21 博愛のカバレッタ - 04
「あら、察しがいいのね」
レイエンフィリアが妖艶に笑う。
「石をね、用意したのよ」
「石……?」
「一つ目は大きなサファイア、二つ目はそれより一回り大きなルビー」
レイエンフィリアは語る。
サファイアには、屋敷の中にいる人間の『無意識』を行動に出してしまう術を。
ルビーには、屋敷内にいる人間で『特定の無意識』を行動に出した者にのみ、効果が現れる術を。
『特定の無意識』すなわち──
「先ほどの貴女の言葉を借りるなら、下心、って事ですね」
「そういうこと」
自分たちには対魔術用の術を掛け、客たちは庭園に出るよう誘導した。術の効果範囲はあくまで屋敷の中。庭園に出てしまえば効果は消える。
「皇城ほどではないにしても、この屋敷は十分広い。下心を持って屋敷に残ったものはみんな、術に嵌って無限回廊へと迷い込む」
「無限回廊……?」
「早く見つけたい、早くここから出て活躍したい。そう思えば思うほど、もがけばもがくほど、術が絡まり動けなくなる。そんな術を編み込んだ石をね、使ったの」
レイエンフィリアは微笑む。口元に閉じた扇子を寄せ、キリルを見上げて。
「でも、キリルさんは嵌らなかったんですね、この術に。俺たちは対魔術を自分で自分に掛けてますけど」
ベンクの言葉に、レイエンフィリアも「そういえば……」と同意し、キリルに視線を向ける。
「……俺に下心がありそうって言いたいんですか」
「……なさそうよねぇ」
「ないですねぇ。自分は孤児で、ラ・ステッラに拾って頂けただけで十分なので。出世欲とか割と皆無に等しいです」
「皆無……」
それはそれでどうなんだろうか、上昇志向とかは大事だと思うんだが……と思いつつ、まぁいいやと割り切った。
執務室は目前だ。人の過去に深入りしても意味はないだろう。
「なぁアラド、道の先はどうなんだ?」
ベンクが振り返りつつ問う。堂々と駄弁っているが、人がいたとしたら丸聞こえではないのだろうか。
アラドは廊下の先から視線を外し、壁に背中を預けてため息をつく。
「人に気配はないんですが、執務室の扉の前に何か居るんですよ。黒い、なんかこう……獣?のような」
「獣?」
「四足歩行なのはわかるんです。が、体全体が黒っぽいモヤに包まれていて、犬なのか狼なのか、猪なのかそれ以外の何かなのか、さっぱりわからないんです」
「魔術で編まれたもの?」
「いえ、アレは多分使役してますね。魔力の流れ方がこの屋敷と同じです。だから角に着くまで気付けなかったんです。屋敷の気配に紛れ込んでいたから」
アラドは面倒臭そうにため息をつき、今日のために整えた髪をガシガシと掻く。静かに話を聞いていたキリルは、ふと思い立ったように歩き出す。
「……キリル?」
レイエンフィリアの声が届いているにもかかわらず、無視して廊下の先に曲がっていく。
「え、ちょ……キリルさん!?」
「キリル!?何しているの!?」
慌てて廊下の先に視線を向ければ、キリルは堂々と獣の前に歩み出る。襲われるのでは、という不安はすぐに消え去った。
襲い掛からないどころか、微動だにしない。
それどころか、うっかり姿を現してしまったレイエンフィリアたちに見向きもしない。
「……え、何?どういうこと……?」
眉根を寄せるレイエンフィリアに、キリルは獣を睨みながら制止の声をかける。
「殿下、それ以上近づかないでください。多分こいつらは……そうですね、例えるならアラームです」
「アラーム?」
「番犬、と言い換えましょうか。彼らは扉に手をかけるまでは黙っているのでしょう。開けようとした途端に、そのものを敵とみなして襲い掛かる」
「……石化の魔術でも使いますか?動けなくしてしまえば、襲い掛かることもないんじゃ」
ベンクの言葉に、キリルも小さく頷く。キリルは扉に向かって右側の獣に向き直る。
「俺は右を」
「では自分は左側に掛けます」
二人が視線を交わし、同時に詠唱を紡ぐ。
初歩的な、この国の魔術を使えるものなら誰でも使える一般魔術だった。
「……………………どう?よさそう?」
「さて、どうでしょうね……」
口で言うほど疑う素振りもなく、キリルは扉に手をかける。
ベンクとアラドは咄嗟に身構えたが、獣たちは動き出すこともなく、ごく自然に扉は開いた。
「これはまた、妙ですね」
室内の様子を確かめたキリルは、眉間のシワをさらに深くして室内に足を踏み入れる。その後に続き、アラド、レイエンフィリア、ベンクが入る。
そこは確かに、妙、という言葉が似合いの部屋だった。
入り口からすぐ左は壁で、部屋は右手に向かって伸びている。最奥には天井まで届く本棚があり、その手前に書斎机がある。ただし、それだけだ。正面の壁に窓が二つあるが、どちらからも庭園が見えるだけ。それ故に、妙だった。
「なんなんですか?この部屋。見取り図見たときも思いましたけど」
ベンクの言葉に、皆頷くばかりだった。
部屋の広さを活かし切れていない。
レイエンフィリアの目の前に広がる空間がガラ空きなのである。無理やり机を寄せたように見えてくる始末だ。
「……ベンク、何か感じないか」
「キリルさん?どうかしました?」
「気配察知を使ってみろ、この部屋は執務室じゃない」
キリルの言葉で、目を閉じ意識を研ぎ澄ましたベンクは、驚いた顔で壁に駆け寄り、探るように壁に手を付く。
「ベンク?」
「殿下、この部屋……部屋そのものが、魔術で書き換えられています」




