服屋での出来事
頭から熱が消え去った。
そうだ、ステラと初めて会った時あんなに怯えていたじゃないか。獣人は人間からよく思われていないっていうのも知ってた。俺は一体何をやっているんだ。
「どうかしたのかい?」
俺達のやり取りを聞きつけたのか、奥から別の店員がやって来た。せめてもと俺はステラの前に立ち、その視線から遮る。ステラは依然俯いて微動だにしない。
「いえ、獣人という汚れた者が当店の敷居を跨いだので、お引き取り願おうとしただけです」
………は?今なんて言った?
「おい、その言い方はーーー
「ええ!?何その服!ちょっと良く見せて!」
あんまりだろう、という俺の台詞は興奮した声に掻き消された。
声の主は後から来た方の店員だ。俺と同い年くらいの女の子。眼鏡の下の目を爛々と輝かせ、息は荒い。もはや危ない雰囲気すら醸し出している。そんな女の子がベタベタと俺の許可なく肩やら胸やらを触られる。全く嬉しくない。てか怖い。
「ねえ、君!この服どこで手に入れたの!?」
「おい、一旦離れろ!そんな事よりもそこの店員についてだな……」
「あー確かにそうだね。ところで、この服どこで手に入れたの?」
「そう思うんだったら、そっちの店員にさっきの発言を取り消させてくれないか?」
「うんうん。で、どこで手に入れたの?」
「お前さては会話する気ないな!?」
いつまで経っても、定型文しか吐かないNPCみたいに話が進まないので、先にメガネ娘の質問に答える事にした。
「俺の故郷の服だよ。ほら」
見たい見たいうるさかったので、制服を脱いで渡す。というか脱いだ瞬間奪い取られる。
メガネ娘はへーとかほーとか言いながら、いろんな角度から服を見た後、服を宝物のようにひしっと抱きしめながら首を軽く傾げて一言、
「この服ちょうだい?」
「は?何言ってるんだよ、ダメに決まってんだろ」
可愛こぶるな、ウインクするな、イラっとするから。
「えー!?何でよ、良いじゃないちょうだいよ、ケチ!」
「お前さっきから情緒が不安定すぎんだろ!というかそれあげたら俺の着る服がなくなるわ」
俺がそう言い放つと、メガネ娘が俯く。そしてそのまま話し始める。
「お客さんはここに来たってことは、服を買いに来たんだよね?」
先ほどまでの熱に浮かされたような様子から一転、感情の篭ってない声に耳を傾ける。
「確かにそうだが、この店ではもう買う気ないぞ。そっちの店員のせいで気分悪いし「お安くしますよ?」話を聞こう」
ガルクにも言われたしな。金は大事にしろって。安く買えるなら、それに越したことは無い。ただし、
「それはそこの店員が謝ってくれたらだけどな」
俺は件の店員に目を向ける。すると睨み返されたので、さっと顔をそらす。だって怖いし。何?目力強くない?
「私は謝りませんよ、店長」
「え、店長?一体何処にいるんだ?」
俺は辺りを見回すが、それらしき人物はどこにも見当たらない。
「え、目の前にいるじゃない」
目の前でメガネ娘が自分の顔を指差している。
あーこいつが店長ね。なるほどなるほど………
「よし、ステラ。別の店行くぞ」
「えー!?なんで待って待って待って!」
「うるせえ!こんな危ない奴が店長の店なんか信用できるか!」
「ああっ!待って待って!サービスするからぁ!お願いだからぁ!」
「この、大人しく服を返せ!どうせサービスするったってちょっと安くなるくらいだろ!それならこの店じゃなくても「何着かタダであげるからぁ!」話を聞こう」
ガルクにも(以下略
「よし、決まりだね!」
メガネ娘の言葉に釣られ、俺はここで服を買っていくことに決めた。
数分後、俺は制服と交換で街中でよく見かける麻の服を5着貰った。後ついでにフード付きの服も1着。
「これはさっきの子のお詫び。でもね、あの子が獣人を嫌い……いや憎んでいるのには理由があるんだ」
「理由?」
「うん。あの子はね、親を獣人に殺されているんだよ」
……殺されているか。戦争してたんだもんな、そういう事もあるだろう。ただあまり実感が湧かない。所詮平和な日本育ちの俺には、戦争なんて教科書の文章の上での出来事でしかないのだから。
「なるほど。親の仇って訳か」
「そう。でも、あの子ほどじゃないにしても、ここには獣人をよく思ってない人はたくさんいる。だから君が守ってあげなきゃダメだよ。彼女が悲しむのは、本意じゃないでしょ?」
「………分かった。忠告ありがとな………また来るよ」
そう言い、俺は店を後にした。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「またのお越しをー!」
「…はぁ」
少年と少年に対して何やら怒っている獣人の女の子に無邪気に手を振っている店長を横目で見て、私の口からは無意識のうちにため息が漏れました。
「あの子達凄い仲よさそうだよね」
「全く……店長は優しすぎます」
「………そうかな?」
「さっきの獣人が親の仇って話は……私ではなく店長の話ではないですか」
「うん、そうだね。ごめんね、勝手に話に使っちゃって」
そう言う店長は、いつもの自信満々な様子とは違い、年相応のか弱い女の子にしか見えません。
「いいえ、私は別に構いませんが、店長は……」
「うん……君が私のために店に獣人を入れないようにしてくれてる事は知ってるよ。でも、もう良いんだ」
「……それはどうしてですか?」
「もし、今私の目の前にお父さんとお母さんを殺した獣人が来れば、私は憎しみで我を忘れてしまうかもしれない。でも、それにさっきの子は関係ないでしょ?」
「それは……」
「獣人だけじゃなくて、人間にだって悪い人は沢山いる。獣人だからって理由で拒絶してたら、私は誰も信用できなくなっちゃうよ……君のこともね。だからこういうのはもうやめよう。……よし!じゃあ持ち場に戻ろうか!後……今までありがとう。これからもよろしくね!」
「……分かりました。……ふふっ」
「あー今笑ったなぁ!?」
そう言って顔を真っ赤にして怒る店長は、憑き物が落ちたかのように晴れやかな顔をしていました。