10 邂逅のプレルーディオ - 08
「リンペラトリーチェ、わざわざお越しいただきありがとうございます」
「よろしくってよ、ラ・ステッラ。貴方にいくつか頼みがあって来たのよ。事前の連絡ができなくてごめんなさいね」
「いえ、そんな。目の包帯を外されたのも今朝だと聞きます。動いて、お体は大丈夫なのですか?」
「毎日寝てばかりいたのよ?体が訛って仕方がないの。もう動きたいわ」
室内に入り、用意された椅子に腰掛けながら、レイエンフィリアは微笑んだ。
体の怪我は、イル・バガットの魔術で痛みを感じないようにされている。走るのは流石に自粛するが、歩く程度ならば問題はないはずだ。
「リンペラトリーチェ、後ろの騎士見習いはどうなさったんです?」
「その話は後よ。それよりも、頼みがあるのだけれど。早急に対応していただきたいの」
「ご用件を、伺わせて頂いても?」
「えぇ、よくってよ。貴方も知っているとは思うのだけれど、私の前の側近、処刑されてしまったのでしょう?」
「……えぇ。早計に過ぎると進言はしたのですが、聞き入れて頂けるわけもなく」
「でしょうね。どうせお兄様でしょう、全く、過保護にも程があります。私の側近なのに、処刑報告のみだなんて。どうかしています」
「リンペラトリーチェ」
ラ・ステッラの言葉には、諫めるような空気が混じっている。言外に『言葉を慎め』と言っているのである。
レイエンフィリアの前の側近をレイエンフィリアに断りもなく処刑したのは、レイエンフィリアの長兄、エイルワード・グレイ ・レイヴヴィヴァーニア皇太子だ。逆らえるはずもない。
「失礼、お聞き流しくださいな。まぁ、その側近が処刑されてしまったことはもう変えられません。今更騒いでも意味のないことですし。新しい側近の候補を見繕っていただけません?前回同様、ある程度年齢の近い者がいいですわ」
「はい、すでにある程度は絞っております。人数を一桁に絞り次第、書類を届けさせましょう」
「……現状、候補者は何人に絞れているの?」
「……12人です。リンペラトリーチェに年齢の近いものは30人以上おりましたので、今はここまで絞っています。5人まで絞るつもりですので、それまでお待ちを」
「いえ、いいわ。その候補者12人の書類を執務室に届けて頂ける?自分の目で吟味したいわ」
「しかし……」
「30人を12人に絞ったということは、その12人には残るに値する技量があるのでしょう。ならば、貴方の目に止まった12人の中から誰を選んでも、貴方は反対しないでしょう?」
「まぁ、そうですが……」
「ならば結構。執務室へお願いね。側近が何か後ろ暗いものを持っていたならば、それを見抜けなかった私の落ち度よ」
「承知しました。……して、リンペラトリーチェ。先ほども伺いましたが、そちらの兵は?」
首を傾げるように、ラ・ステッラはイーネルの顔を覗き込む仕草をとる。怯えたように青い顔をしていたイーネルは、ビクリと肩を震わせた。
「廊下で拾ったの。怪我をしていたから治したのよ。……さぁ、臆していないで、お名乗りなさいな。取って食ったりなんてしなくってよ」
チラリとレイエンフィリアを見たイーネルは、ラ・ステッラに視線を戻して姿勢を正す。
「フェルガ・イーネルと申します。この城で騎士見習いをしております」
「イーネルか、怪我…というのは?」
「目立ったのは骨折ね。あとはまぁ、まだあると思うけれど」
「……見習い同士の、喧嘩か何かで?」
「弱い者いじめ、の方が正しいのではなくて?聞けば浪人している騎士見習いがずっと手を上げているそうよ」
「……なるほど、心当たりはありますね」
ラ・ステッラはその眉間にシワを寄せ、側近に何か指示を出す。レイエンフィリアの後方で何か音を立て、紙の束を持ってラ・ステッラに手渡した。
「……これか」
「書類があるのですね?イーネル、確認を」
「はい」
ラ・ステッラの執務机に近づいたイーネルに、書類が手渡される。
「間違い、ありません」と、聞き逃してしまうような小さな声でイーネルは呟いた。その声は何かを堪えるような声だった。
その、時。
ビクリと、その場にいた3人が扉に視線を向けた。機敏な動きで扉の向こうに鋭い視線を注ぐ。
それは、レイエンフィリア、ラ・ステッラ、そしてイーネルの3人だった。
「……リンペラトリーチェ、今のは……」
「アラド殿ではないかと、自分は考えます」
レイエンフィリアに真剣な目を向けたイーネルは、胸元に右手を置くこの国の簡略化した敬礼をする。
「えぇ、そうね。今日連れてきた護衛です。2人とも仲が良いようでしたから、駄弁っているのでしょう。喧嘩でもしましたかね」
「剣は抜いていないようですし、威嚇だけではないかと、自分は思うのですが……」
「騎士同士の喧嘩では、普通に剣を振り回すものなの……?イーネル、貴方も怒るとそうするの?」
「自分は、剣は使わずに、普通に口論になりますね。普段手元に剣はないですし、悪化しても殴り合いになって仲裁が入る、と言った感じです」
「なにぶん男ばかりですし、喧嘩の一つ二つはよくあるものです。私が仲裁に入るまで止まらなかったこともありましたよ」
ラ・ステッラがはっはっは、と朗らかに笑う。が、レイエンフィリアとしては内心穏やかではなかった。
────それどんな喧嘩よ……流血沙汰なんてチョロいもんだと思えるような喧嘩ってこと?




