15 自責と宣告のフーガ - 04
結局、護衛騎士の二人が「作為を感じる」と評した側近決めは誰も採択されることなく水に流され、レイエンフィリアの頭の中は
────『何か』起きてくれないかなぁ……
という、普通に考えて縁起でもない事この上ない思考に支配されていた。
「こんな時、あっちの小説とか漫画なら、都合よく事件とか起こるのに…」
そんな御都合主義ではいられないのが現実で。
レイエンフィリアは誰もいないのをいいことに、執務室の机に伏せて項垂れた。
バタバタと足音が聞こえる。
────勅命でも、下れば。
忙しない足音が二つ……否、三つ。
だんだんと大きくなって、近づいてくる。
────でも、そうしたらまた──
諍いが、生まれてしまうのでは。
そう思うと、やはり勅命は下らないほうがいい気もしてくる。
騎士に与えられた革靴の音が二つと、侍女に与えられたヒールの音が一つ。
徐々にこちらへ向かってくる。
あと──50メートルくらい。
レイエンフィリアは身を起こした。
ふと、思う。
────レイエンフィリアの耳って、すごいのね。結構聞こえる。
距離の概算値まで無意識に導き出してしまうくらいには。
『嗚呼、やっぱり、ただのお姫様じゃないんだ』なんて、わかっていたはずのことを思ってしまった自分に苦笑いが溢れた。
バダン!と、ノックも無しに派手な音を立てて扉が開く。真っ先に飛び込んできたのはベンク。その後ろを息も切らさずについてきたのがアラドで、最後に反対に息も絶え絶えなマリンが部屋に足を踏み入れる。
「きゃっ!」
ドアを開けてすぐベンクが足を止めたからか、彼にぶつかりそうになったマリンが足を縺れさせた。
「マリン?」
「……っと」
メイドドレスをつかんでいたマリンの二の腕を、アラドが掴み体制を立て直す。走って来たからか赤い顔のまま、肩で息をしつつキョトンとした顔をしていた。
そんな二人のやりとりを目の端で捉えつつ、レイエンフィリアは目の前に迫ってきたベンクを見た。ズカズカと大股で目の前までやってきた彼は、レイエンフィリアの執務机にバン!と音を立てて手を置き、そして──
「殿下、白状してください」
そう、言ってのけた。
「……話が見えないのだけれど?」
レイエンフィリアは努めて落ち着いた声を出す。今の自分が玲華だったら、『はぁ、何言ってんの!?』と不機嫌を顔に出すところだが、今は玲華ではなくレイエンフィリアなのだ。冷静に冷静に、と自分に言い聞かせる。
ふわりと口元に笑みをたたえて言うと、ベンクも冷静になったのか、一度深呼吸をしてから居住まいを整え、言った。
「……皇帝陛下より、勅命です」
レイエンフィリアの目が驚きに見開かれ、そして、ベンクの手元にある真っ白な封筒を睨み付けた。
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“皇家に仇為す、かのファウルス家の者に、皇帝の権威のもと、死刑を執行せよ”
赤いインクで羊皮紙に刻まれていたのはそんな内容だった。
ファウルス家は、この国で豊富に採掘される宝石を管理する一家で、宝石の希少価値を下げすぎないよう、世に出回る宝石数を規制・制御する役割を担う。
しかし、この国では規制しても余るほどに宝石は採掘される。
────“理想の帝国”なら、御都合主義もなんでもありってこと?腹立たしい。
アラドが語る、ファウルス家の噂話を聞き終えたレイエンフィリアはそう思った。
ファウルスの名前ならば、“本物の”レイエンフィリアの記憶にもある。漸く、と言ったところなのだろう。
ファウルス家は宝石の流通を規制しつつ、余った分を懐に入れているのではという疑いが長年かかっていた。
今まで勅命が下らなかったのは、あくまで『疑い』の域を出なかったからだ。確たる証拠もなしに勅命を下せば、民の不信を買ってしまう。
しかし今、勅命は下った。
────ようやっと尻尾を掴んだ、ってことかしらね……
隠密部隊である“隠者”の者たちが活躍してくれたのだろう。ならば。
「……彼らの苦労を、無駄にはできないわね」
「どうなさるおつもりで?」
「うん?そりゃあもちろん……なんとしても成功させないとね?」
「それはそうですが、具体的には……っ」
ベンクの言葉が途切れる。
レイエンフィリアが何かしたわけではない。ベンクが、自主的に言葉を止めたのだ。
後方のアラドやマリンも、レイエンフィリアを見て硬直している。
3人とも、考えていることは同じだった。
ゾクリと、背中に悪寒が走る。
────今、殿下の目が……
────今、殿下の目が……
────今、姫様の目が……
“宝石”、だったような……




