何だかんだ頑張ってます
異世界に強制召喚されて早数か月、日本人のたくましさに目を丸くするウイザードリィ王国の人々とは逆に、日本人側は彼らの打たれ弱さに驚いていた。
「何でたかが大雨であんなに右往左往してるんだ?」
「震度2だぞ?子供だって平気なレベルだぞ?失神するってありえんだろ。」
日本人にとってはお馴染みのゲリラ豪雨で逃げ惑い、初めての地震でこの世の終わりかと気を失う。
雷さえ未体験だと知った瞬間、日本人全員たっぷり5秒間一言も言葉を発せられなかった。
空気の成分が地球と同じで四季もあるこの世界で有るべき厄災が何もない。
「…雨は降るんですよね?」
「無論。」
「雪は降りますか。」
「冬の頃に何度かは降る。」
「なのに雷を知らない?」
「テレビとやらで見せてもらったが、あんな恐ろしい物は降ってこない。」
「…羨ましいと言うべきか、ありえないと頭を掻き毟るべきなのか。」
「科学者としては後者ですね、ただまあ、ここは例の創造神の箱庭ですから…。」
学者先生の諦めきった台詞が、この世界の全てを正しく物語っている。
女神の箱庭。
彼女が欲しい物だけを詰め込んで、要らない物は排除された、物理法則も自然現象も無視した世界、それがこの世界、すなわち。
「考えるだけ無駄か…。」
「そう言う事です。」
学者二人のため息に、まさに箱入り息子の王国の役人が不思議そうに首をかしげていた。
そうして自然災害ありきの日本人とは真逆の、自然災害に抵抗力ゼロのウイザードリィの人々にとっての唯一の災害である魔物たち相手に、慣れないながらも順応し始めた日本人、特に最前線に立つ自衛隊の面々は何とも様変わりしていた。
「ダンジョンができた。」
その一言を聞いた瞬間の陸上自衛隊の面々の反応は主に二つに分かれた。
「「「「「「「「「「はい?」」」」」」」」」」
「「「「リアルダンジョンキター!!」」」」
前者はゲーム等にあまりなじみのない人間のちょっと言っている意味が解りませんと言う心境そのままの呟きで。
後者は完全にゲーム脳か異世界小説の読み過ぎのちょっと大人として落ち着かなければいけない一派である。
「…宝物は出ないぞ。」
「「「「「えー…」」」」」
「いやゲームじゃないんだから当たり前だろ…。」
「「「「「そんなもんどうでもいい!リアルダンジョン!それこそロマン!」」」」」
「お前らはもうちょっと落ち着け。」
おかしなテンションの一派の、さらに一部のはしゃぎっぷりに同僚達がため息交じりにたしなめるが。 彼らのテンションの高さはダンジョンで、ひたすら湧き出す魔物を退治し続ける作業に入るまで続くのだった。
「何なんだよ、ダンジョンから出てきた雑魚を出口の所でひたすら撃ち続けるとか…どこの作業ゲー…。」
「当たり前だろ俺らは勇者でも冒険者でもないんだ、効率第一の自衛隊だぞ?この人数でダンジョンの中潜るような非効率やるより出てきたとこを撃った方が早いだろ。」
ダンジョン内の広さや視界の悪さを考えても、5人や6人の少人数で敵陣の中に入って行ってわちゃわちゃするより、どうせ攻撃の為に出てくるのだから出口で仕留めた方が確実だと判断された作戦は、ロマン派たちのロマンを砕く大変地味な作業となっていた。
「…せめてドロップ品ぐらい落として消えてけよぉ…。」
「馬鹿なこと言ってないで手を動かせ、鶏や豚の殺処分あとの始末より気が楽だろう。」
ロマン派の嘆きを無視して、山積みの魔物の死骸は消えることなく隊員たちの手によって掘られた穴に家畜と同じ要領で埋められていくのだった。
「…アンデットとかにはならないよな?」
「念のために寺の息子だの神社の息子だのが有志で供養してくれるとさ。」
「…効くのかそれ。」
「何言ってんだ、日々消費されてく銃弾だの爆弾だのはそいつらのおかげで奴らに効いてるんだぞ。」
「まじか。」
「いちいち坊さんやら神主さんやら呼ばなくて済んでるのは納品の度にそいつらががんばってお祈りしてくれてるからだぞ。」
いっぺん見て見ろこのダンジョンの作業よりよっぽど楽しいぞ。
そんな同僚の意見に首を傾げていれば、数珠を持った隊員が数名やって来て、今魔物を埋めたばかりの場所に塩と酒を振りまき、お経を上げ始めた。
滔々と読み上げていくお経をぼんやり聞いていれば、不意に辺りが明るくなっていくことに首をかしげる、そろそろ夕方で暗くなっても明るくなることは無い時間帯なのにと辺りを見回し、ぎょっと目を見開く。
お経を読み上げる隊員たちの前方、魔物を埋めた辺りにキラキラとした人影がぼんやりと浮かんでいる、固まったまま凝視していれば、その人影の輪郭がだんだんとはっきりしだし彼でも知っている姿を見せた。
「…観音さま?」
まさにいわゆるお寺などで見かけるその姿が目の前に現れ絶句していれば。
静かな微笑みを浮かべたまま、手を魔物の死骸の埋めた場所にかざせば、土の中からスウッと黒い靄に覆われた様々な色の光が出て来て観音さまの腕に納まって、お経の終わる頃には黒い靄は消え去り、観音様と共に静かに輪郭をぼやけさせ消えて行った。
「え?何だ今の、え?」
「だからダンジョンの作業より見ごたえあるって言ったろ。」
混乱する同僚に笑いをこらえながら、彼は観音様の消えた辺りに手を合わせ感謝のお祈りをするのだった。
その後混乱から復活した隊員が、お経を唱えていた同僚になんであんなことが出来るのかと尋ねれば。
「いや、元の世界じゃあんなことは出来なかったよ?こっちに来てからだよ、最初はすごく驚いたけど守ってくださってるって判って涙が出るほどうれしかったよ。」
と嬉しそうに語る同僚に、釈然としないものの、自分だって魔物の攻撃を近所の神社のお守りに防いでもらっているのだからそういう事だろうと無理やり納得するしかなかった。
その後偶然見た神父の資格があると言う隊員のお祈りの際には天使が降臨する場面を目撃し目を回す羽目になり。
「お前ダンジョンにロマン求めてるくせに、神様は対応できないってどうなの。」
と散々同僚達に笑われるのだった。
「だって、あいつら俺と一緒で普通の自衛隊の隊員だろ、それがなんで観音様だの天使だの呼べるんだよ。」
と憮然として答えれば。
「確かにただ寺の子供だってだけじゃあんなことは起きないらしい、今ああやって神様やら仏様やら天使様が降臨する連中は結構真面目に修行なりして一応神職の資格のある連中だ。」
「何で自衛隊入ってんだ。」
家継げよ、八つ当たり気味に呟けば、他の同僚達も苦笑しながら。
「それだけで食ってけないだろ、ちょっと前まで無神論者だって言って平気な国だったんだから。」
国によっては大問題になるその発言がまかり通る国だったのだ、神職だけでは生活が成り立たない人間だっていた。
「…そりゃそうだけど、確かに高校の時の担任週末は坊さんやってるとか言ってたけど…。」
「そういうこった、神様と適度に距離を取って現実の生活は自分らで頑張ろうって考えれば、神職が飯食うために自衛隊入ったって良いだろ。」
「それにしたって自衛隊は…。」
「まだ言うか。」
あきらめの悪い同僚にあきれていれば、近くで休憩中だった僧侶な同僚が苦笑しながら。
「自衛隊って俺的には憧れる部分があったんだよ。」
と憮然としている隊員に語り始めた彼曰く。
彼がまだ学生の頃実家の地域で大規模な災害が起こり、運悪く建物の中に閉じ込められ死にかけていた彼の一家を助けてくれたのが派遣されてきた自衛隊の隊員たちだったそうだ。
「うちだけじゃなくて周りの人も自衛隊に助けてもらった人は大勢いた、救助がひと段落して近所のじいさんばあさんたちが親父と話して一緒に朝夕のおつとめして、落ち込んでた人達も一緒になってお勤めして、全部なくなった、失くした、死にたいって言ってた人達が親父たちと話して少しづつ元気になって、あの時助かって、助けてもらってよかった、って言うようになって、俺はそれを見てることしかできなかった、だからそうなりたいと思った。」
本当に単純な事だ、直接助ける力のある自衛隊の隊員たちに憧れ、心を助ける手助けの出来る父を尊敬した。
「で、まあどっちか片方って選択が普通なんだろうが、親父がそんなになりたきゃ両方なればいいって言ってくれてな。」
自衛隊になりたければなれば良い、僧侶になりたいならなれば良い、どちらか一つなんて言っていなくても本気でなりたいのなら両方なれ、幸い自衛隊には定年がある、しかし僧侶とは一生が修行である、80になろうが90になろうが悟りを求めて修行する者である、お前が真剣に2つの道を進みたいと思うなら御仏は見ていてくださる。
「要するに自分はまだ元気だから自衛隊になってこい、それも修行だってことらしい。」
高校卒業と同時に山で修行し無事修行を収めて僧侶になった後、自衛隊員になったと言われて、開いた口はふさがったが、なんだか自分が薄っぺらい人間に思えて沈黙する彼に。
「まあ、本当に貧乏すぎて食うに困って自衛隊に入ったってやつもいるけどな。」
なんせ教師とかと違って特別な資格とかいらないだろと笑ってみせるのだった。
また後日、偶然神父の資格があると言う隊員と一緒に任務にあたる機会があり、同じように自衛隊になった経緯を尋ねれば。
「いや、じい様の教会を継ぐつもりで神父になったんだけど老朽化がひどくてさ、教会建て替える資金をまず稼ごうと思って入隊した。」
何せ信者がよぼよぼの年金暮らしの年寄しかいないからお布施寄越せとも言えなくってさ。
からからと笑う彼に神父って結婚できなかったんじゃないかと尋ねれば、ばあさんが若い時に死んだショックで出家した、寺じゃなく教会だったのも家の目の前にあったからという突発的な理由だったと聞き、コメントに困っていれば。
「本当に考えなしだよな、それまで思い切り仏教徒だったくせに。」
と大笑いしていた、ちなみに彼自身の出家理由は。
「え?結婚しなくていいから。」
との事である。
「一般職でもいいだろ。」
「何言ってんの、衣食住ほとんど気にしなくてもいい職場で真面目に昇格して働いてれば定年まで安泰、扶養家族も宗教上の理由で増える予定もない、こんな好条件の職場ほかにあるかよ。」
結婚を推奨される環境とは言え、神父に結婚を進める人間は居ない程度に常識を持った環境を彼は心から謳歌していた。
「何でこれで天使が現れるんだ…。」
「別に不信心なことしてるわけじゃないからじゃないか?朝夕ちゃんとお祈りはしてるし、飯の前の感謝の祈りもしてる、自衛隊なら人に銃向ける訓練はしても本当に向ける機会なんてほぼない、それどころか人命救助が主な仕事で、今やってるのは魔物退治。」
多分昔の十字軍とかよりよっぽど神様的には手助けしやすいだろ。
人の子同士で殺しあう為に勝手に象徴に祭り上げてきた軍隊より、同胞を守るために真面目に訓練をして魔物を退治する聖職者。
「やばい、字面だけだとまるで聖人だ。」
「うん、だからだろ助けてもらえるの。」
あっさり言われてもそれで良いのか感がぬぐえない。
「人格無視だ。」
「そこは大目に見てもらってるんだろ。」
聖職者と言っても人それぞれだ、そう言って笑う神父な同僚にそうかもしれないと溜息を付いた。
また別の隊の神主の息子が、隊員全員の分のお守りを頼まれたが面倒だったので実家に丸投げしたと聞き、大丈夫なのかと聞いた時。
「えー、金にならないのにそんな面倒な事やりたくないっす。」
面倒な神事が嫌で自衛隊入ったのにそれじゃあ本末転倒だとブウブウ言っているのを本当に人それぞれだとしみじみ思うのだった。
後日この隊員の実家が近隣でも小規模ながら1・2を争うほど有名な神社で、父親を始めこの隊員の4人いる兄弟全員が駆り出されてもさばききれないほどの忙しさで父親が倒れたと聞いた時には。
「だから俺実家出たんっすよー。」
とへらへらしている隊員を同僚一同で。
「「「「手伝ってこい!実家が落ち着くまで帰って来るな!」」」」
と蹴り出したのは良い思い出である。
「ああ、また作業ゲー…。」
「がんばれ、撃ってりゃその内交代だ。」
何はともあれ、聖職者でも何でもないただの隊員たちの1日はこうして過ぎて行き。
「交代です!」
「やっとか、ってあれ?お前なんでいるんだ?」
「…役に立たないんで人様のために命張って来いって実家追い出されました。」
「…まあ、ガンバレ。」
「ハイ…。」
色んな思いを飲み込んで、隊員隊は日々頑張るのだった。