表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結済】殺戮の皇女  作者: イチノセ
24/160

24   博愛のカバレッタ - 07

────考えても仕方がない、か。




イル・バガットの名前を冠する彼だ。こちらがどんなに策を練ろうとも、指先一つで跳ね返してしまうだろう。


ならばもう、開き直ってしまった方がいい。




「とりあえず、やるだけやってみるわ。できるかどうか、奪うことが術を掛けた扱いになるのか、わからないけれど」




正直、やり方すら教わっていないからわからないのだが。こういうのは基本、祈るだの心の中で思うだので解決するものである。


少なくとも、玲華が好んで読んでいた物語ではそうだった。


レイエンフィリアはゆっくりと、獣たちの前に歩み出る。キリルたちは遠巻きながら、レイエンフィリアの様子を見ている様だった。




────術をかけているって扱いに、ならないといいんだけれど。




そう思いながら、レイエンフィリアは体の中に流れる魔力を、右目に集中させる。これもどうやって、という理屈なんてない。ただ『そこに集まれ』と願うだけだ。


レイエンフィリアは何かを掴む様に右手を伸ばす。




────まずは、彼らの注意。




獣たちの注意を奪い、レイエンフィリアに注目させる。


レイエンフィリアは頭の中で、注意を奪う、注意を奪う、と繰り返した。


スッと、獣の顔らしき部分がレイエンフィリアを見つけ、主人の命を待つ犬の様に見上げる。


そして──




────意識を、奪う。




意識を失った人が倒れる様に、昏睡状態の様になれば、と。


錯乱して、とか。血を流しすぎて、とか。そういう意識の失い方じゃなく。


操り糸の切れた人形が、舞台に倒れる様に。


意識だけを、奪う。




「……っ」




立ちくらみを起こしたように、上半身が冷える。血の気がひいて、でも頭は逆に冷静になって。


倒れるかな、まずいな、と思った瞬間に、獣たちが先に崩れ落ちる。


四肢の関節がカクンッと曲がり、受け身すら取れずに崩れる。


これでどうだろうか、と、レイエンフィリアは伸ばした手を下ろしながら獣たちを見る。




「……殿下」




キリルが左斜め後方に立ち、おずおずと言った風に顔を覗き込んでくる。


大丈夫よ、と返したかったが、喉が張り付いたように声が出ない。




「……お声が出せない?」




コクコク、と頷く。

キリルはふぅ、と小さく息を吐き、右手でレイエンフィリアの腰を抱いて数歩下がらせる。窓まであと少し、というあたりまで。




「とりあえず、殿下。下がっていてください。アラド、ベンク。先陣を頼む」


「「はい」」




アラドは腰の剣に手をかけ、ベンクが扉に手をかける。視線を交わせ、頷き合ったのを確認して、ベンクがゆっくりと扉を開ける。




「……っ」




ベンクが息を飲む。目の前の景色は先ほどと打って変わっていた。


奇妙に空いていた、カーペットも机も椅子もなかった場所に、石造りの螺旋階段が現れていた。




「…………行きましょう」




アラドがレイエンフィリアに視線を向け、声をかける。それにゆっくりと頷いて返し、キリルの手を取って進む。


一番前をアラドが。その次にベンク、レイエンフィリアと続き、最後尾にはキリルが後方を確認しながら階段を下りる。


コツ、コツと静かに足音が響く。

壁に埋め込まれた黄色い石が光を放ち、石の凹凸が目立つ階段を照らしている。


コツ、コツ。


四つの足音が重なり、石に囲まれた空間に響いていく。



──いまは、何階だろうか?

グルグルと回る階段は、降りている感覚をどこか狂わせる。



一回転したら何階分降りているのだろう?



そもそも一回転の基準は?



どこから始まって、どこまでが一回転?



螺旋階段は気分がおかしくなる。

城にも螺旋階段はあるが、こんな狭苦しい、両手を伸ばし切らずに壁に手がついてしまうような圧迫感は無い。


例えるなら針金で作られたように、繊細な鉄製の手すりがついた絢爛豪華なものだ。それですらレイエンフィリアは普段使わない。




────今、何階?




気分がおかしくなる。




────階段を降り始メてから、どのくらい降りた?




回る、回る。




────降りてイる、わよね。この階段に果てはあるの?




廻る、廻る。




────息が詰まる。閉塞感が、怖い。




狂う、狂う。




────このまま降リて、大丈夫かしら。




墜ちる、墜ちる。




────ああ、アぁ、嗚呼!もういっそ、壊れちゃいたい……




ふわりと、体に腕が回る。


腰を抱くように。

目元を覆い隠すように。




「聞こえますか、殿下」




耳に直接流し込むように、囁く吐息がかかる。




「……っぁ、あ、……あぁ」




口からは喘ぐような、言葉にならない声しか出ない。




「息を、してください。」




ゆっくりと、ゆっくりと。

囁くようにそう言われて、肩を震わせながら、唇の端から息を吸い込む。


──けれど。




「……っ、は、………ぅ、……ぁ」




途切れ途切れに、ボロボロに引き千切られた布切れのように、小さな呼吸しかできない。




「息を吐くことに集中してください。吐けば自ずと、吸い込めます」




やっぱり喘ぐような声しか出なかったけれど、それでも彼は支えていてくれて。


漸くまともに呼吸が整うと、体の強張りが解け、力が抜け、キリルにもたれかかりながら崩れ落ちそうになる。




「……っ、と」




キリルはレイエンフィリアを軽々と抱き上げる。つい先程の、廊下を駆けていた時と同じ姿勢だ。

未だに少し焦点の定まらない目が、キリルの横顔を捉えた。




「……ぃ、りる…」


「精神干渉の魔術です。壁には手を触れない方がいい」


「………?」




────さむ、い……?




疑問形になってしまったけれど、レイエンフィリアは震えていた。


寒いのか、怖いのか、怯えているのか、わからなかったけれど。


ふっ、と。

レイエンフィリアの前髪に、キリルの唇が触れる。




「……?」


「殿下、オマジナイでもかけましょうか」




レイエンフィリアは首を傾げるが、キリルは柔らかく微笑む。


彼の、見惚れるほど美しい()()()が、レイエンフィリアを見つめて細められる。




「……ィ、ル……?」




恋人にそうするように、キリルの顔が、彼に抱えられたレイエンフィリアの顔にスッと近づく。


恐怖を、感じた。




────この人が、怖い……!




理屈じゃない。

この男の何かが怖い。


その怖いくらい綺麗な瞳が。

魅入ってしまいそうなほど、美しい()()()が。


なによりも、怖い。


彼の顔を腕で阻みながら、レイエンフィリアは叫んだ。




「命令です!私を助けなさい、キリル!」




その瞬間、レイエンフィリアの視界が、割れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ