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【本編完結済】殺戮の皇女  作者: イチノセ
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26   博愛のカバレッタ - 09

灰色のシャツに紫紺の石がついたタイ。真っ黒な、僅かに光を反射させるベスト。同じく真っ黒なジャケットとスラックスの上から、吸血鬼のような真っ黒の長い外套。気味の悪いほどに似合う、細く長い灰色の瞳と銀縁のメガネ。




「レイエンフィリア殿下……いえ、リンペラトリーチェと、呼んだ方がいいですか?今は」




レイエンフィリアは目を見開いた。今が作戦中であると……リンペラトリーチェとして動いていると、彼は察しているのだ。




「殿下、後ろへ」




キリルがレイエンフィリアを下ろし、己の背に庇う。




「ファウルス家当主、クルース・フォン・ファウルス殿。私の質問に応えなさい。これは第3皇女としての命令です」


「えぇ、如何様にも」


「我ら、勅命執行部隊『女帝』は、貴方の予想通り、勅命執行のためにここに来ました。真偽を口になさい、クルース・フォン・ファウスト。流通を制限するための宝石たちを、貴方が懐に入れていると言うのは事実ですか」


「答えを知っている上で問うのですか?殿下」


「……それは肯定と捉えてよろしいか?当主殿」




酷く低い声で、キリルが問う。クルースはニヤリと笑った。


ふと、気配が変わる。




「……?」


「殿下、お気をつけを」




クルースの右手が棚を開け、件の指輪を指に嵌める。どちらだったのかは、レイエンフィリアにはわからなかった。


禍々しい気配が漂ってくる。

人の放つものじゃない。そう確信する。




「お前が、【色欲の悪魔】か」




キリルの言葉に、レイエンフィリアは目を剥く。




────知っているの?この気配の正体を!?




言葉だけならば、レイエンフィリアも聞いたことがある。玲華として、だが。


前世の世界では、割と題材として取り上げられるものだったからだ。


この世界にもあるのか、と思うと同時に、なぜこの気配が悪魔のものであるとわかったのだろう?と言う疑問が湧く。




「……フフ、フフフ……」




クルースの口から、別の声がする。女性的な声だ。




「何を笑う」




キリルが不機嫌そうに問うた。

その姿にすら、クルースは──【色欲の悪魔】は、笑う。




「あぁ、アァ、嗚呼!ねぇ、ねぇ、願いを仰いな?私の力で、望みを叶えてあげる。愛して欲しい?(めで)て欲しい?私が、誰も叶えてくれない願いを叶えてあげる。私だけが、その願いを叶えてあげる。ほら、仰いな?私に言の葉を紡ぎなさいな?求める愛を、与えてあげる」




悦に浸った甘い言葉だった。

この言葉にクルースは堕ちたのだろうか?




「生憎と、愛されることを求めてはいない。俺の求めるものは、お前には与えることはできないだろう」


「あら、なぁに?知りたいわ。聞きたいわ。聞き届け、願いを叶えてあげたいわ。私に頂戴?願いを、頂戴?私に願って、私に縋って、私無しじゃ生きられなくなればいいの」


「……ハッ、願ってやろうか?お前に」


「えぇ、えぇ。聞きたいわ。与えて?縋って?ほら。願いを叶えてあげる。愛してあげる」


「ならば言おう」


「キリル……!」




キリルはレイエンフィリアと視線を合わせ、大丈夫ですよ、と囁く。


【色欲の悪魔】に向き直ったキリルは、意地の悪い笑みを浮かべて言った。




「なら願おう。我が主の願いだ。俺は、お前の宿主(あるじ)の死を望む」




レイエンフィリアはキリルの腕に縋り付いた。


必死の顔で止めようとするが、キリルが一瞬目を合わせただけで、レイエンフィリアの行動を止めてしまう。


体は硬直しても、意識だけは動いている。


レイエンフィリアの──否、玲華の狂気が、意識を奪っていく。




────ああ、ああ、駄目。貴方に、人殺しの業なんて背負わせたくないのに……!




思考が堕ちていく。前世の頃に。

あの人がそうだったように、レイエンフィリアも堕ちていく。


最愛の親友、彼女の狂気。

共にいた玲華さえ、蝕んでいった博愛の行末。


レイエンフィリアと彼女は、どこか似ている。


だから、レイエンフィリアを選んでしまった。転生先の体に。




────やめて、私はいきたくない!




「お願いキリル。……貴方に人殺しなんて、して欲しくない……!」




このままじゃ、私はまた、あの時のように見ているだけになってしまう。


そう口にしたいのに、レイエンフィリアの口は言葉を紡いでくれない。




──── お願い、美風様を見ているだけだった私に、戻さないで。




♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔




「なら願おう。我が主の願いだ。俺は、お前の宿主(あるじ)の死を望む」




そう口にした途端、レイエンフィリアが腕に縋り付くのを感じた。


しかしキリルは、目の前の【色欲の悪魔】から視線を逸らすわけにはいかなかった。だから、一瞬だけ目を合わせ、言葉も交わさずに視線を戻した。




「……そんなこと。その程度でいいの?」




やはり、とキリルは口元に笑みを浮かべる。


クルースは【色欲の悪魔】の宿主(あるじ)ではないのだと、確信を抱く。




「そんなつまらない願いしかしないのね?いやよ、嫌。そんな願いは叶えない。私が与えるのは愛。それを願うべきは()()()()()よ」


「だから言ったんだ。君には叶えられない」


「つまらない、面白くない。愛を与えて欲しくはないの?誰かを振り向かせたくはないの?誰かに求められたくはないの?貪欲な願いはないの?」


「無い。退け、【色欲の悪魔】。クルースを処刑する。どうせお前は殺しても簡単に死なないんだろう。石に収まっておけ」


「フン、いいわ。待ってあげる。私、貴方が気に入ったわ。面白い【モノ】を飼っているものねぇ?だから今は、【その人】に免じて退いてあげる。後ろの可愛い子に免じて戻ってあげる。けれど──いつかきっと、私に願ってね」




スゥ、と気配が消え、石に魔力が収まっていく。纏う気配がクルースのものになる。


さて、どうやって処刑しようか、と思った途端──




「お願いキリル。……貴方に人殺しなんて、して欲しくない……!」




レイエンフィリアが泣き叫ぶように言う。そして──




「お願い、美風様を見ているだけだった私に、戻さないで」




聞こえるべきでは無いはずの小さな言葉も、届いた。




────嗚呼、やはり。貴女は……




その瞬間、キリルには【それ】が視えた。

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