初日の終わり
「ーイ、ーーーーよ」
んんっ、後5分………。
「ーイ、ーーーたよ」
も、もうちょっとだけ……。
「もう、ご飯できたってば」
「いいいッ!?」
脇腹がちぎれるかと思う程の激しい痛みによって、無理やり心地よい微睡みから叩き起こされる。ガバッと身を起こした俺はすぐさま周囲を確認する。すると、ベッドの隣にニコニコと笑顔を浮かべているステラがいた。
「あ、起きた」
あ、絶対こいつが犯人だ。
「す、ステラ、今俺に何かしたか?」
「いやーセイがなかなか起きなかったから、指で脇腹を……こう、キュッとね?」
ステラが指先で軽くつまむ様な仕草をした。
「そんな可愛い擬態語ですむような痛みじゃなかったんだが!?」
この痛みはもう何かそれ専用の特殊な訓練を受けてないと出せないレベルじゃないのか?
「そんな事よりもセイ、晩御飯出来たよ。下行こ?」
そんな事……。
「わ、分かった。わざわざ呼びに来てくれてありがとな。ただ出来れば、次からさっきみたいな起こし方はやめてくれないか?」
「だって何回も呼んだのにセイが起きないから」
「そ、それもそうだな。今度はすぐ起きるようにする」
今度からはすぐ起きよう、うん絶対そうしよう。この分じゃステラがいる限り寝坊なんて出来そうにないな。……こんな優秀な目覚まし俺にはもったいないから誰かに譲ってあげたい。
「じゃあ行こっか」
俺はステラに先導され、食堂に案内された。食堂に近づくと、ガヤガヤと騒がしい話し声が聞こえてきた。へえ、俺以外にも泊まってる人結構いるんだな。
ステラに続いて食堂に足を踏み入れる。
「お父さん、セイを連れてきたよ」
その声はやたらとはっきり俺の耳に響いた。
何故かって?
さっきまでの騒がしい話し声がピタッと止まり、食堂にいた全員がこっちをガン見していたからだ。
「に、」
あ、このパターン知ってる。し○けんゼミでやったやつだ。
「「「人間〜〜!!!」」」
……耳を塞いでも鼓膜が破れるかもって思う事あるんだな。
「いやぁ、いきなり大声を出してすまなかった。だが何でここに人間がいるんだ?」
それはこっちが聞きたいんだけど。何で獣人しかいないの?
俺は食堂を見渡すが、獣人しかおらず、人間は一人もいなかった。
「知り合いの紹介できたんだ。良い宿だって聞いたからな」
「ほーそいつは分かってるな!こんな良い宿なかなかないぞ!」
バンバンッと背中を叩いてくるのは、ザリフという狼人族の大男だ。痛い痛い痛い!
「ちょっとあなた、彼痛がってるわよ。程々にしておいてあげなさい」
そう言って、ザリフを止めようとしてくれるのは、こちらも狼人族のカンナだ。なんと二人は夫婦らしく、二人でパーティを組んで冒険者をやっているらしい。ザリフはゴツい鎧を、カンナは真っ黒なローブをそれぞれ纏っている。
「それって危なくないのか?」
「まあ危険なことには違いねえが、儲けがいいんだ。普通に商売するよりかはよっぽどな」
聞けば、ガルクの様な獣人はこの王都だとだいぶ珍しいらしい。なんでも獣人が商売をしようと思っても、人間が買ってくれないから儲けが出ない。ガルクの様に宿をやるにしても、同じく人間は泊まらない。よって必然的に王都に住んでる獣人は、冒険者になる者が多いらしい
「……もしかして人間と獣人って仲が悪いのか?」
「は、何言ってんだ?数年前まで戦争してたじゃねぇか」
「戦争!?」
思ったよりも大事だった。
「何でもこっちの王様が代替わりして和解したらしいぜ」
「なるほどな。てかそんな状況でお前らはここにいても大丈夫なのか?」
「ああ、それなら大丈夫だ。確かに亜人に対する扱いが良いとは言えないが、ギルドは普通に使えるし、生きるのには困らねえよ」
「そうか……。それでも居心地がいいわけじゃないんだろ?帰ろうとはしないのか?」
「まあ思わねえ事もねえが、まだ国境付近はピリピリしてるらしい。今大陸を渡ろうとすると、間諜か何かと勘違いされて殺されるかもしれねえんだよ。それに……人間の国は飯がうめえんだよ」
「飯?」
「ああ。俺らの獣人は焼いたり煮たりするだけで、手の込んだ料理なんか殆どしねえからな。人間の作る凝った料理にはとてもじゃねえが敵わねえ」
「はい、料理持ってきたよ」
ザリフの話に割り込む様に入ってきたのは、ステラだった。ザリフと雑談してるうちに料理が出来上がったみたいだ。ステラの持つ器からは香ばしい匂いが漂ってきて胃袋を刺激する。
「おお!凄い美味そうだ」
「ふふっ、遠慮せず食べてね。おかわりもあるから」
「いただきます!」
もともと腹が減っていたのもあって、俺はステラからら料理を受け取ると、すぐに食べ始める。
ステラが持ってきてくれたのは、ビーフシチューとパンだった。早速パンをちぎってビーフシチューに付けて食べる。
「んん!美味い!」
異世界のパンってどことなく硬いイメージがあったが、全くそんな事なく温かいビーフシチューと、柔らかいパンが口の中で絡み合い、五臓六腑に染み渡る。
ビーフシチューとパンはみるみる無くなり、気がつくとおかわりした分も綺麗に消えていた。
「ふぅ、ご馳走様でした」
「それは何だ?確か食べる前にも何か言ってたよな」
夢中になって食べる俺を邪魔しないためか、食事中ずっと黙っていたザリフが口を開く。
「あーこれは、俺の故郷ではみんな言う事で、食材や作ってくれた人に感謝の気持ちを伝えるんだ」
「あんだけ美味そうに食ってくれれば、それだけで俺は十分だがな」
声の方を向くと、ガルクが頭に巻いたタオルを取りながらこちらに歩いてくるのが見えた。こうしてみると、まるでラーメン屋の大将の様で、なかなか似合っていた。
「ああ、めちゃくちゃ美味かった」
「なら良かった。そういえばセイは明日なんか予定とかあるのか?」
「え?ああ、明日冒険者ギルドに行こうとは思ってる」
結局俺は冒険者ギルドを選んだ。魔法は多分無理だし、俺に商才があるとは思えないからだ。
「そうか。場所は分かるのか?」
「分からないけど、適当に王都をぶらぶらしながら探そうかなって」
「なら、明日は冒険者ギルドに行くついでに王都をステラに案内して貰えばいい。……ステラもそれでいいか?」
「え?うん。セイがそれでいいなら」
「ああ、ステラさえ良ければ頼む」
ガルクはどうにもステラと俺を仲良くさせたいらしい。まあ別に嫌じゃないからいいが。
「じゃあ決まりだね。明日も私が起こしに行くから、今度はすぐ起きてよ?」
「ああ、神に誓ってすぐ起きよう」
男に二言はないのだ。
「今日はこれから何かするのか?」
「いや、特に何かする予定はない」
「そうか、また何かあれば言ってくれ」
「ああ、なら早速で悪いんだが、何か体を洗える様なものはないか?」
「それならお湯を入れた桶とタオルを用意するから受付の方に回って受け取ってくれ。ステラ」
「分かった。じゃあセイ、こっちに来て」
俺はステラについていき、受付で桶とタオルを受け取る。使い終わったら受付まで持ってきてくれという注意を聞いて、部屋に戻った。
「欲を言えば風呂に入りたかったが、文句は言えないな」
貰った布で体を拭いていく。森を通ったりしたせいで汚れていたからか、拭き終わった後は意外にさっぱりした。
使い終わった桶と布を受付に返しに階段を降りる。ちらっと入り口を見ると、すっかり日は落ち、真っ暗だった。昼間はあんなにうるさかった喧騒も鳴り止み、時々酔っ払いらしき叫び声が聞こえるだけで、後は静かなものだ。
日本だと、街灯のおかげで夜でもこんなに真っ暗ではないし、車なんかも走ってたから、こんなに静まり返ってもなかったな。
「あ、もう終わった?」
ステラの言葉で意識を引き戻される。
「ああ、返しにきたんだ。ありがとう」
そう言い、俺は桶と布を渡す。
「うん、また必要になったら言ってね。今日はもう寝る?」
「そうだな、今日は疲れたしもう寝るよ。明日はよろしくな」
「うん、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
俺は部屋に戻り、ベッドに横になる。この世界は本当に良い人が多い。そのことに感謝しながら、眠りについた。