2:「星を追う者(チェイサー)」
空を流星と、砕けた流星の欠片が彩る中、ボクは大通りを走り、人通りの未だに多い商店街に入り、路地へと抜け、本業の技術者として勤務している整備工場へと急ぐ。
途中で同業者とすれ違ったが、皆一様に急いでいる。
「まあ…、そうだよね。書き入れ時だもんね」
その様子に微笑しつつも、走る速度は一切緩めることなく駆け抜けた。
そこから数分後。見慣れた屋並みのその向こう側に、機械の動く音と共に、馴染みの匂いを、下町風情溢れる雰囲気として周辺に放つ、年季の入った工場が見えて来た。
そこが、ボクの勤務場所である増田重工業だ。
「やった、まだ作業中だ。ラッキー!」
まだ機械が作業を続けている建物を横切り、真っ直ぐに奥の汎用格納庫へと急ぐ。
そのまま格納庫を通過し、隣の、蛍光灯の灯っている事務所に飛び込むなり、大きく息を吸い込んで声を張り上げた。
「おやっさん!おやっさん!サカヅキを出すから、隣の解放宜しくー!」
すると、奥の宿直室に居たらしい初老の男性整備士が、飛び上がるように顔を覗かせた。
「お前さん、高い声で大声出すなぃ!十分聞こえるわ!」
そして、先の声にも負けぬ声量でそう返してきた。
「あはは、ごめん!ちょっとテンション上がっちゃって…。それはそれとして。今から出るから、作業終わった後のサカヅキの整備準備、宜しく!」
「あん?おう!向こうから人呼んどくから、そこは任せな。存分に稼いで来い!でも無茶すんなよ!?」
急ぎ足で隣へのドアへと向かうボクの背中を、おやっさんの熱い声音が押した。
格納庫に入り、手早く電気を点けた。
日の明かりが無いために、ぼんやりとした暗がりに沈んだ格納庫内部に、ポッと人工の光が満ち、そこに存在する機械や車両を照らし出す。
「……よし!」
それらの中で、一つだけ異彩を放つ威容を誇る、頭部が無く二本の腕と四つの脚を有する人型機械”チェイサー”へと歩み寄り、横付けされる形で配置されている足場の階段を上がる。
軽快な足運びでカンカンと、小気味よい音を鳴らしながら、人型機械の天井部にあるハッチへと手を掛ける。
「よいっしょっ!」
そして、レバーを捻ってロックを解除した上で取っ手に力を込めて持ち上げると、空気の抜けるような音と共にハッチが開いた。コクピットが視界に入る。解放された空気が独特の匂いを帯びており、鼻腔をくすぐった。
チェイサー。それは、主に災害である「天の涙」によってもたらされた鉱石資源を回収するために用いられる、人型と車両型の二形態を持つ特殊車両の総称である。平たく言えば変形する重機だ。
そして人は、そんなチェイサーを駆り、鉱石資源を回収する者達の事を、拾う者として、テイカーと呼んでいる。ボクも本業の工場整備士の傍ら、都合の良い副業としてテイカーをやっていた。
「鍵は、持ってる…。免許も持ってる…。よし!」
ポケットから免許証用に購入した革製のケースを取り出し、必要な免許証と起動キーをきっちり所有している事を確認した後、コクピット内部へと滑り込むように搭乗した。
「ふぅ…」
当然だが、最初は真っ暗で何も見えない。ただ、その暗さと空気の匂いは何故だか自分に落ち着きを与えてくれ、家で気を抜いているような安らぎすら感じてしまう。しかし、残念ながらその感覚に身を委ねている余裕は無かった。
早速、先程取り出した起動キーを所定の位置に挿し込む。すると、今まで沈黙していた各種機器に一気に火が入り、計器の灯りで暗闇は彼方に追いやられた。
『起動用パスコードを入力してください。キーボードによる直接入力、音声による入力が可能です』
続けて、目の前のモニターにそのような文章が表示される。
「パスは音声入力でいくよ」
もはや馴染みと言っても良い程に見慣れた画面に対し、音声入力を選択することを告げる。そして。
「入力、“カンナヅキサツキ”」
これも、もはや言い慣れた、自分の名前を口にした。
モニターにそのまま文字が出力され、機械側が復唱ように文字色を変えながらなぞって行く。
『パスコード、カンナヅキサツキ、音声入力にて確認。設定されたパスとの照合……完了。チェイサーシステム、起動します』
機械的な文章がモニターに列挙され、全てのシステムが正常に動作するかどうかのチェックが目まぐるしく行われていく。次々に現れては消える文字が、全てが順調であると告げていた。
そして、全ての文字が消えると、先程は火が入っていなかった計器類にも、まるで水が流れて行くように明かりが灯っていく。
目の前のモニター群に至っては、既にセンサーアイを通して取得している外の景色が表示されている。
すると。
「システム、通常モードで起動します。お早う御座います、マスター・サツキ。お加減は如何ですか?」
コクピット内部のスピーカーから、機械音声ながら、まるで本物の少女のような声が響いた。
「今は夜だけど、お早う、八意。うん、最高の気分だよ。そっちはどうだい?」
それは、このチェイサーの中に後付けで搭載した人工知能「八意」に設定された声だった。
最初はこの声にも驚いたものだが、今となっては幼馴染の声を聴くような感覚だった。
「発言の意図が不明です、マスター。機体の調子と言う事であれば万全の状態です。ですが、そうですね。ヒトに例えるのであれば、元気、と言う事なのでしょう」
プログラムではあったが、学習し、思考する特性からか、最近はまるで人のような返し方をするようになってきていた。
「はは、そっか」
「他に、ご質問はありますか?」
「いや、無いよ。今日も宜しく、八意」
「はい、マスター。貴女の命令に従います」
そのやり取りが済んだ直後、チェイサー本体のエンジンが起動。心地よい振動と音を、耳に届けた。さらに、目の前で格納庫のシャッターが解放されていく様子が見えた。
「タイミングもバッチリ!それじゃ、張り切って行きましょうか」
幾つかのボタンを操作した上で左右の操縦桿を握り、チェイサーを発進させた。
すると、前後に分かれた四脚が前後それぞれで連結し、単車のような趣きを持つ形態へと変形した。街中を走行することを考慮した仕様になっているのが、このチェイサー「サカズキ」の特徴だった。
そしてそのまま、軽快な走行性能を生かすように、増田重工業の格納庫を後にするのだった。