19 博愛のカバレッタ - 02
何か腹に入れておいた方がいい、と言って、アラドが持って来た皿の上のキッシュを口に含んだ瞬間、ファウルス家全体から警報が鳴った。
────始まった。
そう思いつつ、周囲にそうと気付かれないようにレイエンフィリアも周囲を真似る。
誰もが無意識に天井に目をやり、周囲に視線を巡らせる。なんだなんだと騒ぎ立て、使用人たちはバタバタと駆け回り事態を確認する。
ベンクもアラドも視線を忙しなく動かしている。探しているのだ。ファウルス家現当主の姿を。
「どう?」
「まだ居ます。側近に囲まれておりますが、使用人に何か指示を出しているようです」
「タイミング的に、『警報の真偽を今すぐ確認しろ』とかそんなところでしょうね」
「まだ動かない方が妥当、ということですね」
上手くいけば間も無く……そうレイエンフィリアが思うと同時に、屋敷中が停電した。あちこちから悲鳴が上がる。
レイエンフィリアは微笑んだ。ここからは彼女の出番だ。
「全員落ち着きなさい!私の言葉に耳を傾け、身の安全を第一に考え、早くガーデンへ避難なさい!」
皇女として告げれば、皇権を知らしめることができる。
そして──
皇族たるレイエンフィリアがガーデンにいるとわかっているならば、ファウルス家現当主が屋敷の中で動く余裕を与えられる。
「さぁ、早く!」
「こちらへ!!」
アラドとベンクが揃ってガラス扉を開け、大声で言い放つ。先陣を切るようにガーデンにレイエンフィリア共々出ると、近場にいた者から我先にと走ってガーデンへ出ていく。
人の波が粗方収まってきた所で、3人は合流し、皆の視線が屋敷に集中している今を見計らって、再び【それ】を空へ投げる。
血のように濃いルビーだ。地面にぶつかり砕けた途端、レイエンフィリアたちは屋敷の内部へと走り出す。
まずはホールだ。
見渡してみるが、ホール内にはメイドと執事しかいない。
ファウルス家現当主の姿が、無い。
「逃げ足の速い……!」
「そろそろ捜索が始まっている頃でしょう。さぁ、行きましょう」
作戦通り、屋敷の警備はもう完了しつつあるのだろう。ということは、索敵部隊が捜索を始めているはず。
レイエンフィリアたちは、ある場所目指して走り出す。事前に屋敷の見取り図を入手し、部屋の位置は全て頭に叩き込んだ。
「どこに行ったのでしょうか、当主殿は」
「懐に入れた宝石の隠し場所、だろうな。俺ならそこに、自分共々隠れる。爆薬か何かと共に、或いは、自分以外は入れない罠でも仕掛けて」
「そうね。自分1人だけ隠れて、宝石が見つかってしまっては意味がない」
「しかし!屋敷は索敵部隊が全体的に捜索しているはず。他に何処を探すんです?」
事前に聞いていたあの場所の、何処を探すというのか。
ベンクが聞きたいのはそういうことだ。
確かに、レイエンフィリアも確証を持っているというわけでは無い。ただ、“セオリーにかなっていない”のがおかしいだけで。
ピタリと、3人が足を止める。
止めた理由は、おそらく書物庫であろう部屋から流れて来る妙な魔力だ。感じるか感じないかギリギリの、でも気付いたら見過ごせない強さの、魔力。
「殿下、お下がりください」
アラドが剣を抜こうとした瞬間──
「下がるんじゃない、退くんだ」
「きゃあ!」
僅かに顰められた声が響き、レイエンフィリアの身体が宙に浮いた。
「殿下!?」
「えっ!?ちょっ……」
「なんでもいい、いいからここから離れるぞ!」
その男は、レイエンフィリアを抱えたまま走り出す。アラドとベンクも、それに従っている。
顔見知りなのかどうかは、レイエンフィリアにはわからなかった。2人の表情は驚きで固まり、ただただレイエンフィリアを抱えるこの男について走っている。
「下ろしなさい、ねぇ!」
「黙っていてください、見つかります。それに舌噛みますよ」
「そん……っ!(ホントに噛んだっ……!)」
そんな私をチラリと見下ろし、すぐに正面に向き直る。丁度曲がり角まで来て、男は壁に背を寄せて立ち止まった。
流れるように、後方のアラドへ顔を向ける。
「アラド、すまないが頼んでいいか」
「はい」
曲がり角の先へ、アラドが息を潜めて視線を送る。その間、レイエンフィリアは自分の心拍数が異常に上がっていることに気がついた。
この状況にではない。書物庫に突入しなかった自分の愚かさと、突入していたら自分はどうなっていたかわからなかったという、恐怖にだ。
全身から血の気が引いていくようだった。意識が黒く、重くなり、冷える。
「殿下」
レイエンフィリアを抱え直した男が、囁くように声をかける。抱え直された時の僅かな振動で、レイエンフィリアの意識も浮上した。
声を発することはできなかったが、それでも、男の瞳を視界に映す。
「っ……ぁ」
「人を容易に殺せる罠でした。もう忘れてください。過ぎたことです」
「あ、っぁ……っ!あぁ」
レイエンフィリアの脳裏に、あの魔力が何を示していたかが鮮烈に浮かび上がる。
書物庫への扉の向こう。おそらく扉を開けてすぐのところに、『ナニカ』がある。
レース編みのように繊細に、丁寧に、確かな悪意を持って編まれた、強力なのに分かり辛く、それでいて嵌ってしまえば抜け出せない、蜘蛛の巣のような残虐な罠。
そこに──
「今の、誰だったんでしょう」
「索敵部隊の誰かだろう。確信を持って足を踏み入れたんじゃないか?喰われるとも思わず」
レイエンフィリアには、ベンクとアラドの会話が遠く聞こえた。
ただ一つ、この場の誰もが確信を抱いたのは──
ファウスト家現当主は、レイエンフィリアに歯向かい、その部下を“そういう意思を持って”殺害した。反逆であると、わかっていながら。
「……執行を」
「殿下」
「皇家への反逆よ、許さないわ。そうでなくとも、私の部下を殺すなんて」
「……はい」
「執行を、この場にいるお前たちに命令します。成し遂げるのは私たちです」
暗闇の中でもわかるほど、レイエンフィリアの瞳が鋭く輝いた。




