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【本編完結済】殺戮の皇女  作者: イチノセ
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18   博愛のカバレッタ - 01

絢爛豪華な会場は、これから起こることなどカケラも知らずに盛り上がっている。レイエンフィリアは片手に持ったワイングラス──中身はただのぶどうジュース──を優雅に傾け、壁の花に徹していた。




「ぶどうジュースをこうもワインのように飲める方を初めて見ましたよ」


「格好さえ決まっていれば、なんだって格式高く見えるわよ。お兄様も昔はワインを毛嫌いしていたものだし」


「エイルワード王太子殿下が、ですか」


「えぇ、誤魔化すためにブランデーグラスにりんごジュース入れて飲んでたわ」


「えぇぇぇ、イメージが」


「周りは誰も気付いてなかったけどね」




レイエンフィリアが気付いたのだって、〇〇家の令嬢と踊ってくるから持っていてくれ、と兄からグラスを手渡された時である。どこの令嬢かは覚えていない。


グラスから漂う甘い香りで気付けたものの、あの一件がなければレイエンフィリアだって気付かなかっただろう。


2、3人がけのソファの中央に座り、その両サイドに護衛の2人が陣取っている。


普段より顔色を悪く見せる化粧をしたレイエンフィリアの周囲には、気を遣ってか誰もやって来なかった。義理での挨拶をしてまわって以降、特に何もせずこうしてジュースを飲んでいるのである。


再びグラスを傾けながら、レイエンフィリアは周囲を見渡した。


絢爛豪華、と言う言葉がまさに似合うこの会場は、かのファウルス家のダンスホールだ。広大なガーデンにつながるガラス扉も、会場を煌々と照らすシャンデリアも、その権力を表現するかのように手が掛けられている。




────眩しい。




ぼんやりと思いながら、あとどれくらいで始まるだろうかと時計を探す。


嵐の前の静けさ、とでも言うように、会場はなんの変哲もなく平和だ。


今日のために着飾った男と女がひしめきあい、お互いにお互いを値踏みしながら偽りの笑みを浮かべている。




────嗚呼、気持ちが悪い。反吐が出る。




どこの時代に来たって、金持ちの考えは何も変わらない。九龍院家の時だって、出たくもないパーティーに出させられれば、こういう空気に当てられてガーデンへ逃げていたものだ。


実を言うならば、今だってガーデンへ逃げ出して花を愛でたい。


言葉にできない想いを浮かべながら、レイエンフィリアはグラスの中身を飲み干した。


アラドが身を屈める。




「殿下、代わりをお持ちしますか?」


「いいえ、もういいわ。グラスだけ返して来てくださる?」


「承知しました。ベンク、ここを頼む」


「ああ」




レイエンフィリアが飲んでいたグラス片手に、アラドが席を外す。




「……まもなく、ですね」


「声が硬いわ。緊張しているでしょう」


「申し訳ありません」


「何も考えなくていいのよ。ただ、流れに身を任せるだけ。臨機応変に、流れを見て流れに任せる。それで大丈夫よ」


「ですが、自分は……あまりにも未熟です。こうして大事な戦局に立ったことはない」




フッと、レイエンフィリアが笑みを溢す。


レイエンフィリアは少し席をずらし、ポンポンとソファの座面を軽く叩く。


座れ、と、ベンクに促す。


主人と同じ席に座することになってしまうが、レイエンフィリアの命令だ。逆らえるはずもなく、ベンクはそこに浅く腰掛けた。


手袋をつけたレイエンフィリアの手が、ベンクの右手を上下から包む。




「大丈夫、大丈夫よ」


「…………」


「貴方はただ、私と、アラドと、自分自身を守るために動けばいいの。命があるのなら、多少怪我をしたって構わないわ。命を守るために、私とアラドと自分を“護って”ね」


「……はい」


「ベンク、大丈夫か」




会場の人間からの視線を遮るように、アラドがソファの前に立つ。好奇の視線をこの席に寄せる会場の人間を、アラドは振り向きざまに一睨みした。が、目を伏せ、ため息をつくのみに留めて、レイエンフィリアに視線を戻す。




「殿下、貴族の前です。護衛への接触もほどほどになさってください。無用の火種を生みます」


「言わせておきなさい。どうせ私には浮いた話の一つもないから、ここで縁を作っておきたいのでしょう。好きなだけ噂させるがいいわ」


「申し訳ありません、殿下。自分が不甲斐ないばかりに」


「気にすることではなくってよ、ベンク。怖気付く暇があるのなら胸をお張りなさい。時間になるわよ」




レイエンフィリアはアラドの手を借りて立ち上がり、花を飾るのみにした銀糸を掻き上げ、ガーデンへのガラス扉を開けた。


途端に感じる夜の世界に足を踏み出し、アラドとベンクを引き連れてそれに興じる。


会場よりも冷たい、しかし心地よい風を目を閉じてやり過ごしてから、ベンクに目をやる。




「…………」


「…………」




右の掌を握りしめるベンクの背をアラドが軽く叩く。“自信を持って、やれ”と励ますように。


式典服のポケットから【それ】を取り出したベンクは、改めて【それ】を目を閉じて握りしめる。


その後、ふと風が止んだ瞬間に、上空に向かってそれを投げた。


ベンクが魔術を込めた透き通るような青い石──サファイアが、空を駆けていく。


そして──




「やりましたね」


「そうね。さぁ、ここからが大変よ」




レイエンフィリアとアラド、2人がベンクの背に手を添えて彼を称える。


3人とも顔に笑みを湛えながら、会場へと踵を返した。



空へと投げられたサファイアは、『何も起きることなく』地面に落下して砕け堕ちた。

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