23 博愛のカバレッタ - 06
何をしに来たのだろう。
その言葉に答えをくれるであろう生物は、全くもって人の言葉を話してくれない。
こちらが汲み取るしかないのだ。
「迷い込む、訳ないわよね。城から随分と離れているし」
ここに来るために、レイエンフィリアは道中で一度宿を取った。移動に一日、次の日の夕方まで宿で体を休め、2、3時間前に始まったパーティー。
会場内で体調が悪そうに見えたレイエンフィリアを、誰もが遠巻きに眺め、声を掛けたりしなかったのはこのためだ。
レイエンフィリア様は、長時間の移動でお疲れなのだろう。
と、誰もが予想できたから。
皇族の人間は人を招くことはあれど、自分が出向くことはあまりないから。
だからレイエンフィリアもそれを利用した。
しかし、これだけ移動に時間がかかる場所に、こんな小さな生き物がその短い足で付いて来られるはずもない。
──なら、どうやって?
決まっている。イル・バガットが転移の術でもかけたのだろう。そのくらい、彼にしてみれば容易なことだ。
──なら、何故?
4人の思考がそこで止まってしまう。
その先がどうしたって想像できないのだ。
イル・バガットは水に漂う様に軽い男だが、考え無しに行動する人ではないことくらい、城の人間ならば誰でもわかる。
「イーゼット」
レイエンフィリアが屈んで声をかけると、なんだ?とでも言う様に小首を傾げて、イーゼットは「キュイ?」と答える。
「こんなところまでどうしたの?用があったんでしょう?」
「キュイー!」
アラドの手の中から逃げ出したイーゼットは、ピョン、とレイエンフィリアの右肩に跳び乗った。そしてそのまま、レイエンフィリアの右目のすぐ脇をペロリと舐める。
「……っ」
反射的に目を閉じたレイエンフィリアは、舐められた部分に右手で触れる。
「キュイー!」
「あ、こらイーゼット!」
レイエンフィリアの肩から降り、来た道を駆け戻るイーゼットに、ベンクが声をかける。しかしイーゼットは止まる気配もなく、暗闇に溶ける様に見えなくなった。
「……全く……ん?……殿下?どうされました?」
「…………」
「殿下?」
「殿下、どうかされましたか?」
ベンクに続く様に、アラド、キリルもレイエンフィリアを見つめる。3人に見つめられながら、レイエンフィリアは右の頬に指先を触れさせつつ、先ほど飛び出した書斎の扉──さらに言えば、扉の前の獣をじっと見つめていた。
心の中で自問自答する様に、訝しげな視線を送りながら。
「…………キリル」
「?……はい」
「あの獣に、術をかけたらまずいのよね?」
「そう、ですね。確信を持っては言えませんが、おそらく」
ゆっくりと、焦らす様に瞬きを一度だけして、レイエンフィリアはまた言葉を紡ぐ。
「なら、物理的に奪うのは……?」
レイエンフィリアはゆっくりと振り向き、アラド、ベンク、キリルに顔を向けた。彼らは彼女の顔を見て──否、彼女の右目を見て、硬直する。
「石……?」
丁寧にカッティングされた、薄い青の石。
それが、レイエンフィリアの右目があるべき部分に収まっている。
つい先ほどまで、何の違和感もない眼だったのに、今は違和感を感じない方がおかしいと思うほど、石としての存在感を放っている。
普通の目の様に、独特の陰影やパーツがある訳じゃない。黒目と白目の境もなく、ただただ、空の様に透ける青が光を反射しながら輝いている。
ベンクが震える声を絞り出す。
「……殿下、その、目は……?」
「義眼よ、宝石の……イル・バガットが、目を失った私のために誂えてくれたもの。そして──お父様が、願ったもの」
「国皇陛下が……?一体何を」
レイエンフィリアは唇を噛む。言ってはいけないわけではない。実際、メイドのマリンや侍女長だって知っているのだから。
しかし、言って良いものなのかわからない。
だからレイエンフィリアは、こう答えるしかなかった。
「それは言えない。正直、私もわかりきっていないし、わかりたくなかったから。でも、この目には……『略奪』の能力がある」
「『略奪』……」
「そう、それも実態のないものに限る。意識とか、記憶とか、そういう形の無い、手にとって触れられないものを奪うんだって、イル・バガットは言っていたわ」
彼の声がレイエンフィリアの脳内で反芻する。
『これも、お父上のご要望だ。その目には「略奪」の魔術がかけてある。形のあるものではなく、意識や思考のような、実体のないものを奪う能力が、その石には付与されているよ』
彼はきっと、この状況がわかっている。わかっているからイーゼットが来たのだ。そしてイーゼットは、レイエンフィリアに自身の右目にあるものを思い出せるため、レイエンフィリアの前に姿を現した。
────どこかで見ているのね。イル・バガット。
壁に耳あり障子に目あり、とはよく言ったものだ。実際そうであるかは別として、きっとイル・バガットはどこかからレイエンフィリアたちを見つめている。
置物の目を通してか、壁に掛けられた絵画の中の人物の目を通してか、或いは──
──レイエンフィリアの、宝石の右目を通してか。




