勇者一行の事後処理対応特別室3
これはとある世界の話――
遠い遠い昔より、幾十、幾百と繰り返されてきた戦い。
選ばれし勇者と大魔王との戦い。
何度倒しても数十年の後、復活する大魔王。
その度に神託により勇者が選ばれ、命懸けの旅に出る。
世界の平和のため、仲間とともに戦うのだ。
そしてまた今回も、数々の苦難を乗り越え、勇者は仲間とともに大魔王を倒し、世界に数十年の平和が訪れたのでした。
めでたし、めでたし。
――なんてなるのはお話の中だけ。現実はめでたいだけでは終わらない。むしろ終わってからの方が大変だったりするのだ。
魔王を倒した後、好き放題やっていた勇者一行に、ついに我慢の限界が来た勇者一行事後処理対応特別室、略して対特室のメンバーは、国王に直訴するまでに至った。
そして彼らは、いかに勇者一行が国費を使って豪遊しているかを力説し、力説し、力説し、国王の勅令を賜ることに成功した。
“勇者一行は国のために働くように”
狂喜乱舞した対特室メンバーは、嬉々として踊りながら風のように速く行動に移った。
「じゃ、お願いしますね」
そう言って、魔法文官は光に包まれて消えた。
「マジか……」
一人残された勇者は呆然と、自分をここまで連れてきた魔法文官が数秒前までいた、今は何もない場所を見つめ続けた。
「とりあえず、歩くか」
じっとしていたところで何も解決しないことに気付いた勇者は、前方に見える村に向かって歩き出した。
道端に転がっていた石ころを繰り返し蹴飛ばすという、子供じみたことをする勇者。しばらくは無言でやっていたが、次第に独り言を呟き始めた。
「これってやっぱ罰なんかなー。でも何で俺一人なわけ? 他の奴らは?」
勇者は知らないが、剣士と弓使いは兵士の指導、拳士はとある人物の護衛、魔法使いはとある場所の魔法結界の構築と、それぞれ働いている。
四人ともその道の達人であるため、需要はいくらでもあるのだ。
一方勇者はと言えば、剣技は我流、使用魔法は一種類のみ、頭脳は平均よりやや下、礼儀作法は微妙、と使いどころが少ない。
そんな彼にでもこなせる任務は何か、と対特室メンバーが協議した結果、この『ゴブリンの巣を破壊』となった。
魔王が生み出したモンスターの大半は、勇者一行が旅の途中で倒している。しかし、どうしても“漏れ”が出てくる。
逃げられてしまったり、見つけられなかったり、知能レベルが低くて勇者一行のところに辿り着かなかったりと理由は色々だが、そういったモンスターを放置すると、巣を作って数を増やしたり、より狂暴な個体に進化したりと危険なので、どこの国でも対処には力を入れている。
“漏れ”が発見されると、そのモンスターのランクに応じた兵士や魔法士が派遣されるのだ。
では、今回勇者が任されたゴブリンの巣のランクはどうなのかと言えば、はっきり言って一般兵士や下級魔法士が数人程度派遣されるレベル、初心者御用達の仕事だったりする。
魔王を倒した勇者がやる任務ではないが、モンスターのレベル=対特室の勇者に対する信用度なので仕方ない。
「そりゃちょっとはしゃぎ過ぎたかもしれないけど、俺、魔王倒したんだよ? だいぶ命懸けだったよ? 実際、何回か死にかけたよ? よく魔王倒せたわと自分を褒めてやりたいわ。そんな、世界救った俺だよ? 生きてる喜びを実感するために、浴びるほど酒飲んでもよくない? キレイなおねーちゃんとヒャッホーなことしてもよくない?」
呟いているうちに感情が入ってきたらしく、だんだんと声量が大きくなっていく。もはや呟きではなく、大きな独り言になっているが、勇者は止まらない。
「大体さー、ある日突然えらそーな奴が家にやってきて、『そなたが此度の勇者に選ばれた』って何それ。俺ただのイナカ村の宿屋の息子だっつーの。剣だって遊び半分でしか習ってないし。何で俺を選んだの? どういう基準? そんでもって、俺の返事を何一つ聞かないまま、さっさと魔法で城に飛ばすし。かと思えば、事務的な説明されてすぐに城からポイッと出されるし。扱い粗すぎだろ。そっちから勇者になれとか言っておいて装備も必要最低限とかありえないよね? 勇者を何だと思ってんの?」
石をけ飛ばすことと愚痴をこぼすことに夢中になり過ぎている勇者は、自分がすでに目的の村に入っていることに、そして村人の視線を集めまくっていることに気付かない。
本音をまき散らす勇者と、誰が声を掛けるかを視線で押し付け合う村人たち。村は異様な雰囲気に包まれた。
「魔王のところ行くのにめちゃくちゃ遠回りさせられるしさー、いちいち神殿で聖なる力的なものを授けてもらわなきゃならないってのも意味が分かんねー。そんなの最初のとこで全部くれりゃーいいじゃん。なんでチマチマ分割するワケ? それに――」
「あ、あのー」
「へ?」
もう少しで村から出てしまうというところで、ついに村人が勇者に声をかけた。視線の圧力に負けたわけではなく、村長としての責任から。
「ゴブリンを退治しに来て下さった方でしょうか」
今までの発言から、この青年が勇者であることは明らかである。が、村長は何も聞かなかったことにした。
勇者は命がけで魔王を倒してくれた尊い存在。感謝し、敬うべき人。
これまで勇者に対して抱いていたイメージを壊さないために、村長はここ十分ほどの記憶を抹消した。
「あ、ああそうそう、そういえばそうだった。で、巣ってどこにあんの?」
村長に訊かれるまで、勇者ここに来た目的を忘れていた。
「村の裏山を登ってしばらくしたところにある洞窟のなかでございます。小川を辿って行けば分かるかと」
「はいよ、小川ね。サンキューじいさん」
ピラピラと手を振って、勇者は村から出ていく。
その後姿を見送りながら、村人たちは、勇者も楽じゃないんだな、とそこそこ同情した。
村長から聞いた通り、小川を辿り洞窟に着いた勇者。
多少の難所はあったが、そこは腐っても勇者、それなりの運動神経で問題なく乗り越えた。
洞窟の前でうろついていた三匹のゴブリンをさっさと倒した勇者は、すたすたと薄暗い洞窟へ入っていく。
その躊躇いのなさが、勇者の長所と言えるかもしれない。単純バカと言い換えることも出来るが。
そんなに洞窟は深くなく、すぐに最奥まで辿り着いた。途中で倒したゴブリンは4匹。
「え、これで終わり? チョロ過ぎなんだけど」
帰ろ帰ろと剣を鞘に収めて出口に戻ろうとする勇者だったが、世の中そんなに甘くはない。
暗闇の中でキラリと何かが光ったと思った次の瞬間、その光は何十にも増え、もの凄い速さで勇者に向かってきた。
「うおあぁぁぁっっ! 極光魔法ホーリーブライトォォォッッ!!」
「……ぅぅゆうぅぅしゃあぁぁぁぁっ!!! あいつはぁっ! あいつだけは殺す! ぜええぇぇっったいに殺すうぅぅぅっっ!!!」
対特室にイーの叫び、というか絶叫が響き渡る。
彼女の手の中でクシャクシャになった書類にはこう書かれていた。
依頼・ゴブリンの巣を破壊せよ(ランクD)
任務遂行者・勇者
結果・討伐成功
補足事項・任務遂行者は、ゴブリンの巣を破壊する際、彼にしか扱えない魔法、唯一にして最強の極光魔法を使用し、山を半壊。なお、任務遂行者が魔法を発動した要因は、討伐対象ではなくネズミだった可能性あり。
勇者一行事後処理対応特別室の苦悩と苦労はまだまだ続く。
終わらない殺意が終わるその日まで。