ファジョーリ王子、番を見つける
ドマーノの歴史上、初めて男を番に持ったファジョーリ王子のお話です。全四話です。
「それってファジョーリ王子の番の話じゃないですか?」
翌日、乱暴者の竜の話や、その後大泣きされるに至った経緯を側近のナツィオに話していたら、ナツィオはそんな風に答えてきた。
「ファジョーリ王子の番?」
「エクワードでは竜が火を噴くというお伽噺が残っているのでしょう? 多分それ、オルティス将軍のせいだと思いますけど」
ファジョーリ王子の番であったフェリエ・オルティス将軍。
凡そ百年前、隣国ラサルとその属国エクワードの大軍に突如攻め込まれ、泥沼の八年戦争へと突入したドマーノで先陣を切って軍を率い、国を救った若き英雄である。
当時無名だったオルティスは、ファジョーリ王子の番に選ばれた事で軍の上層部に名を連ねる事となり、その才と実力を遺憾なく発揮してドマーノを勝利へと導いた。オルティス将軍がいなかったら、おそらくドマーノは王族を皆殺しにされ、国も消滅していたと言われている。
「オルティス将軍か……。そう言えば将軍が野営地での余興に、兵士らの前で口から火を噴いてみせたと聞いた事があるな」
生粋の王族であるファジョーリ王子と立ち並んでも、遜色がない程度には整った容姿をしていたオルティスだが、元は貧しい山岳地帯出の平民で、とかくやる事が豪快だった。
終わりの見えない戦にすっかり疲弊して、だんだんと口数が少なくなっていく兵士らの気晴らしにと、ある晩オルティスは、野営地で余興を披露したのだと言う。
それは口の中に高純度の酒を含み、松明を近づけて酒を一気に口から噴くというもので、噴き出した酒に松明の炎が引火して、まるで口から火を噴いているように見えたらしい。
その芸はやんやの喝采を浴び、しばらくは猛者どもがこぞってそれを真似したと聞いた。
その話がいつの間にか外に漏れ、火を噴いたのが竜だという話に変わっていったのだろう。エクワードは、ファジョーリ王子とその番に散々煮え湯を飲まされた口だから、悪意を込めて乱暴者の竜の話を作ったとしてもおかしくない。
「今は、竜の王族が背中に番を乗せて飛ぶのはごく一般的ですが、ファジョーリ王子以前はあり得ない事だったらしいですよ。
まあ、王族に跨るなんて不敬もいいところですし、よくまあ平気でそんな事を思いついたものだなと思いますけど」
まあ、そんな事を言っている場合ではなかったという時代背景もある。
当時ドマーノはまさに国の存亡の危機に陥っていて、なりふり構っている余裕はなかったのだ。
戦を仕掛けてきた隣国ラサルのザンガル王は、二十六で王位を継いで以来、半島統一という野望をずっと温めており、そのために十年の歳月をかけて軍事力を強化していた。
そんなザンガルの一番目の標的にされたドマーノと言えば、王族が竜化できるという事実に胡坐をかき、隣国から攻め入られるなどという事を全く想定していなかった。
王には四人の王子がいたが、上三人は成人して竜穴を塞ぎ、残りの末王子はようやく十六になったばかりだった。番を見つけた成人王族はおらず、王の孫は二歳を筆頭に三人。つまり、竜化して戦えるのは末の王子くらいだったので、これならば勝利できるとザンガル王はふんだのだろう。
北のラサルと西のエクワードに突如侵攻されたドマーノは、瞬く間に恐慌状態に陥った。
すぐさま、首都警備隊と地方の治安部隊を編成し直して国王軍となし、王弟や王子らがそれぞれ軍を率いて出陣したが、応戦もむなしく、十日と経たぬ内に軍事砦を二か所落とされた。
末王子のファジョーリは竜化して上空から敵軍の配置や静動を探り、得た情報を王都や軍団に渡していたが、戦況ははかばかしくなく、ついには援軍を求めるために、ラサルの北に位置するバイガルン国へ単身派遣された。
もしドマーノが落とされれば、ラサルは北のバイガルンかラヴァスを次の標的とするだろう。その危機を伝え、王の親書と共に同盟を申し込んだが、バイガルンの反応は芳しくなかった。ドマーノの敗戦色が濃かったため、救援に値しないと思われたのだろう。
時間をかけて粘ったが、「同盟について検討する」というあやふやな返答しかもらえず、十六歳のファジョーリは口惜しさに歯噛みしながら、再び空を駆って帰国した。力が足りなかった事を王に詫び、そのまま昏倒するように眠りについたファジョーリだったが、その頃新たな報告が王城にもたらされていた。
ドマーノ最西端にあるラクアードの砦が王都との道を分断され、完全に孤立させられてしまったというものである。
原因は、砦に隣接するトルターヤ郡の領主ミルンベルト家の裏切りだった。
エクワードは数年前からミルンベルトの取り込みに動いており、その側近二人にエクワードの娘を嫁がせていた。娘らを通じて様々な金品を領主ミルンベルトに献上しており、今回も開戦と同時に、エクワード王からの親書を側近を介してミルンベルトに届けたようだ。
二人の重臣がエクワード側を支持し、戦況もドマーノに不利であった事から、ミルンベルトはあっさりと王家への裏切りを決めた。
砦の周囲を七倍以上の兵に取り囲まれ、ラクアード砦に籠った国境警備隊は進退窮まった。国境の要となる砦なので堅固な造りとなっていたが、昼夜を問わず攻め立てられれば、どこまでもつかわからない。その上、国王軍はまだトルターヤの裏切りを知らないと思われ、援軍も期待できなかった。
このままでは砦は陥落し、ラクアードを制圧したトルターヤ軍は、今度はその矛先を隣接するデアルガに駐屯する国王軍に向ける事だろう。そうなれば国王軍は総崩れだ。多くの兵が訳も分からぬまま殺されていく事となる。
王家に忠実であった国境警備隊長のディルゴ将軍は、ここで大きな決断を下した。精鋭部隊から四十名余を選び出し、夜の闇に乗じて囲みを突破させる事にしたのである。
結論から言えば、生き残ったのは僅か七名だった。部隊を率いていた隊長は戦死し、副官と残り六人の兵が命からがらデアルガの駐屯地に辿り着いた。
その副官にはまだ余力があり、彼は負傷した部下らを駐屯地に残し、自分は詳しい報告を王都に上げるべく、そのまま馬を駆って王都へと急いだ。
今までに知り得た敵兵の布陣などをこと細やかに軍の上層部に報告し、援軍を要請した後、その副官、フェイエ・オルティスは力尽きて倒れ、そのまま救護室に運ばれた。
歴史に初めてオルティスの名が刻まれた瞬間だった。
トルターヤの裏切りに王城は騒然とし、すぐに王族や重臣らが軍議の間に呼び集められた。
どこの軍も兵員がぎりぎりで、他に回す余力などない。それでも掻き集めた五百名弱の兵員を、取り急ぎラクアードの支援に向かわせる事とした。
トルターヤの裏切りは王国にとって大きな打撃だった。そもそもデアルゴに軍を派遣したのは南からの攻撃に備えるためで、西が崩れる事は想定していない。
軍議は重苦しい雰囲気に包まれ、その会議には途中からファジョーリ王子も加わった。疲労困憊して爆睡していたのだが、何やら妙に胸がざわつき、つい先ほど目が覚めてしまったのである。
何なのだろうと、内心ファジョーリは首を傾げていた。国の存亡がかかっているというのに、思うように議論に集中できない。胸の中が何だかもやもやとして、大切なものを見逃しているようなもどかしい感覚がずっと纏わりついている。
と、一人の兵が軍議の間に顔を出した。
「陛下。先程の副官が目を覚まし、目通りを願っているとの事です」
「すぐに呼べ」
精鋭部隊に所属するくらいならば、西方の地形には詳しい筈だ。その説明をさせるべく呼んだ訳だが、その男が軍議に姿を現わした途端、ファジョーリは自分の中から竜の力がぶわぁっと溢れ出すのを身の内で感じ取った。
嘘だろう……?
ファジョーリの背中を嫌な汗が滑り落ちた。
そこにいるのは、鍛え上げられた体躯を持つ背の高い将兵だった。粗削りだが精悍な面立ちをしており、肩幅は広く胸板も厚い。筋肉隆々というより、上背のある体にすっきりと筋肉がついているという感じで、むさくるしい印象は受けなかった。
と、ファジョーリの視線を感じたのか、一拍遅れてその男が驚いたようにこちらを見つめてくる。眼差しが絡み合った瞬間、形状し難い喜びが体を刺し貫き、ファジョーリは自分の本能がその男を番に選んだ事を確信した。
番が……男?
受け入れがたい事実に、ファジョーリは打ちのめされた。この結論から目を逸らしたかったが、溢れ出た魔力が真っ直ぐにその男を包み込んでいくのを感じる。
竜の本能は確かにその男を番に選んだのだ。
数秒間、魂を飛ばしていたファジョーリは、ややあってのろのろと挙手をした。
「ファジョーリ。何だ?」
「陛下。あのー……、番を見つけました」
「? それはめでたい」
軍義の真っただ中の突然の申告である。
普通なら国を挙げて祝う事柄だが、今や国が滅ぶかどうかの瀬戸際であれば、はっきり言ってどうでもよく、居並んだ王族や重臣らはおざなりの拍手を末王子へと送った。
それよりもこの戦況をどう好転させるかだ。
王は再び地図に目を戻しながらも、一応律義に息子に聞いてやった。
「で、相手は誰だ」
貴族だろうが平民だろうとどっちだっていい。取り敢えず、この先ファジョーリは鱗粉の助けなく竜に変化できる筈なので、その点は喜ばしかった。
ファジョーリは一瞬言い淀み、それから意を決したように一人の男を指さした。
「その男です」
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