13 自責と宣告のフーガ - 02
皇政執務室の机に向き直ったレイエンフィリアは、執務机の上に並べられた書類に目を通し、頭を抱えていた。
「自分で決めると豪語はしたものの……」
正直言って誰が誰だかさっぱりわからない手前、レイエンフィリアは新たな側近を決めあぐねていた。
どの人がどんな性格で、何に向いているのか。性格の向き不向きだってあるし、性格が合っていても、レイエンフィリアの仕事とその人の能力が噛み合っていなければ意味がない、というのもある。
──が、こういう時には……
「マリン」
「……お呼びですか」
ガチャリと、執務室の隣にある直属使用人の控室の扉が開く。中からすぐにマリンが姿を現し、音もなく扉を閉め、姿勢を正してレイエンフィリアに向き直る。
「外にいる護衛君たちをここに入れて頂戴」
「承知しました」
──ご同業に聞くに限る。
「失礼致します」
「ありがとう、マリン。2人にもお茶を出してあげて」
「はい」
「さ、2人とも。遠慮しないで椅子に腰かけなさいな。聞きたいことがあるの」
「……失礼、します」
ベンクが申し訳なさそうにアイボリー色の椅子に腰掛ける。椅子と言っても1人掛けのソファに近く、目の前の机は細かに装飾が施された木製だ。見慣れていなければ恐縮してしまうのは仕方がない。
むしろ、だ。
動揺を一片も見せないアラドがすごい。
声を発することなく、動揺も緊張もせず、指示通りに椅子に腰掛けた。
その動きは──
「……アラド、貴方……貴族なの?」
「はい」
「……知らなかったわ」
「聞かれなかったもので」
「でも、クラメンディーレ家なんて聞いたことないわ。私が知らないだけ?」
視線をあえてベンクに向ける。
気まずそうに縮こまっていたベンクは、視線が合った瞬間に苦笑いを浮かべる。
「隣国の貴族なんですよ、コイツ。で……」
「家を継ぐようなポジションじゃなく、割と自由な立場だったので」
「う、うん」
「騎士になりたいって言ったら家を追い出されました。『貴族がなるものじゃない』と」
「えぇ……?」
いいじゃない、貴族が騎士。
そう言おうと思ったものの、隣国の考え方は違うのかも知れないと思い、言うのはやめた。
レイエンフィリアは外交には一切関わっていない。
王太子である長兄は言わずもがなだが、この国で外交を取り仕切っているのはレイエンフィリアの姉、アイゼンフィリアだ。
舞踏会やら社交界やらに招待する、あるいは招待されることはあれど、レイエンフィリア挨拶こそすれ、それ以上は何もしない。何もしてはならない。ただ会場に突っ立っているのみだ。
レイエンフィリアの姉、アイゼンフィリアは外交を担う部隊、第14部隊『節制』の部隊長『ラ・テンペランツァ』だ。
貿易に関して、長兄と姉以外の関与をこの国は許さない。それは特権行為を許される皇族であっても、明らかな越権行為となる。
部隊長であればなおのこと、自身の部隊の役割以上のことをしてはならないのだ。
「貴族は己が一家が治める領地を治め、領民の見本に進んでならなければならない。そんな貴族が……誰かに“守られる”立場でなければならない貴族が、誰かを“守る”など言語道断だと」
「それはお国柄で?それともクラメンディーレ家がそうなの?」
「お国柄、でしょうね。他の貴族からも随分な目で見られたので、ちょっとまぁ、色々しました。色々」
「い、色々……」
色々、という言葉をアラドが口に出した途端、彼が遠い目をする。明後日の方を見ながら、嘲笑するように口元だけ笑っている。
もうこの話題は終わりにしよう、とレイエンフィリアは思った。この話をこれ以上深掘りすると、ろくなことにならないと感じたからだ。
主にアラドが荒れそうだ。
もうすでに『これ以上話を進めるな』とでも言わんばかりに、普段は欠片も浮かべない笑顔を浮かべてこちらを見ている。
────イケメンの笑顔って破壊力強い……超怖い……!
「まぁいいわ。本題よ」
レインフィリアは手元の書類を適当に取り、2人に向けて持って見せた。
「新しい側近を探しているのだけれど、どの人にしようか迷っているの。誰がどんな人でどんな性格なのか、わかる範囲で教えてくださらない?」
「……失礼します」
アラドは断りを入れて立ち上がり、レイエンフィリアの手元にある書類に手を伸ばした。遅れてベンクも、アラドの隣に立ち書類に目を通す。
「……どう?」
2人は答えない。お互いに手に持った書類を交換し、全ての書類に目を通していく。
たかだか12枚の書類に…レイエンフィリアが全ての書類に目を通したくらいの時間を、1枚1枚の書類にかけていく。
先に口を開いたのはベンクだった。
「……これで全部ですか」
「?えぇ、そうよ。それがどうかした?」
「……何か、作為的なものを感じるな」
「アラドも、そう思った?」
レイエンフィリアは訳が分からなかった。
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レイエンフィリアの部隊『女帝』の隊員は、男女問わず100人の、他の部隊から比べるとかなり少ない人数で構成されている。
5人で一つの班を作り、それ二つで小隊とする。一小隊の人数は10人と決められている。
小隊は第一から第十まであり、それぞれが与えられた任務をこなして、報告書をレイエンフィリアの元まで持ってくる。
アラドとベンクは、その仲の良さから同じ小隊、同じ班に所属しているのだと言う。
そして────
「殿下、貴女はご存知ないとは思いますが、隊員同士の間でも、勢力争いがあるんです」
「勢力争い?隊員同士で?」
「基本的に、王政執務室で暗黙の了解として在るものです。俺たち第四小隊は、第二小隊の連中に頭が上がらない」
俺たちが貴女にそうするように、第四小隊は第二小隊に頭を下げなきゃならんのですよ。
そう言うベンクの言葉が、レイエンフィリアには遠くに聞こえた。




