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出会い編 1

短編で投稿していた作品ですが、続きが読みたいと言って下さった方がいて、出会いからその後の数か月について書き足してみました。竜の王一家を楽しんでいただけたらと思います。

 フィール王子は、竜の血を受け継ぐドマーノ王家の五番目の王子である。


 この五番目というのが微妙なミソで、実はフィールには上に兄が四人いた。

 母君である王妃様は、四人生んだ時点で、これだけ王国に王子をもたらしたらもう十分よねと思われたらしい。

 四番目には『末っ子』を意味するサルルの名を付けて打ち止めにしようとされたのだが、何の手違いか、気付けばまたお腹が膨らんでいた。


 ……まあ、国王夫妻の仲がいいのは誠に喜ばしい事である。


 という事で、翌年フィール王子が誕生した時には、国全体の反応が「おやまあ」とか「あらら」といった妙に生ぬるいお祝いムードになってしまったが、それは別にフィールのせいではない。

 ついでに、生まれる前から王子であるとわかっていたため、誕生と同時にフィールと言う名前も発表された。


 因みに、何故王子とわかっていたかと言うと、ドマーノ王家には代々男の子しか生まれないからだ。

 何でもドマーノ王家の始祖の片割れが竜だったらしく、血に受け継がれた竜性が子どもの性別を決してしまうらしい。


 竜の血を引くだけあって、生まれ来る子どもは大層丈夫で、運動神経も良く、犬並みに鼻も利いて、ついでに竜の姿に変化へんげできちゃったりする。


 竜化できるならすごいと思われるかもしれないが、実はこの能力、十七になれば消えてしまう。

 竜の源と言える竜穴りゅうけつを塞ぐからだ。



 この竜穴、竜の本能とか特性とかを表わすような言葉なので、別に体に穴が開いている訳ではない。

 そしてその竜穴を何故わざわざ塞ぐかと言うと、つがいを見つけなくさせるためだ。


 竜には、運命で定められた番というものが存在する。

 この番、ひとたび会ってしまえば、どうしようもなく惹かれ合い、運命を分かつ事は困難と言われている。


 王子達の結婚にはどうしても政治が絡んでくるし、結婚しちゃった後にこの番が見つかればそれはもう悲劇である。

 番を見つけてしまえば、王子達は番以外に見向きもしなくなるし、結婚生活はあっという間に破綻して、下手すれば外交問題に発展する。


 本能だからどうしようもないのだけれど、王族にそんな事をされたらたまったものではない。

 

 なので、王子たちは竜穴を塞ぐ日までは結婚が禁止されている。

 火種となりかねない恋愛も、ついでにご法度とされてしまった。


 好きな子ができるのは構わないが、想いを伝えるのは禁止。爛れた関係を誰かと持つとかも禁止。


 取り敢えず、竜穴を塞ぐまでは清い体と心でいようねと言われ、思春期の王子達にとっては不本意な事、この上ない。

 男の沽券に関わると言うか何と言うか……。


 なので、王家はその期限を区切る事にした。それが十七歳である。

 


 さて、フィール王子に話は戻るが、この王子、明日には無事十七歳の誕生日を迎える。


 ドマーノ王家の王子が女性に対して純粋培養である事は周知の事実であるから、恋愛禁止が解かれた途端、いろんなハニートラップが仕掛けられる可能性がある。

 なので王家は、大事な王子達が色仕掛けに引っかからないよう、誕生日の晩に指南役の女性を手配するようになっていた。

 一応、女性の好みは聞いてもらえるため、第一から第四の兄王子達は、それぞれ好みのタイプを侍従に伝え、待ちに待った楽しい時を過ごしたものらしい。


 手順としてはまず、竜穴を塞ぐ『竜殺し』と呼ばれる毒を薄めて内服する。

 飲めば竜の本能を半分失い、二度と番を見つける事はできなくなる。

 同時に竜化もできなくなり、ほとんど人間やや竜性あり、みたいな王族の出来上がりである。


 そして、そのまま大人の時間に突入! みたいな……。



 で、そのフィール王子、誕生日を明日に控えて自分もついに竜じゃなくなるのかとしみじみ感傷に浸っていた……なんていう事はまるでなかった。


 竜になって飛べるのは今日までだから、それを思えばちょっと寂しい。でも、代わりに大人の階段を登れる。(ここは大事だ)


 十六、七の男と言えば、頭の中は結構それ一色だったりする。

 竜穴を塞ぐまでは清い体でいなければならないので、一番上の兄も二番目も三番目も四番目も、皆、飛べなくなるよりすごくいい経験だったと口を揃えてフィールに言った。


 大体、竜になれると言っても、皆が思うほど簡単ではないのだ。

 三、四つの頃から変化へんげを身につけ、十歳くらいまでは何も考えずに簡単に竜化できるのだが、人間としての知恵をつけていくに連れて竜性は失われていき、変化が困難となる。


 竜化は一瞬で起こる変貌であるから、竜性というものは一種の魔力として捉えた方がいいのかもしれない。

 何にせよ、それは年齢とともに枯渇していき、今のフィールが変化しようとすれば、竜気を補うために大人の竜の鱗粉を飲んで竜性を高めないといけない。

「僕だけの番を見つけるんだ!」とルンルン気分で変化して、空を飛び回っていたチビ竜の頃とは違うのだ。



 話はがらりと変わるが、今この王国には、竜穴を塞いでいない成人王族が一人だけ存在する。

 父王のすぐ下の王弟であるアナス叔父である。


 今から三十数年前、まだチビ竜だったアナスは暇さえあれば竜に変化して国内を飛び回っていたが、ある時、胸が激しくざわついて、本能に引き摺られるように一点に向かって急降下したのだという。

 そこにいたのは畑で野良仕事を手伝っていた小さな女の子で、その子を一目見るなり、この子が運命のつがいだとアナスは確信した。


 番は竜の本能が求める相手であるため、番を手に入れた王族は、まるで先祖返りをしたかのように強い竜性を安定させる。

 竜化も自在にできるようになるため、他国に対する強い牽制にもなり、王家にとって番持ちはこれ以上ないほどに有用で得難い王族だ。


 それに、番持ちは権力欲がないため国を乱す心配もない。番と仲良くするのが至上の悦びとなるため、王位に一切興味を示さないのだ。

 国のためには尽くすが、政治に関わって無駄な時間を過ごしたくないというのが彼らの一般的なスタンスで、実際に何世代か前の王太子は王位継承権を弟に譲っていた。



 さて、誕生日を明日に迎え、フィールは今、広々とした会議の間で父王からの薫陶を受けていた。

 これは明日に向けての成人の儀の一環であり、この場にはドマーノ王国の男性成人王族がすべて臨席している。


 成人王族になるに当たっての心得などを長々と説教され、いかにも感銘を受けたように神妙に聞き入っているフィールだが、実は父王の言葉は右から左に抜けていた。

 先ほど侍従から、条件がすべて整った女性を用意させましたと耳打ちされ、思考が全部そっちへ持っていかれてしまったのだ。四人の兄たちが入れ知恵してくれたあれやこれやで、頭の中はもういっぱいである。


 そんなこんなで内心はそわそわと落ち着かないフィールであったが、先ほどから妙に城門の向こうが気になり始めていた。

 何か胸の辺りがほの温かく、毛が逆立つような感じで落ち着かない。

 時間が経つにつれ、居ても立っても居られないような感じが強くなり、自分の中の竜気が増すのを朧に感じた。


 と、フィールの耳に、魂を揺すぶるような悲しそうな悲鳴が聞こえてきた。

 声ではない。耳で捉えられるようなものではなく、けれどそれは確かにフィールの耳に聞こえたのだ。

 

 その途端、フィールはがたんと椅子から立ち上がった。


「フィール…?」


 そのまま窓の方へ向かおうとする弟を、隣に座っていた第四王子が慌てて止めようとする。

 が、伸ばされた手を乱暴に振り払い、窓に駆け寄ったフィールはそのまま大きく扉を開け放った。

 そして窓枠を掴んで一気に体を持ち上げ、迷わず窓から身を投じたのだ。


「うわああああああああああ!」


 いきなり目の前で弟に飛び降り自殺をされた兄王子は、そりゃあもう、度肝を抜かれた。

 ここは三階で、下は石畳だ。こんな所から飛び降りて無事に済む筈がない。


 だが、慌てて窓に駆け寄る王族たちの目に映ったのは、そのまま大きく羽を広げ、竜の姿で飛び立っていくフィールの姿だった。窓から身を翻すと同時に、フィールは竜化していたのである。


 フィールの年齢を考えれば、竜の本能を高めるための竜の鱗粉なしに竜化するなど、まず考えられない事だ。

 呆然と立ち尽くす王族らの間にあって、一人の王族が面白がるように唇の端を上げた。先ほどから眠そうに会議に参加していたアナス叔父である。


「あー……、見つけたな」


 どうやら末の甥っ子は、穴を塞がれる直前に運命の番を見つけ出したようだ。

 



 一方のフィールは気付けば竜となっていて、本能に急かされるように東側の城下に向かっていた。

 大きく弧を描いてその周辺を旋回すれば、商売をしていた人間や旅人らがフィールを見つけて手を振ってくる。どうやら末の王子が成人最後の飛行を楽しんでいると思われたようだ。


 フィールは、気配が濃厚に漂う辺りに必死に目を凝らした。

 だが、目に入ってくるのは髭面の親父たちと年を食った女ばかりで、フィールはだんだん焦ってくる。

 まさか、あのクマのような男が自分の番だと言わないだろうなと必死で辺りを見渡せば、路地の片隅に何やら小汚い塊が転がっていて、どうやら行き倒れた子どもだと分かった。



 その子ども、名はミティアというのだが、実を言うと隣国エクワードに居を構える大店の当主の姪である。


 話は少し遡るが、ミティアの父が行商で、家族と護衛を連れて山道を進んでいたところ、山賊の急襲を受けたのだ。

 積んでいた荷を捨てながら必死に馬車を走らせたミティアの父だが、いよいよ追いつかれると思ったか、途中の曲がり角で幼いミティアだけを馬車から降ろし、父親たちは囮となって結局全員が殺された。


 独りぼっちになったミティアは、父と行く筈だったドマーノの商家を目指す事にした。

 何とか山を下りた後は、捨てられていたごみを漁ったり、物乞いをして食べ物を恵んでもらったりしてひたすら歩き続けたが、王都まで辿り着いた所で限界が来た。


 もう一歩も歩けなくなり、ぼんやりと空を見上げながら誰か助けて……と虚しく心に呟いていたら、強い日差しが不意に(かげ)り、見上げれば鳥よりも遥かに大きな何かが空を飛んでいた。 


 見た瞬間に、ミティアは目が離せなくなった。

 誰に教えられなくても、それが自分にとってかけがえのない誰かであると、すとんと胸の中に落ちてきた。



 同じ頃、下界を見下ろしていたフィールもまた、その薄汚い子どもが自分の番であると気が付いた。どうしようもなく心が惹き付けられ、手放せない唯一の相手だと本能が告げてくる。


 告げてはきたが、認めたくなかった。大層薄汚れていた上、年齢が幼すぎたからだ。


 多分年は四つか五つだろう。

 フィールには幼女趣味はないし、恋愛するなら絶対に大人の女性がいい。

 大体、明日にはめくるめく楽しい大人の時間が待っているとわかっているのに、今更子どもの番なんか見つけたら、あと十年くらいはお預けだ。


 反射的に回れ右をして見なかった振りをしようとしたら、その途端、まるでそれを勘づいたかのように番が小さな泣き声を上げた。

 好きで好きでたまらないといった風に竜のフィールを見つめ、土に汚れた小さな手を一心に伸ばしてくる。


 その途端、フィールの頭は真っ白になった。

 気付けばフィールは人間の姿に戻り、薄汚れたその子どもの傍に膝をついていた。


 ……因みに全裸ではない。変化した姿に戻れるようになっているため、きちんとした王子さま姿だ。


 うわあああああんと泣いて胸に飛び込んできた子どもをひしっと抱きしめた瞬間、フィールは思わず、「くっさ」と顔を背けた。フィールは人より嗅覚が鋭い上、子どもの体からものすごい異臭がしたからである。


 だが、取り敢えず自分の番である事は間違いない。

 そのまま首にしがみつかせ、フィールは軽々とその子を抱き上げると、王城に向かって全力疾走を始めた。


 子どもが弱っていたから、という理由ではない。凄まじい不安がフィールの頭の中をぐるぐると駆け巡っていたからだ。


 こいつは女で間違いないよな? まさか男なんかじゃないよな、と。



 ずっと昔、番が男だったかわいそうな王族がいた。普通に女好きだったのに、番の誘惑に負けて結局は夫婦っぽくなった。

 この子が男だったら、自分は男を番に持つ気の毒な王族第二号だ。


 フィールの入城を拒む護衛などおらず、そのままフィールは自分の部屋に直行した。

 騒ぐ侍従たちに、「部屋の外で待機していろ!」と怒鳴り、びっくりしたようにこっちを見ている子供に向き直る。


 オスかメスか、すぐにでも確認しなければ落ち着かない。

 こういう時の王子は獣性が強い。ついでにデリカシーは皆無である。

 なので、犬や猫の性別を知りたい時にするような行為を当たり前のようにした。


 子どもが穿いている邪魔な下着を取っ払って、両手でかぱっと脚を広げ、「メスか」と安堵の一言。

 

 番の方は当然驚く。

 五歳とはいえ、ミティアは女なのだ。いきなりパンツを脱がされて、あそこを見られるなんてあり得ない。


 ふんぎゃああああああああああああああああああああ。


 一拍遅れて、ものすごい間抜けな悲鳴が城内に響き渡った。




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