王太子妃の1人でした。いわゆる……愛妾、です。とても美しい人でしたよ」
────でした?
レイエンフィリアは、アラドの言葉に引っ掛かりを覚えた。
まるで、もう──
「姉には感謝しています。自分が騎士になりたいと思う、きっかけをくれました」
「………っ!?」
ピリッ、と。
レイエンフィリアの側頭部に痛みが奔った。
頭痛の始まりのようなそれは一瞬で消えてしまい、キリルにもアラドにも気付かれてはいないけれど。
例えば、何かを思い出せと、頭が勝手に動いているような。
「……でも何故、殿下がメイリアの名を?」
キリルの考えを伺おうと、レイエンフィリアはキリルを仰ぎ見る。キリルとレイエンフィリアでは、頭ひとつ分あるかないか、くらいの身長差がある。
しかし、レイエンフィリアとキリルの視線は一向にかち合わない。むしろキリルの目は“現在”を全く見ていないようにすら見える。
「……キリル」
レイエンフィリアが声をかけると、ピクリと肩を揺らして、キリルが視線をレイエンフィリアに向けた。
「どうしたの」
「……いえ、ちょっと……説明は後でします。長くなりそうだ」
「…………?」
レイエンフィリアは小首を傾げるが、キリルはどこか納得したような顔である。さらに言えば、どこか苦しそうにアラドを見つめている。
「……殿下」
「?」
「螺旋階段でご自分がどうなっていたか、おわかりですか」
螺旋階段。
歩を進めるたびに思考が侵食され、意識が侵され、狂うように溺れていったのを覚えている。
けれど、『どうなっていたか』まではわからなかった。
自分を客観的に、それこそ別の誰かの視点で見ることなどできないからだ。
「……いいえ、わからないわ。どうなっていたの?」
「……貴女は、貴女が服の中に忍ばせている宝石を通して、“悪魔に取り憑かれかけていた”んです」
どういうことだ?
何故?
どうやって?
そこまで考えたところで、レイエンフィリアの思考が、動きが、止まる。否、玲華としての記憶が、思考を巡らせることを強制的に辞めさせた。
「……そうです。俺たちは、“それらを考えることができない”。元々削ぎ落とされた思考ですから。『Who done it』は言わずもがなですが、『How done it』は考えても意味がない。物理法則すら歪めることができるのが、魔術であり、魔法です」
ここに来てなお縛るんですよ、俺たちを。
そう言わんとするキリルの思考を感じ取り、レイエンフィリアは舌打ちをしたくなるのを堪えた。
『Who done it』──誰がやったか。
確かに言わずもがなだろう。クルースだ。
けれど。
『How done it』──どのようにやったか。
こればかりは考えても仕方がない。
魔法や魔術がそこらじゅうにあるこの世界で、宝石、という触媒を通して誰かを呪うなんて、できる者ならばいくらでもできるだろう。
やろうと思えば、レイエンフィリアにだって。
物理法則を歪め、世界の理を犯す。
──それが、魔術。
レイエンフィリアは意を決してキリルに笑いかけた。
「……話して」
「……貴女が取り憑かれかけたのは、【色欲の悪魔】です。最初にクルースの体を使って接触してきた、女の声の【悪魔】。階段を降りている際、俺は急に壁にぶつかったような感覚がありました。壁の向こうは見えているのに、先へ進めなかった」
「……壁?」
「結界か何かでしょう。貴女に取り付こうとしている最中に、俺に邪魔されないように。足を止めた貴女の背後に、黒いモヤが現れました。やがて人の形になり、俺によく似た姿になった」
そう言われ、レイエンフィリアも思い出す。
“目元を覆い隠して”囁かれた言葉。
無意識に感じた、恐怖からくる“拒絶の寒さ”。
あれは、あの時のキリルが──
「【色欲の悪魔】……?」
「そうです。覚えていますか?あの時、俺は貴女に言いましたよね。『声が戻って、真っ先に口にしたのが俺への命令とは。嬉しい限りですね』と」
そうだ、確かに言われた。
レイエンフィリアは記憶をたどり、そう思う。
甘い言葉を囁くキリルに、直感的に恐怖を感じてレイエンフィリアは叫んだ。
このキリルが本物ならば『何からですか?』などと声をかけてくれるだろう。
偽物ならば、本物のキリルが助けてくれる──そう、信じて。




