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【本編完結済】殺戮の皇女  作者: イチノセ
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27  博愛のカバレッタ - 10

逃げなくちゃ、何かから。

襲ってくる得体の知れないものから、逃げなくちゃ。

視界は暗い。

ヒュウヒュウという自分の荒い呼吸のみが聞こえる。

生きてるか?

死んでいるか?

動けない体ではわからない。

何処にいる?

石造りの螺旋階段を駆け下りて、それで。

嗚呼、嗚呼。

石、が。

宝石が。

服の中に隠した宝石たちが、熱い。

なんだろう、何に怯えている?

状況がうまく飲み込めない。

いま、今──




────俺、何してる?




♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔




「ぐっ……が、がぁ!」




強い。


アラドが素直に感じたのはそれだった。




────正直、パッとしない親友だった。




剣の腕は中の上。

馬術もそこそこ。

体力はまぁ、ある方。


なのに魔術は特級二級品ってくらい、強い。

そんな男が。




「……っ、く!」




アラドは奥歯を噛み締めた。

斬撃、その一つ一つが異常に重い。本来そうである方がいいのだが、己の親友の斬撃とは、目の前に彼の姿が無ければ夢にも思わない。思えない。


ニタニタと不気味に笑って、明るい金の瞳だったベンクの瞳は濃紺に変わっていた。




「寄越せよ、それ、俺にさぁ!」


「……っ、くっ!!」




魔術を込めた宝石の投擲。

それに気を取られると目の前に迫るベンクの顔。距離を取ろうとした途端、肋骨が数本イった感覚。


なのに決して、宝石の棚にはぶつけず、作業台にもぶつからないように調整して蹴り付ける。


余裕のある、証拠だ。




「ゲホッ、ぐっ、ゴホッ!」




吐血した。

折れた肋骨が肺に突き刺さったのだろう。

アラドは血に濡れた床を見つめ、思考を巡らす。


自分の脇腹を撫でさすりながら、アラドはキリルを見ようとどうにか顔を上げた。




────助けを求める、タイミングは……




しかしあちらも、レイエンフィリアを背中に庇ったままアラドに意識を向けない。


駄目だ、と、それはすぐに諦める。


ベンクを、どうにかしなければ。

そうしないと身が持たない。

そうだという判断はついても、実際ベンクの力の前には己の刃が通用しないと、アラドはこの数分で痛いほど身に染みた。


筋肉量的にもアラドが圧倒的に優位だ。だというのに、魔術で自身の腕を強化しているためこちらが手を出せない。


──否。それだけじゃ無いのかも知れない。




────キリルさんはどうやって殿下を戻ってこさせたんだ!?




また、腕という刃の斬撃が向かい来る。




♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔




クルースの処刑を、執行しなければ。




────私自身の、手で。




クルースはレイエンフィリアとキリルを鋭い目で睨んでいる。




「私を売ったな【色欲の悪魔】。……主人を何と心得る」


『バカにしないで。私はあんたの一家に憑いているだけ。あんたに憑いているわけじゃ無いわ。それに、彼。いつか願いを言ってくれそうだもの……甘く、苦しく、とっても重い愛の願い。目の前の果実より、いつか花咲く最上級の甘露の方が、魅力的に見えるでしょう』


「チッ!」




指輪から響いた声に苛立たしげに舌打ちをしたクルースは、乱暴に指から指輪を外し、しかし丁寧に棚に戻す。


そして──




「戻ってこい!【強欲の悪魔】!」




レイエンフィリアたちの後方から風が駆け抜ける。こちらへ見せ付けるように掲げた手に嵌められた、濃紺の石がついた指輪。そこに向かって鋭く風が奔る。




「クソッ、ここに辻切菖蒲があれば…!」




思わず呟いた言葉に、唇を噛み締めた瞬間──


──後方から、声がした。




「ベンク!おい!しっかりしろ!!」


「アラド!?」


「殿下!2人のところへ!戦力が欲しい!」


「え、えぇ!わかったわ」




レイエンフィリアは作業台の方へ駆けて行く。それを横目に捉えながら、キリルは唇を噛んだ。




「マズいな……」




不穏な気配が【色欲の悪魔】の時と比較にならない。完全に憑依している。


【色欲の悪魔】は渋々彼に力を与えていたが、今度は違うのだ。




────正式に契約した悪魔はこっちか!




ケタケタと、気味悪くクルースが笑う。


彼の発する声は、本来のクルースのものと、どこか狂気を孕んだもう1人の声が混ざっている。


瞬時に、察してしまう。




────俺1人じゃ無理だ。退いて、せめて3人で……!




退くも勇気。

それはキリルが父から教わったことの一つだった。


一番駄目なのは、逃げという選択を恐れて死ぬ事だ。


笑いながら手を伸ばして近づいてくるクルースに対し、キリルは後方に跳ねるように距離を取りつつ、レイエンフィリアの気配を探す。




「……は!?」




レイエンフィリアの気配の変化に、キリルは彼女を振り向く。


しまった、隙を与えた!と思った瞬間──




「伏せなさい、キリル!」




どうにか地に足をつけてキリルが伏せた瞬間、頭上を五本の軌跡が奔り抜ける。


それはクルースと【強欲の悪魔】に向かって伸び、彼にぶつかって血のように赤い魔法陣になる。




「私の部下を殺したのはどちらかしら?」


「殿下!?」


「──『略奪』」




その言葉がキリルの耳に届いた瞬間、クルースが──おそらく、正確には【強欲の悪魔】が、声にならない悲鳴をあげる。


クルースの行動が止まったと判断したキリルは、起き上がってレイエンフィリアの傍まで走った。




「殿下!」


「キリル、無事ね」


「はい、それより──」




ふと、レイエンフィリアにそばに座り込むアラドの背が目に入った。




「アラド」




キリルが声をかけると、アラドは親友たるベンクを抱え、キリルに向き直る。




「キリルさん!ベンクが還ってこないんです!どうしたら……」


「っ!」

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