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【本編完結済】殺戮の皇女  作者: イチノセ
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111  激動のノットゥルノ - 4

月明かりを照明に机仕事をしていたイル・バガットは、ペンを置き、左手で右肩を揉みほぐしながらため息をついた。


最近のリンペラトリーチェの行動は目に余る。その事後処理もなかなか面倒だ。しかし、彼は彼女を止める気などさらさらない。


否、【真実】を知っていながら、止めるものなど居はしない。


皇政執務室の扉が静かに開けられた音を聞いて、そちらに視線をゆっくりと向ける。




「…………おや」




思わず声が漏れた。

目の前に現れたのは、今、正にイル・バガットの思考に登場していたリンペラトリーチェこと、レイエンフィリア自身だったからだ。


しかも────




「ぁ、と…………随分と、まぁ……蠱惑的な格好をしていますね?」


「…………」




目の前に立つレイエンフィリアは、何一つ言葉を発しない。何処に視線を向けたものか、と、イル・バガットは右往左往と視線を移動させる。


ネグリジェに薄いストール一枚という彼女の格好は、深夜に男の部屋に来るにはあまりに無防備だった。


ネグリジェは乱雑に乱れ、美しい銀糸は所々解れて、それが殊更に色香を放っている。大胆に開いた胸元からは、レイエンフィリアの持つ豊かな曲線が覗き、その白い肌にはこの暗がりでも見えるほど、くっきりと赤い花がいくつも散っていた。


──なによりも、その表情が。


まるで、愛しい男から散々愛された後の、愛に潤うただのオンナ、のような。


元来男を誘うにはもってこいとも思える、魅力的な女性の特徴を集めた手本のような肢体を持つレイエンフィリアだが、イル・バガットが彼女のこんな姿を見たのは初めてだった。




────嗚呼、そうだ。そうだよな。彼女じゃない。“今の”この人は。




苦笑を漏らし、口元の笑みを隠すこともせずレイエンフィリアに語りかける。




「そんな姿で、こんな時間に男の部屋に来て。一体何を考えておいでなのですか?”本物のレイエンフィリア“様?」


「……本当に、見抜いてしまうのね。敢えて声も出さなかったのに……」


騎士(ナイト)様はどうしました?こんな時間にそんな格好の貴女と一緒にいた、なんてことが彼に知れれば、苦労をするのはこちらなのですが」


「まだ寝ているわ。レイエンフィリアも含めて、ね。彼女が眠っている間に、貴方とお話がしたくて来たのよ」


「私と、ですか」




全身から溢れる色香を隠そうともせず、レイエンフィリアは鬱陶しそうに髪を掻き上げる。そんな仕草の一つ一つさえ、無駄だと思うほどの色香を放ってくるので、イル・バガットは頭を抱えた。




────ここでキリルくんに突撃して来て欲しい。これ以上彼女とここにいると、キリルくん自身に怒られそうだ……せめてマリン殿と一緒に……




月光を浴びる女性というのは、本当に美しい。月下美人、という言葉は彼女のためにあるのではないだろうか?そう思ってしまうほどに美しい。


窓に歩み寄り、右肩を凭れ掛からせた姿勢でレイエンフィリアは言う。




「イル・バガット。私は……貴方の名前が知りたいわ」


「これはまた、随分と直球ですね」




名前などとうに知っているだろう。などという言葉は口にしない。それが全ての答えなのだと、一体何人の人間が気付くだろうか。




「今の貴女は逮捕を待つ身でしょう。出歩いて

いいのですか?」


「バレはしないわ。貴方はきっと協力するし、『今』のことは玲華ちゃん自身すら知らないもの」




なんでもないことのように告げるレイエンフィリアに、イル・バガットは不敵に笑みを浮かべながら口角を上げた。




「そこまでわかっておいでなのでしたら、隠したって意味などありませんね」




目を細めたまま、月明かりに照らされた彼女を見やる。


相手は第3皇女で、位としては自分の方が下なのに、レイエンフィリアは立ち、自分は座っている。この状況はいかがなものかと頭の片隅で思いながら、イル・バガットは息を吸った。




「イル・バガットの名を冠しております。イーシュ・ヴァンテレンです。本来の名前は九龍院桐人(きりひと)。九龍院家次期当主候補第13位、第4部隊、情報解析部隊・巨蟹所属。……いかがかな?」


「ふふ。……納得だわ、ありがとう」


「なに、この程度お気になさらず。“今の”レイエンフィリア様だってそうなのですから、私の状態を理解しているのは当然ですよ。……ところで、貴女がこちらへいらっしゃった用件はなんです?」


「……ああ、ね。貴方にお願いがあって」


「私に」


「えぇ、ちょっと、私の共犯者になって欲しくて」




イル・バガットは目を見張った。

何か厄介な頼み事をされるかと思っていたが、共犯になってくれ、と言われるとは。




「人形を、ね、作って欲しいの。木偶でも土塊でも、なんでも構わない。ただ、“私の人形”が欲しいのよ」


「……何をする気だ」




知らず、声が低くなる。

レイエンフィリアは嬉しそうに笑みを深め、目を細める。




「貴方、本当はそういう喋り方なのね」


「どうだっていいだろう。何をする気だ」


「貴方ならわかるでしょう。”今の“レイエンフィリアには何の罪もないわ。ただ必死で還るために生きただけ。自分が壊れようと、本来あちらの世界で生きる人間たちが帰るべき場所に帰れるように、身を犠牲にしただけ。狂っているのはこの子じゃない。そうでしょう?」


「……否定はしない。が、民はそれでは納得しないだろう。我々が転生し、何のために彼女が殺戮をこなしたのか。それを理解するためには我々の世界のこと、九龍院家のこと、【裁定者】のことまで語らねばならない」




怒り狂った国民には到底、理解が及ばないだろう。イル・バガットだって、自身が転生者でなければ信じなかった。


逆に言えば、転生者であるが故に、信じざるを得なかったのである。




「彼らの怒りは消えない。例えどんな理由があろうとも、皇家が自国民を殺したことに違いはないのだから」


「そうね。象徴するように皇家の誰かが罪を被らなければ、怒りは収まらないでしょうね」


「……?だから、なんだと言うんだ。はっきり答えてくれないか」


「あら、私は先ほどから答えを言っていましてよ」




また、レイエンフィリアが笑う。

今度は実に悲しげに、眉根を寄せながら。




「“今の”レイエンフィリアの代わりに、“私”が処刑台に立ち、処刑されます。死ぬのは“今の”レイエンフィリアではなく、この私よ」


「なっ……正気か?」


「【裁定者】と手を組んで、貴方たちのために死を選ぶと決めたの。あの花園そのものを消し去って、魂それぞれを本来の場所に帰して。あとはそう、貴方たちを彼方の世界に帰すだけ。その手段を探すだけ」




俄かに信じられない。

しかし、そう語るレイエンフィリアの目は真剣だった。




「私は玲華ちゃんに代わって処刑台に立ち処刑される。そうすれば国民も一度落ち着くでしょう」


「……それで?処刑されたあとはどうする?今は君がそうやって“レイエンフィリア”の肉体を操っているが、処刑されれば肉体は死にいた……る……」




言葉にしながら、イル・バガットは──桐一はレイエンフィリアの言わんとしていることを察してしまい、口を噤んだ。




「そうよ。そう。私がこのまま処刑されれば、“今の”レイエンフィリアは──玲華ちゃんは生きられない。生きる身体が無い。だから貴方に頼んでいるの。……ねぇ、お願い。私は、“私の人形”が欲しい。帰る手段は、貴方たちなら見つけられると信じてる」


「正気の沙汰とは、思えないな」




桐一は前髪をキツく握りしめ、しかしそうする以外に彼女を救う道はないのだと、無情にも告げる本能と葛藤する。


桐一たち転生者と分担して背負うはずだった重荷を、レイエンフィリアとキリル、その2人だけで抱えて生き抜いて。身も心も、感情すら磨耗し尽くしてしまった。


あの2人を、城の人間はいつも嗤っている。




───『人を殺すだけ殺して、そのあとは色事に狂う非道で非情な人間だ』と。


───『正に【殺戮の皇女】ではないか』と。




本当ならその時、お前たちに2人の何がわかる、と、そう叫んで殴ってやりたかったのだ。


権力を行使して人を処刑し、身も心も壊れ、感情は磨耗し、生きている実感すら得られないような彼女が。


少しでも彼女の心が晴れるように、彼女の見えないところで人を殺め、少しずつ、少しずつ人数稼ぎをするしかなかった彼が。


唯一生きていると実感できる居場所が、お互いで。


お互いが生きていると確かめるためだけに体を重ねていることに、お前たちは何故気が付かないんだ、と。


あんなものは愛じゃない。

お互いの間に愛はあれど、2人の行為は愛を確かめ合うものでは決してなかった。


ただただ、機械的に。

お互いの傷口を重ね、溢れる血を舐め癒し、痛みを共有するためだけの、手段でしかない。


痛々しいほどに傷だらけの体で、そうする以外の手段がないからお互いを癒すために共にいる。


『嗚呼、なんて感動的な愛の物語だろう』なんて。口が裂けても言えるわけがない。


光の灯らない目で、ただただお互いの体に触れ、口付け、抱きしめ合う彼らを見て。




「いいよ、作ろうか」




────誰が言えるだろう。




「君のために、血の通った人形を」




────あの行為を、愛あるものだ、なんて。




「誰1人見抜けないくらい精巧で」




────俺1人の、ちっぽけな努力で救われるのなら。




「陛下の目から見ても、レイエンフィリア(きみ)としか思えないくらい、美しい人形を」




────傷だらけのお姫様と、血まみれの騎士が、幸せを手にできるように。




「レイエンフィリア、君のために」




────この身の魔力が尽きようと、作ってやる。




「この身をかけて」




────どうか、狂わざるを得なかった美しい彼らに、どうかどうか、ただの平凡で、ありふれた、誰もが手を伸ばせば触れられる、そんな幸せを。




「この命をかけて、“レイエンフィリアの幸せ”のために」




────国中の人間が、『嗚呼、羨ましい』『嗚呼、なんて美しい』。そう羨望の眼差しと感嘆の声をあげるほど、誰もが羨む幸せを。




「…………ありがとう」




────愛すべき、愛おしき、我が弟と、その恋人になるはずだった君に。

次回更新は、4週間空きまして、1月15日です。


年末年始は、新作の小説を更新できるように鋭意努力中ですが更新できるか全く分かりません。あまり期待しないでください……書き進まないんです……頑張りますが。


この作品では、年内最後の更新です。

気が早い気がしますが、また来年、お会いいたしましょう。良いお年を!!

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