16 自責と宣告のフーガ - 05
急遽身支度を整え、レイエンフィリアは廊下を突き進む。目指す場所は『第17部隊 星』の皇政執務室だ。
後ろにアラドとベンクを控えさせ、扇片手に各部隊の執務室が集まっている棟へと歩いていく。
先日訪れたばかりだ、と思いながら、レイエンフィリアは扉の前へと突き進んだ。衛兵が室内へ声をかけ、返答し、扉が開けられる。
「ご機嫌麗しゅう、リンペラトリーチェ」
「えぇ、ご機嫌よう。ラ・ステッラ。今日は今日は私の側近の話をしにきたの」
「えぇ、伝令より伺っております」
どうぞ、と、言葉にせず応接用の椅子を勧められたが、レイエンフィリアは腰掛けることもなく、ラ・ステッラの執務机の前にズカズカと近づいた。
「リンペラトリーチェ……?」
「ラ・ステッラ。長居をするつもりはありません。貴方に言いたいことは一つだけです」
後方に歩み寄ってきたアラドから、以前ラ・ステッラから貰った紙の束を受け取り、レイエンフィリアは音を立てず机に置いた。
「この私を、貴方の冗談に付き合わせないで頂戴。私の周囲に、二流以下の人間は必要なくってよ。これ以上、側近候補の選別は結構。あとは私自身の目で決めます」
捲し立てるように早口でそう告げると、レイエンフィリアは微笑んで口元に扇を寄せた。突き返された書類を眺め、ラ・ステッラは呆然としている。
「戻るわよ」
「はい」
アラドに声をかけ、レイエンフィリアは部屋から出ていく。
誰も声はかけなかった。
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椅子を90度動かして、横に向ける。
その体制で、さらに首を動かして窓の外を見た。
今日は天気がいい。雲一つない、とまではいかないが、広がる青空と所々にある白い雲というのは、見ているだけで気分がいいものだ。
少なくとも、自分はそう思う──と、窓から視線を外さないまま、キースフェリドは思った。
「まんまと見抜かれましたね」
「あの12人から側近を出すつもりなんて、こちらも毛頭なかったけどな」
「タイミングが悪かったですねぇ」
「全くだ」
あの候補者は、皇女と縁を持っていたい貴族連中が勝手に候補を選びあげ、勝手に選別して寄越してきたものだ。
一応目を通して、舌打ちと共に『思惑が透けて見えるな』と言おうとしたところで、レイエンフィリアが押しかけ──姿を現したのだった。
────本当に、タイミングが悪い。
ラ・ステッラとしての意思などまるで無視してよこされた書類なぞ、初めから無視するに決まってんだろ。
キースフェリドが小さく呟いたその言葉に、幼馴染であり側近でもあるケインは目を瞑ってくれるらしい。
つくづく思う。幼馴染を側近にしてよかった、と。
そしてこうも思うのだ。
リンペラトリーチェ──レイエンフィリア第三皇女殿は、一体誰を側近に?と。
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そして、現在──
レイエンフィリアは苛立ちを隠しもせずにズンズン廊下を進んでいく。
目指しているのは『第3部隊 女帝』の王政執務室だ。彼女自身はあまり顔を出したことはないが、今回ばかりは、と張り切っていた。
が、彼女の張り切りぶりとは裏腹に、
「殿下!だから俺が行きますって!」
やたらとベンクが止めにかかる。
「私自身の口で言わなくてどうするの?」
足を止めることも、振り返ることもせずにレイエンフィリアは言った。
「だからって……ああぁ!殿下!おい、アラド!お前もなんとか言えよ!」
「……」
「アラド!」
「……はぁ」
声をかけられたアラドは、しかたなさげに歩幅を広げて歩き、レイエンフィリアの隣に並ぶ。
レイエンフィリアはちらりと横目で彼の顔を確認したが、特に何をするでもなく、ただ歩いていた。
────驚いた。別にいいけれど。
これがレイエンフィリアの長兄、エイルワードだったらどうなるかわからないが、別にレイエンフィリア自身が偉いのではない。彼女の中に流れる血が偉いのであって、自分が偉いわけじゃないのだ。
普通なら隣に並ぶことは許されないが、所詮、隣に並んだだけだ。アラドは殺気を向けているわけでも、かと言って何も考えずにしているわけではない。
彼の中に何かあるのだろう。
ならば、アラドの話を聞くのが最優先だ。
隣に護衛が立っている。それがなんだ。
レイエンフィリアにとって、隣に並んだ云々なんて所詮その程度のことなのだ。
「殿下」
「なぁに?」
「先に自分が行きます。下手に王政執務室に入れば出られなくなりますし、いきなり殿下が訪れれば皆驚きます。事前に自分が行って、伝えておきますから」
「……確かに、事前の連絡も無しに行ったらみんなが驚いてしまうわね」
「はい、先に伝えておきますので、そう焦らずにいらしてください」
例えば、だ。
いかに王政執務室とは言え、そこは各部隊の隊員たちの生活の場。同期や気の合う仲間と共に駄弁る時にまで窮屈な隊服・制服姿を強要してはいない。
軍服のようなデザインの隊服の下には、各々自由に服を着ている。
出動する際は必ず白のワイシャツ、と言う決まりはあるが、暑い時にはTシャツだったり、寒い時には何枚か重ねてきたりと、レイエンフィリアの部隊は割と自由なのである。
自由に駄弁ったり遊戯をしたりしている時まで堅苦しい服に身を包んでいるのも気が休まらないだろう、と言うレイエンフィリアの考えのもと、ルールが設けられている。
王政執務室内であれば上着を脱いでいても良い。ただし、急な出動要請や来客時に対応できるよう、傍に置いておくこと。
要するにアラドとしては、皇女が──それも自分の部隊の隊長が──来るにもかかわらず、駄弁ったり遊戯に興じたりしていて気が付かない、なんてことは避けたかったのである。




