17 自責と宣告のフーガ - 06
ベンクに目配せをして開けさせた扉の向こうでは、談話室の床に跪く隊員の姿があった。跪いていないのはアラドくらいなものである。と言っても、恭しく頭を下げてはいるのだが。
扉が閉まったことを確認し、跪く隊員たちに立つよう指示を出した。その間に、部屋の最奥へと歩を進める。
「座るわけではないけれど、二人とも後ろに控えていなさい」
それだけを言って、視線が集まる中レイエンフィリアは息を吸い込んだ。事前にアラドが声をかけていてくれた分の、ざわめきは少ない。
「先刻、皇帝より勅命が下りました。決戦は1週間後、夜間です」
全員の顔が引き締まる。
空気が、ドッと重くなる。
おずおずと、第6部隊の隊長が手をあげた。
「標的は」
「みんなも知っているでしょう、あのファウルス家よ」
皆が目を見開く。
その言葉が意味するものがわかるからだ。そして、失敗なぞしていられない、ということも。
「あまりに規模が大きい作戦となります。故に、今回に限っては部隊員全員参加での作戦とし、陣頭指揮も私が務めます」
非難の声の一つでも上がるかと思っていたレイエンフィリアだったが、その実、あまりに皇女らしく、隊長らしく高らかに宣言したため、圧倒されている者しかいなかった。
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作戦はこうだ。
1週間後の、ファウルス家主催の社交界にレイエンフィリアが名代として参加する。
囮役として少数部隊が突入し、屋敷全体を“警備させる”。
ここで重要なのが、あえて警備させることだ。
どこに重きをおいて警備につくのか。地下室か、金庫室か、当主の部屋とか、宝物庫とか。
ファウルス家当主がどこを硬く守らせるのかを見る。そして──
「証拠を押さえた上で、ファウルス家当主の目の前に証拠を突きつけ白状させ、言質を取る。その後、一家もろとも死刑執行」
ここで大事なのは、どこが重点的に守られているのかを調査する索敵部隊だ。見つかってはならない、しかし探し回らなければならない。
そこまでレイエンフィリアが説明すれば、自ずと空気は染まり出す。
これは、あいつらが手を伸ばすな、と。
考えなくともわかる。
しかしとうのレイエンフィリアはそんなことなど気付いてもいないから、まんまと彼らを配置するのだろう、と。そう思っているのだ。
既に彼女が、『そう思われているということを知っている』のだとも知らずに。
そして──
──アラドとベンクを除いた隊員全員が、掌の上で転がされているとも知らずに。
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「本気ですか」
「本気よ」
「……リスクが大きいかと、思うのですが」
「いいじゃない。大きければ大きいほど燃えるものでしょう?それに、私を守り切ってくれれば、2人とも昇格かもしれないわよ?二階級特進、とか」
「殉職じゃないことしか祈れないんですが」
「殉職以外でそんな特進、ありえるんですか」
「ありえなくても私がそうしてあげたいって言うわ。この身を守ってくれたのだからーって」
「そんな適当な……」
「でも守った上に特進までしたら、給料が跳ね上がる上に、周囲から認めて貰えるかもしれなくってよ?騎士としても、護衛としても」
閉じた扇を顎先に当て、レイエンフィリアは後ろを並んで歩くアラドとベンクを見る。
2人はレイエンフィリアの最後の言葉──『騎士としても護衛としても認めてもらえる』という言葉──に、明らかに反応していた。
誰が認めるのか、など、言うまでもない。長兄、エイルワード王太子だ。
以前のレイエンフィリアの護衛も、彼に認められなかったから処刑された。逆に言えば、認められさえすればレイエンフィリアの突飛な行動を止められなかったとしても、処刑まではいかない(かもしれない)のである。
「本番までに、貴方たちの式典服、用意しないとね」
サイズ調整やオプションの要望も聞いておかなければ。
レイエンフィリアは頭の中でやることをリストアップした。準備すべきことはまだある。
「聞いておきたかったんだけれど、貴方たち、実技の得意分野は何かあって?」
「実技の得意分野、ですか……?」
「えぇ。剣術とか、体術とか、そういうもの」
ベンクは考えるように視線を上に向けるが、アラドは表情を変えずに、悩みなく言った。
「自分は剣術と体術、馬術も不得手ではありません」
「首席だって言っていたものね。ベンクはどう?」
「そうですね、自分は……得意かと言われれば言葉を濁しますが、殿下の護衛を務めるのには支障がない程度だと思います」
「ならいいわ」
「それと……」
ベンクはちらりとアラドを見る。
視線を受けたアラドは、ため息をひとつこぼしてからレイエンフィリアに向き直った。
「ベンクは呪術に関して折り紙付きです。こと、防衛魔術は特に」
「へぇ……」
口に出しつつ、レイエンフィリアはベンク目掛けて呪詛を飛ばした。ベンク目掛けて進みながら、炎がレイエンフィリアの顔ほどの大きさになっていく。
「ぅわっ!」
右腕を勢いよく振り下ろし、ベンクは防衛の魔術を使う。目に見えるものではないが、レイエンフィリアもアラドも、展開された防衛魔術の気配を感じ取った。
「……へぇ、なかなか」
と言いつつ、レイエンフィリアも少し本気を出した。
ベンクが使った防衛魔術はかなり高等なものだったが、レイエンフィリアにかかればそれを壊すのは造作もない。蝋燭の火を消すように、フッと小さく息を吐く。
途端に、レイエンフィリアとベンクの間の空間から、ガラスにヒビが入ったような、ピキッ、という音がした。
ついで、ガラスが粉々に割れるような、パリーン!という高い音が鳴る。と同時に、レイエンフィリアとベンクを隔てていた防衛魔術が目に見えて割れた。
「咄嗟で、詠唱なしで、しかもモーションのみで特二級の防衛魔術の発動……十分じゃない、すごいわ」
「割られた後で言われましても……」
「そりゃあね?これでも一応リンペラトリーチェですもの。血筋だけでリンペラトリーチェなんて務めていなくってよ」
レイエンフィリアは楽しげに微笑んだ。




