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【本編完結済】殺戮の皇女  作者: イチノセ
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11   邂逅のプレルーディオ - 09

「後のことはお願いしますね」




そう言ってレイエンフィリアはドレスの裾を捌き、ラ・ステッラの執務室を後にする。側近がタイミングを見て開けた扉を抜けると、部屋のある時に向き直り、一礼。




「では、失礼」


「リンペラトリーチェ」




ラ・ステッラが真面目な表情でレイエンフィリアに目配せをする。それに気づいたレイエンフィリアは、ふわりと微笑んで踵を返した。




「部屋に戻ります。イーネル、あなたは鍛錬場に戻りなさい」


「はい、失礼します!」




元気に声を上げて、イーネルは廊下を別方向に駆けて行った。




「元気でいいわね」


「殿下」


「わかっているわ。それよりアラド、貴方、ラ・ステッラの執務室の目の前で殺気を隠さないなんて、何を考えているの?」


「……殿下、それは自分が悪いんです。アラドを怒らせてしまったもので」




おずおずと手を上げたベンクに、レイエンフィリアは諫めるような視線を向けたが、アラドへの注意はもう一つある。




「だとしても、よ。殺気くらい自在に制御できるようになりなさい。その程度、最低限できないと」


「やはりそうですか」




答えたのはベンクだ。興味深そうに頷いている。




「無論、殿下も……?」


「当然。伊達にリンペラトリーチェを名乗ってはいなくってよ」




階段を登れば間も無く執務室だ。

目の前の廊下を直進すればすぐに到着する。




「ねぇ2人とも」


「「はい」」


「第3皇女付きの護衛の仕事に、興味はあるかしら?」




2人は互いを見合わせ、レイエンフィリアに向き直る。




「私は貴方達が気に入ったわ。私の護衛に付くと、今貴方が在籍している部隊から抜け、私の部隊に所属することになるけれど」


「殿下」


「……?」




アラドが今日見た中で、一番楽しそうな微笑みを浮かべている。




「自分は、機会があれば皇族の護衛に付きたいと予々思っていました。それを殿下から話題に持ち出して頂けたのであれば、迷う事なく」




そこで一度言葉を切り、アラドはゆっくりとその場に跪く。




「第3皇女、レイエンフィリア殿下にお仕えいたします」


「無論、自分もです。こいつを放っておくと何をしでかすかわかりませんし。アラドのストッパーとして上手くお使いください」




ベンクもまた、丁寧に頭を下げて跪いた。


レイエンフィリアはこの2人を──玲華個人としてだが──たいそう気に入っていた。

身分以上に敬われるのを玲華はあまり好まない。その点彼らは、最低限礼節を弁えた上で、身分に拘らず自由にしている。そこが気に入ったのだ。


しかし。




「頼んでおいてなんだけれど、簡単過ぎはしない?人生を左右することなのよ?」




レイエンフィリアには次期国王となる長兄の他に、兄が1人と姉が2人いる。


4人の兄と姉を含め、レイエンフィリアたちの名前の前には、自分の立場を示す言葉が付き纏う。レイエンフィリアの場合はこうだ。


“レイヴヴィヴェーニア皇国第3皇女、皇位継承権第5位。第3部隊『女帝』、部隊長『リンペラトリーチェ』”


これがレイエンフィリアの肩書だ。

はいそこ、「なっが」とか言わない。


皇位継承権第5位だ。4人の兄と姉が死ぬか不死の病にでもかからない限り、レイエンフィリアがこの国の頂点に立つことはあり得ない。


この城に仕える者にとって、次期皇帝の地位に就く兄に仕えておいた方がいい。そこらの使用人より鼻を高くして歩けるのだ。周囲からの目も一目置かれたものになるだろう。


けれど今、レイエンフィリアは次期皇帝には到底なり得ないにもかかわらず、護衛の使用人2人を勧誘している。


「自分の懐に入れ」と。

「自分の所有する使用人になれ」と。


立場が強くなるわけでもない。ただ少し、周囲の見る目が変わるだけ。


一介の護衛騎士から、第3皇女付きの護衛に。

その程度だ。


だと言うのに。




「今日、貴方のお側で護衛をして」




アラドもベンクも、




「例えこの先、第2皇子や第1、第2皇女殿下に声を掛けられたとしても」




レイエンフィリアに跪き、右手を左胸に当てて、最上級の礼をする。




「俺たち2人、この命を持って、殿下にお仕えすると誓います」




何故、と。

レイエンフィリアは泣きそうになりながら2人を見た。


嗚呼、嗚呼。どうして。




「貴方たちは、どうして……」




なんで、そんなに──


レイエンフィリアは目頭が熱くなるのを感じながら、扇を握り締めて訴える。




「会って間もない私に、そこまで言ってくれるの……?」




涙が溢れそうになる。


ダメだ。

レイエンフィリアは──玲華は、こういうのに弱い。昔からそうだ。誰かからの信頼に弱いのだ。自分はいつだって1人だと思い込む。


アラド、ベンクは顔を見合わせ、クスリと微笑む。襟の詰まった護衛騎士の制服の喉元を緩め、そこに手を差し入れる。


そして──




「……リンペラトリーチェ」




制服の下から、首飾りを取り出す。




「俺たちが、無条件に貴方に誓える理由は簡単です」




取り出したそれを、2人ともレイエンフィリアに手渡す。


それは、この城に仕える者が全員身に付けることを義務付けられている身分証だった。


身分証は、色付きの薄いガラス二枚の間に、所有者の『所属部隊の紋章』、『名前』、『生年月日』、『出身地』が彫られたガラスが挟まれている。その三枚のガラスは親指ほどの大きさで、ひとまわり大きな金属の額縁に似たもので留められている。


皮の紐が伸びる金属の縁は、金と銀の二色がある。金は主が男性、銀は主が女性の者に渡される。


2人の身分証は、銀色で縁取られている。ガラスの色は『水色』。




「……っ」




そこに刻まれた紋章は。




「そうです、リンペラトリーチェ。アラド・クラメンディーレ。三年前より、第3部隊『女帝』に所属しております」




アイリスの紋章(フルール・ド・リス)で。




「同じく、ベンク・ライフェール。三年前から第3部隊『女帝』の所属です」




それは──

レイエンフィリアが率いる部隊、『女帝』の所属である証だった。

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