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ファジョーリ王子、番に騎乗される


「……そうか」


 地図と睨めっこしながら上の空でそう答えた王は、一拍置いて、「はああああああ?」と顔を上げた。ファジョーリの指さす先をまじまじと見つめ、やがてその口があんぐりと開いていく。


 場にいた重臣らも度肝を抜かれて、呆然とその男を見た。

 肩幅は広く腰はすっと引き締まり、どこからどう見ても性別は男である。王への拝謁を前に身だしなみは整えてきたようだが、髭の剃り跡もうっすら残っていた。


「つ、番……?」


 王太子は口元をひきつらせ、王は腰を抜かしかけていた。

 今や軍議の場はしーんと静まり返り、国が滅びかけている事を、この瞬間誰もが忘れた。


 竜の番が男だなんて、まさに国が始まって以来の珍事である。

 誰もが阿呆あほうづらで固まっていたが、ファジョーリだって運命にひと言モノ申したかった。


 自分は普通に女好きである。声を大にして叫んだっていい。成人したら好みの女性を用意してもらう予定だったし、男とどうこうなりたいなんて夢にも思った事はなかった。


 なのに番が男……。

 胸はないし、余計なものはくっついているし、心をときめかせる要素が一つもない。

 一体、竜の本能は自分をどこに連れて行く気なのだろう。


 が、ファジョーリに指さされた男と言えば、最初の驚愕から立ち直ると、興奮したようにファジョーリを見つめてきた。


「やはりそうだったのですね!」


 何でこんなに声が嬉しそうなんだ? 

 訝し気な視線を向けるファジョーリをよそに、その男、オルティスは目を輝かせて言い放った。 


「ちょうどいい! あなたがお越し下されば百人力だ。すぐに私と来て下さい!」


「へ?」

 言われている意味が分からない。

「ちょ、ま、待て! 私がどこに行くと言うんだ!」


「勿論、ラクアードの砦です。これから単騎引き返すつもりでしたが、あなたが来て下さるなら、これ以上力強い事はない。ああ、何と素晴らしい! これから私と一緒にひとっ飛びしましょう!」


 ひとっ飛びの意味がわからず、目を白黒させるファジョーリに、

「竜に乗った事はありませんが、なに、馬には乗り慣れています。バランスを取るのもそう難しくはない筈です!」

 オルティスは自信満々にそう言いきった。


 こいつ、王族に騎乗する気満々だ……。

 重臣らは呆気にとられ、言われたファジョーリの方は馬扱いされて、怒髪天を衝いた。


「何で私がお前を乗せなきゃならない!」


「砦の仲間たちは今も救援を待っているんです。殿下はラクアード砦を見殺しになさるおつもりですか?」


 一転、厳しい眼差しで見つめられ、ファジョーリはたじたじとなった。番からこんな冷たい目で見られて、平然としていられる竜などいない。


「いや……、別に見殺しにするなど……」


「あの砦は最西の要です。あそこを落とされれば、戦況は一気に悪化します。どうお力をお貸下さい」


 ぱくぱくと口を開け閉めしているファジョーリを他所に、その言葉に一理あると頷いたのは、王の隣に座していた王太子マルクだった。

 現実主義者のマルクは最初の驚愕からすっかり立ち直ったようだ。


「ファジョーリがお前と行けば、戦の流れを変えられると?」


 冷静に口を挟んだマルクにファジョーリはぎょっと兄王子を振り向き、オルティスの方は断固たる眼差しで頷いた。


「無論です。王家が自分たちを見捨てていないと知れば、それだけで砦の兵士らの士気は上がるでしょう。

 それにトルターヤの上空を飛んでいくようになりますから、あやつらにも見せつけてやる事ができます。上から矢を放つなり、岩を落とすなり、戦い方はいくらでもあると思います」

 

 オルティスは剣技だけでなく強弓にも自信があった。だからこその発言で、ついでに言えば叩き上げの将兵であったため、戦法に対する発想や考え方が非常に柔軟だった。

 空を飛べる竜がいるなら、それに乗って戦えばいいだけの話である。王の孫はまだ小さくて使えないが(非常に不敬なので、勿論、言葉には出さない)、ファジョーリ王子ならば成人間近でちょうどいい。さっきは百人力といったが、使いようによっては一軍団に匹敵するだろう。


 そんなオルティスの方を面白そうに眺めやり、マルクは父王の方に向き直った。


「陛下。やってみる価値はあります。今の状況を打開するには、思い切った作戦も必要かと思います」


 ドマーノはすでに敗戦寸前まで追い込まれている。一筋の勝機が残されているというのならそれに賭けていくしかない。


「竜に騎乗か……」

 王は顎髭を無意識に撫でた。


 背に兵を騎乗させるなど竜には凡そ受け入れがたい事だが、その相手が番と言うなら話は別だ。

 何と言っても竜は番に弱い。今はしかめっ面をしているファジョーリだが、番が本気でそれを望むのなら、その願いを叶える事はやぶさかでないだろう。


 それに王は、オルティスというこの男の面構えが気に入った。王族を前に怖じる事なく意見を述べ、眼差しは未来へと真っ直ぐに向けられている。

 幾重もの敵の包囲を突破したその豪胆さと勇猛さは言うまでもなく、戦経験を十二分に積んだこの男ならば、まだ年若いファジョーリをしっかりと支え、大きく国に貢献してくれる事だろう。


「良かろう」と王は立ち上がった。

「上空から騎射したいと言うなら、騎乗用の鞍が必要だろう。まずは試してみるか」 




 広々とした訓練場でファジョーリは竜化し、問答無用で騎乗用の鞍を装着させられる事となった。非常に不本意だが、王命ならば仕方ない。

 つけられるのは比較的細い首のすぐ後ろで、不満そうに唸れば、マルク王太子が宥めるように弟の首筋を撫でてきた。


「ファジョーリ、済まぬ。私が代わってやれればいいのだが」


 敬愛する兄王子にそう言われては、ファジョーリだってそれ以上文句も言えない。


『国のためです。覚悟はつきました』


 周囲にいる人間には竜がただ唸ったようにしか聞こえないが、竜の王族であるマルクにはちゃんと弟の言葉が聞き取れる。

 ついでに番であるオルティスも聞き取れるのか、幾分ほっとしたようにファジョーリの方を見つめてきた。


 鞍がしっかりと装着されると、その固定を自らの手で確かめて、「じゃあ、失礼します」とオルティスが遠慮なく竜に騎乗する。


「どうだ?」とマルクに問われ、

「安定はしていますが、鞍だけで体を支えるのは限界がありますね」と、乗り心地を確かめながらオルティスはそう答えた。


 答えながらも内心は、この王太子、もう少し離れてくれないかなと、オルティスは思っていた。

 傍にいるだけで雄竜の存在をまざまざと感じさせられ、何故か非常に不快である。先ほど助け舟を出してくれたのはこの王太子だと頭でわかっていても、妙に存在が邪魔くさいのだ。


 だが不快を覚えたのはオルティスだけではなかったようで、ファジョーリがどこか不本意そうに口を開いた。


『兄上、オルティスから少し離れてくれませんか』


 この男が番だと納得している訳ではなかったが、オルティスの傍に他の雄竜がいるのを見ただけで、ファジョーリは何だか無性に腹が立った。自分でも馬鹿みたいだが、竜の本能には逆らえない。

 番の執着を思い出したマルクが、慌てたように数歩後ろに下がった。


「取り敢えず、命綱はするようにします。鞍に固定しておけば、最悪、落下だけは免れるでしょう。

 後はそうですね……。姿勢を保つのに何か摑まるものがあった方が楽なような気がします。

 殿下。むやみに引っ張ったりしないとお約束しますから、首に縄をつけていいですか?」


 王族の首に縄……?

 傍で聞いていた兵らは、こいつ正気かという目でオルティスを見つめたが、オルティスは平然としている。

 ファジョーリはもう、どうとでもなれと言う気分だった。

 屈辱的だが、その方が騎乗しやすいと言うのなら仕方がない。オルティスを乗せるのは遊びではなく、国を救うためだ。

 存分の働きをしてもらうためにそれが必要ならば、自分はいくらでもプライドを捨てるだろう。



 という事で、バランスを掴むために王城の上空を何度か旋回し、騎射も試したオルティスは、王や重臣らに見送られてそのまま王都を出立した。

 大歓声に見送られたが、オルティスは騎乗しているだけで、せっせと飛ぶのはファジョーリである。


 急いで下さいなどとオルティスは気軽に言うが、そりゃあ、お前は楽だろうよとファジョーリは心に呟いた。

 それでも仕方なくスピードを上げれば、おっと小さく声がして、思わずといった風に小さく舌打ちされた。

「くそっ。馬より乗りにくい!」


 悪かったな!!!


 ファジョーリは完全にやさぐれた。




 そうして自軍の上を飛行していれば、兵士らが竜の姿を認めて大きく手を振ってきた。

 雄々しい竜の存在は、ドマーノの民にとって希望であり、譲れない誇りでもある。その姿を見ただけで勇気づけられたのか、「王子殿下、万歳!」という声が切れ切れに聞こえてきた。

 ……やんごとないその王子殿下がまさか馬代わりに使われているとは思いもつかないだろうと、ファジョーリは虚しく心に呟いた。



 国を裏切ったトルターヤの上空まで来ると、オルティスは城の周囲で旋回するようにファジョーリに頼んだ。

 最初は何食わぬ顔で歓声の声を上げていた兵士らも、旋回するだけで降りようともしない竜の姿に、裏切りがバレた事を悟ったたらしい。矢を構えた兵がばらばらと砦の上に集まってきて、その中には地位の高そうな男たちも数人混じっていた。

 一方のオルティスは、空から見た砦の形や兵の配置などを慎重に確かめ、攻めるなら南側からだなと小さく独り言つ。カタツムリのように城を取り巻くほりだが、南側だけは一重になっていた。


 貴人を警護する兵士らが用心深くこちらに矢を構えているが、下から射るより上空から狙い撃つ方が威力も強く、的も絞りやすい。

 オルティスは矢筒から矢を取り出し、弓のつるに矢を番えた。

 

「速度を一定にして、砦を中心に大きく旋回して下さい。身の危険を覚えたら、すぐに上空に逃げていただけますか?」


『この距離なら心配ない。矢の速度は落ちているし、当たっても鱗で弾かれる』


 ファジョーリの言葉に、オルティスは小さく笑った。

「では、よろしくお願いします」


 狙うのは、兵卒ではなく、指揮官クラスだ。敵の士気を削ぐには、それが一番手っ取り早い。


 飛行に合わせてやや前方に重心を保ち、後はただ無心で矢を引き絞った。元々連射を得意としており、矢を放てばすぐに次の矢を引き抜き、流れるような動作で次の矢を放っていく。

 最初の二射は警護の兵士の方に矢が逸れたが、三射目からは狙う男の体に矢が吸い込まれた。

 腹部や喉笛を射抜かれた男達が次々と石畳に沈んでいくのを確認し、七射ほど放ったところで、ファジョーリに声をかけて上空に逃げる。


「では、ラクアード砦へお願い致します」


 砦に向けて大きく向きを変えながら、内心ファジョーリは舌を巻いていた。

 騎乗しているオルティスは気付いていないようだが、五射目で喉笛を射抜いた男は、トルターヤの領主、ミルンベルトだ。何度か登城した事のあるミルンベルトの顔を、王族であるファジョーリは覚えていた。


 戴く領主を失ったミルンベルトの軍は、この先大きく統制を欠いていくだろう。ミルンベルトは長男を病で失っており、後妻との間に生まれた次男は、まだ十を過ぎたばかりだと聞いている。


 トルターヤは落とせるとファジョーリは確信した。

  




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