出会い編 2
ミティアはやさぐれていた。
王子さまに保護されたのはわかった。
でも、おとぎ話から抜け出てきたように美しい王子様は、抱きしめるなり、「くっさ」と顔を背け、幼心にミティアは傷付いた。
その上、部屋に連れ込まれるや、パンツを脱がせてお股を見て来るし、もう何が何だかわからない。
取り敢えず、果汁のような物を飲まされた後、すぐ風呂に入れられた。
侍女二人がつきっきりで頭の天辺から足の爪先までを洗ってくれ、きれいなドレスを着せてもらった後、改めておなかに優しそうな食事を食べさせてもらった。
王城は何やら大騒ぎのようだが、ミティアにはもうどうでもいい。
取り敢えずお腹も膨れたし、何だかものすごく疲れたのでふて寝する事にした。
その頃、王城の一室では一人の女性が大喜びをしていた。末っ子の番が五つの女の子と知らされた王妃様である。
実はこの王妃様、本当はずっと女の子が欲しかった。
でも王妃になって、その夢は諦めた。竜穴を塞いだ後も、竜の鱗粉を飲み続ける王からとは男の子しか生まれないし、竜性を受け継ぐ息子たちも同様だ。つまり息子のみならず、孫ちゃんも全て男ばっか。
ひ孫の代となれば、傍流となった者の中から女の子が生まれるかもしれないが、その頃にはすでにこっちがよぼよぼになっている。
けれど、何と言う幸運だろう。フィールの嫁は五歳の女の子で、だとすれば母親が必要だ。
自分の出番である。
さて翌日、家族に会わせると言って連れ出されたミティアは、フィールの腕に抱かれて大層緊張していた。
番であるミティアは、何となく竜と人間の区別がつく。
場にいる男は全部竜で、人間は女性が数人いるだけだ。
ここにいる竜たちも、フィールと同じようにミティアのパンツを脱がしてこようとするのだろうか。
もう怖くてちびりそうだ。
なので、一番年上の女の人に助けを求める事にした。
フィールの番であるミティアは、この女の人とフィールの匂いがどこか似ている事に気付いていた。
ついでに言うと、他の竜たちの匂いもフィールとよく似ていたが、番は本能的に他の雄竜を避けようとする。なので、頼れるのはその女性だけだった。
腕の中で小さな番がもぞっと動くので、フィールは抱きしめていた手をちょっとだけ緩めてやった。そしたらフィールの腕からするすると降りて、何と母上の腕の中に逃げられた。
「おい!」
王妃様はびっくりしたが、勿論、小さな番を歓迎した。
ふんわりと柔らかくて愛らしい少女である。ひしっと抱きついてくるので、大丈夫よ、と優しく頭を撫でてやった。
「ミティア、こっちへ来い」
番に逃げられて、フィールは大いに不満だった。
「や!」
フィールが手を伸ばして来るので、ミティアは必死に王妃様にしがみついた。
「またパンツ脱がされるの、やだ!」
ミティアの発言にその場が凍り付いた。
パンツを脱がせた……?
五つの子どもにそんな変態行為を……? と王妃様は卒倒しそうになり、それを見たフィールはちっと舌打ちした。
「変な勘違いはしないで下さい。メスかオスか確かめただけです。
……ファジョーリの件もありましたし」
番が雄だったというファジョーリ王子の悲劇を思い出し(百年先の子孫にまで気の毒がられるのだから、余計に悲劇である)、父王も王弟も兄王子たちも、皆、フィールの行動を理解した。
竜の血を引く男同士、分かり合える部分は大きい。
そりゃあ、番がオスかメスかは気になるだろうと、男たちは皆、うんうんと頷いた。
フィールの番がメスで本当に良かった。取り敢えずメスならば、げふん、女性ならばいずれ子供も生まれるだろう。
かなり気の長い話にはなるけれども、あと十年後か、そのもうちょっと先には、多分きっと……。
一方のミティアは、身も蓋もないフィールの言葉に思わず涙目で言い返していた。
「メス言うな!」
それではまるで自分が犬か猫のようではないか。レディに対してあんまりな言い様である。
「メスじゃなくて、女だもん!」
「女?」
フィールは呆れたように、ぽっこり膨らんだミティアのおなかを見た。
どこをもって自分が女と言い張るのか、フィールには全く理解できない。
見事な幼児体型である。胸なし括れなし色気なし。下手をすると、胸よりおなかの方が前に出ている。
「お前のどこが女だ。それ、女に対する冒涜だろう」
ミティアには冒涜という言葉の意味は分からなかったが、激しく馬鹿にされた事だけはわかった。
言い返せない五歳のミティアは、王妃様の胸に顔を埋めて、うっわあああああああんと泣き出した。
「フィール、女の子に優しくなさい」
王妃は王子を窘めたが、フィールはつんとそっぽを向いた。
番の自分に甘えずに、母の胸で甘えまくっているミティアにとにかく腹が立つ。
ここまでいい匂いを香らせておいて、触る事も許さないなんて何てひどい仕打ちなのだろう。
思いきり抱き締めて、その匂いを嗅ぎ、ぺったりと自分の肩に張り付かせておきたいのに。
という事でミティアのお披露目も無事済んで、ミティアはフィール王子の婚約者におさまった。
が、フィールはこの状況が大層不本意だった。
今までフィールはクソのように女にもてていた。
武術に優れ、顏も王子様然としていて、すらりと見える体は実は見事な細マッチョ。
頭だって優秀だ。
初恋は十三歳で、ものすごくグラマラスな未亡人だった。色気が垂れ流しという感じで、フィールはもうイチコロだった。
その時から今に至るまで好みは一度もぶれる事なく、胸がたわわで腰が括れた女性が理想だったのに、何故か胸から腰まで一直線の子どもに心を囚われた。
俺の本能、おかしいだろう! と思うのに、心は偽れない。気が付けば、ミティアの気配だけを追っている状態だ。
おまけにあの日以降、呼吸をするように竜化できるようになった。番を得て竜性を安定させた王家の男は皆そうなるものらしい。
そうすると、叔父が時々番を乗せて大空を舞っているように、自分もミティアに空からの景色を見せてやりたくなる。
ただ、ミティアはまだ五つだ。いくら子ども用の鞍をつけてやっても、一人で座らせるのは危険だろう。
近衛騎士に抱きしめてもらって騎乗してもらうのが一番だが、王子は番が男に抱きしめられている姿を想像しただけで、嫉妬に気が狂いそうになった。
王家の男は、番に対してものすごく心が狭い。
番が他の男性と踊るのを決して許さないアナス叔父の事を今まで変わっているよなと兄たちと笑っていたが、今は全く笑えない。ダンスの練習も、男性パートを女性にさせていたという話にも大いに共感できた。
なので、飛行の時はミティアを女性騎士に抱いてもらう事にした。
王子殿下に跨るなど……と女性騎士達は最初遠慮したが、一度飛ぶと世界が変わる。竜の飛行は瞬く間に大人気となった。
男の近衛騎士達は空を飛べるのを羨ましがっていたが、そこまでは知らん。
さて一方のミティア、パンツ脱がせ事件以来、フィールの事を変態王子と思っていたが、その変態と一日中顔を合わさないでいると寂しくて泣けてくる。
ミティアだって本当は気付いているのだ。自分がフィールの事を好きで好きで堪らないという事に。
本当はいつもフィールの傍にいたい。声だけでも聴きたいし、声を聴くと会いたくなる。フィールにぎゅっと抱きしめてもらえたら、他の事はもうどうでも良くなってしまうくらいフィールが恋しかった。
だからフィールが外遊で隣国ラサルに行くと聞いた時は目の前が真っ暗になった。
今まで意地を張って減らず口ばかり叩いていたけれど、ひと月ぐらい会えなくなると告げられて、ミティアは泣きながらフィールの胸に飛び込んだ。
フィールが好きなの、どこにも行っちゃいやだ……! お願い、ラサルなんかに行かないで……! ミティアの傍にいて……!
首にしがみついて一生懸命頼んだけど、フィールは首を縦に振ってくれなかった。
外遊は王族の義務だからと宥めるようにミティアの頭を撫で、でも、そう言い聞かせるフィールの声もとっても辛そうだった。
結局、行く寸前までミティアはぺちゃあっとフィールにくっついて離れず、フィールの方も別れ難かったのか、夜もずっとミティアを抱いて一緒の寝台で寝てくれた。
大好きで堪らなくて、フィールの頬や首筋や唇にいっぱいキスしたら、「苦行か……」と何故か呟かれた。
ひどい…。
いよいよ外遊当日となり、フィールの馬車が動き始めた時はもう大変。
まるで今生の別れのように、ミティアはフィールの名を叫んで泣き続けた。恋しくて恋しくて、もう胸が潰れそう。
あんまり寂しかったので、フィールがいない間中、ミティアは王妃様にべったりだった。
王妃様は、ミティアがものすごく甘えてくるから実はとてもご機嫌だった。
着せ替え人形のようにミティアを着飾らせて遊んでいれば、王弟たちの妃や上の王子たちの妃もやって来た。どの妃も生まれる子は男ばかりなので、小さな女の子は物珍しい。
そりゃあ男の子だって可愛いが、何せあの子たちは竜の血筋を引く。チビ竜への変化を覚えた途端、空を飛ぶのに夢中で、飛べない母親たちは置いてけぼりだ。
皆でミティアを構い倒し、こんなに楽しいなら、これから時々はフィールを外遊させようかしらと、本気で画策する王妃様である。
さて、フィールがラサルから帰ってくる日、ミティアは我慢できずに国境まで迎えに行った。
厳重に護衛されて、馴染みの女騎士に抱かれてひたすらひたすらフィールを待ち続けてたら、気配を感じ取ったフィールが途中から竜化して飛んで来てくれた。
ミティアは泣きながら王子の胸に飛び込み、涙、涙の再会である。
早く大人になれとフィールは思う。
ラサルでもフィールはとにかくモテた。けれどどんな美姫がそばに寄ろうと、どんなボン、キュッ、ボンが胸の膨らみをフィールに押し付けてこようと、フィールはもう全く興味を覚えなかった。
番は可愛い。ものすごく可愛い。本当はあんな事やこんな事やそんな事もしたいけど、まだ小っちゃいのでフィールは我慢する。
ぶっちゃけ言えば、本能は今のミティアでもあり! と告げてくるが、そこは理性で我慢。我慢ったら我慢。
ミティアが心底大切だから傷つけたくないし、何より変な事をして怯えられては元も子もない。
ミティアはようやく六つになった。
王子さまは十七歳。
最愛の番と巡り合い、最愛の番に毎日愛を囁かれ、いとおしくて可愛くて、とにかく毎日が幸せでならないのだけれど、お預けが解かれるのはまだまだ当分先の話。