似た二人
いるかもしれないとは思っていたが、こんなにすぐ出会うなんて……。獣人ってやつなのだろうか?綺麗な黒い髪の上に、猫耳が二つピンと立っている。絶対触ったら気持ちいい、間違いない。
それにしてもなんでこんな泣きそうな顔してるんだ……?俺何もしてないよな。
「な………なに?」
な、なんでこんなに怯えられてるんだ?こっちが泣きそうになるわ!もしかしてさっき凄いガン見したからキモいとか思われているのだろうか……。と、取り敢えずこの果物だけ返してさっさと別れたほうが良さそうだ。うん、そうしよう。
「これ……君のだよな?」
果物を見せながら、一応そう尋ねる。
こくっと小さく頷く猫耳少女。何これ可愛い。
「やっぱり。……はい」
少女に向かって果物を差し出す。
「………………?」
キョトンとした顔で首を少し傾ける猫耳少女。何これ可愛い。
「え、これ君のなんだよな?」
こくっこくっ
何こ(以下略)。
「じゃあはい」
「……いいの?」
「いや、いいも何も元々君のだし」
俺は半ば強引に果物を握らせる。何だか怖がられているようだし、それじゃ、とだけ口にして俺はその場を立ち去……ろうとした。
「ちょ、ちょっと待って」
さっきとは逆の構図。今度は俺が猫耳少女に呼び止められた。
「えっと……何だ?」
「あ、ありがとう」
そう言って90度以上頭を下げられた。せっかく拾ったのにまた果物落ちそうだ。
「そんな大層な事はしてない。果物拾って返しただけだ」
「あ、あのっ」
ずいっと猫耳少女が顔を上げる。まだ何かあるのか……
「何かお礼がしたい……」
「お礼?」
猫耳少女がこくっと一つ頷く。
お礼か……果物拾っただけだしな。別に礼とかいらな……あ、そうだ。
「じゃあ、この辺で「獣の集い」って宿知らないか?探してるんだ……が」
俺がそう言った途端、猫耳少女は再び目を潤ませた。何故だ……
「そ、それを知って……どうするの……?」
「どうするって……普通に泊まるつもりだが。知り合いにいい宿って聞いたもんだから」
言い終わるや否や、猫耳少女の顔がパァーッと先程までの表情が嘘のように明るくなった。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「お父さん、お母さんただいま。お客さんだよ」
猫耳少女の声が響き渡る。少し遅れておかえり、という二種類の声が返ってきた。
「お客さんか、ようこそいらっしゃいまし……」
「どうしたのあな………た」
奥からできてきた二人組がこちらを見た瞬間、フリーズした。
「「に、人間〜!?」」
「うるせぇぇッ!!」
叫ばずには居られないほどうるさかったとだけ言っておく。流石獣人。……初めて獣人すげーって思うのが声量ってどういう事?
「いやぁ、先程は取り乱してすまなかったなぁ」
そう口にしたのは、2メートル以上の背丈がある大柄の男。頭から丸い耳が生えている。おっさんのケモ耳とか誰得だよ。
「お見苦しいところをお見せして……」
続いてこちらは、おっとりした垂れ目の女性。男と同じような丸い耳が生えている。こちらはよくお似合いだ。是非触らせて頂きたい。
「いや、特に気にしてないからいい」
うるさかった事以外は。今も若干耳がキーンってなってるし。
「俺はガルク、こっちは妻のジルだ」
「ガルクにジルだな。俺の名前はセイだ、よろしく」
「お茶汲んできたよ、お父さん。セイもお茶で良かったよね?」
「ああ、ありがとうステラ」
俺は、猫耳少女もといステラからコップを受け取る。
コップを手渡すと、ステラは盆を戻しに厨房の方へ小走りで走っていった。ジルもこちらに一礼してから、その後をついていく。
俺は横目でそれを見送りながら、ズズッとお茶で喉を潤して一息つき、ガルクの方を見る。するとガルクは何故か目を丸くしていた。
「ん、どうしかしたか?」
「いや、ステラが誰かに懐くなんて珍しいと思ってな」
「ああ、最初は凄く怯えられたけどな」
「ステラは人見知りなところがあるからな……。何か仲良くなるような事でもあったのか?」
「いえ、特別な事は何も。ただ少し話をしただけだ」
「話?」
「ああ」
「私はステラ。あなたは?」
「ん?俺はセイだ」
「セイ……さんはどこから来たの?」
「セイでいいぞ。……凄く遠いところ……かな」
隣を歩きながら、ステラから質問される。
ニホンと答える訳にもいかないので曖昧に濁した。
「一人で来たの?」
「………うん、そうだよ」
「お父さんとお母さんは?」
「……親は居ないんだ。俺が生まれてすぐ事故でね」
ハッと小さく息を呑む声が聞こえた。チラッと横に目線を送る。こちらを見る目には驚きの色が浮かんでいた。今まで何度も見てきた悲哀、憐憫、そのどちらでもなく、ただただ驚きの色だけが。
「そっか……寂しくないの?」
「ううん、全然。俺には今まで大切に育ててくれた爺ちゃんと婆ちゃんがいたからな。今は訳あって離れたところにいるけど」
俺は会ったばかりの子に何を話しているんだろうか。どう考えても初対面でするような話じゃないだろ。でも何故かスルスルと言葉が出てきた。
「そっか。……私のお父さんとお母さんもとても優しいよ。会えばきっとセイも仲良くなれると思う」
「そうか?だといいな」
「うん」
ーーーっていう話をしたんだ」
まさかこんなすぐ会うことになるとは思わなかったけど。
「………………………」
返事がないと思って、ガルクの方に目をやると難しい顔をして押し黙っていた。
「出会ってすぐの人にするような話ではなかったな。気分を害したなら謝る」
「ん?いや、そういう訳じゃないんだが………そうか、お前も親がいないのか」
「お前も?」
「俺らはステラの本当の両親じゃねぇんだ」
………なんだって?
「………亡くなったのか?」
「いや、そうじゃない。なんて言えばいいんだろうな………ステラを育てるのがどうしても難しくなったんだ」
「一体どうして?」
「……髪だ」
「髪?綺麗な黒髪だったと思うが……」
「それだよ。黒髪だからだ」
「え、そんな事で?」
「そんな事と思うか?でもな、ステラの両親……というより猫族にとってはそれだけじゃねえんだ」
猫族……獣人にも種類があるって事か。ガルクの耳とか猫っぽくないしな、何か他の動物のかもな。
「猫族の間では、黒猫……つまり黒髪ってのは禁忌なんだ。黒猫は不幸の象徴、災いを引き寄せるってな。もしステラの存在が知られたら、問答無用で殺されていただろう」
「そんな……ステラは何も悪くないじゃないか……」
「確かにな。だが、猫族には猫族の掟ってもんがある。それをどうにかすることは誰にもできねえ。だからステラの存在を他に知られるわけにはいかなかった」
「育てるのが難しいってそういう事か……」
「そうだ。そこで俺ら夫婦の出番って訳だ。ステラの親とは昔から付き合いがあってな、育ての親を頼まれた」
「そうだったのか……。その事をステラは?」
「知っている。だからかもな。同じ黒髪で親がいない……自分とよく似たお前に興味が湧いたのかもしれない」
「………………」
確かにそれは仕方のなかった事かもしれない。でも……それでもそれを聞いてステラはどう思っただろう。
「ふふっ」
思わずといった風に目の前でガルクが小さく笑った。
「ここに泊まっている間だけでいい。ステラと仲良くしてやってくれないか?」
「え?」
「俺達は本当の親ではないが、ステラにはきちんと愛情を持って接してきたつもりだ。だが、俺達ではどうにも出来ない事もある。……あの子には同年代の友達が居ないんだ。あの子の……ステラの友達になってやってはくれないか?」
「……俺で良ければ」
「ああ、ありがーー」
「ふたりでなんの話してるの?」
いつの間にこっちに来たのだろうか。ヒョコっとガルクの後ろからステラが顔を出した。
「別に大した話じゃねえよ。それよりステラ、こっちの………えっとすまん。名前なんて言ったっけ?」
「セイだ」
「セイを部屋まで案内してやってくれ」
「うん、分かった」
ステラが返事をする。さっきまでの怯えはすっかり消えていた。ちなみに何故あんなに怯えていたのか聞いたところ、ステラは人間の男と接したことがなく、ガルクに人間の男は怖いモノだと教えられていたかららしい。何やってんだか。
「じゃあセイ行こ。あれ?そういえばセイは遠い所から来たんだよね?荷物とかないの?」
「ああ……それなんだが……」
俺は荷物を失った経緯をステラに説明した。
「ふふふっ。セイって結構抜けてるんだね」
「そ、そんなに笑うことないだろ……」
「ご、ごめんなさい………ふふっ」
「まだ笑ってんじゃねえか!」
この世界では鳥に荷物を全部持っていかれた話がそんなに面白いのだろうか、ステラは目尻に涙を浮かべるほど笑っていた。
まあ、あの泣きそうな顔よりかはよっぽど良いか。こんな表情でずっと居てくれるように頑張らないとな、そう思わせてくれるような魅力的な笑顔だった。
そんな話をしていると、一つの扉の前でステラの足が止まる。
「ここがセイの部屋だよ」
ギィッと木の軋む音を立てながらステラが扉を開ける。広さ6畳程の部屋に簡素な木のベッドと机、後椅子。中にあったのはそれだけだった。まあ日本のホテルとかと比べるのは、幾らなんでも酷か。別に何か不便なことがあるって訳でもないしな。
「じゃあ夕飯の時間になったら呼びに来るね。ごゆっくりどうぞ」
「ああ」
扉を閉じ、ステラが立ち去っていく足音が聞こえた。
「………ふぅ」
やっと休める、そう思ったら急にどっと疲れが湧いてきた。
俺は脳の命じるまま、ベッドにうつ伏せにダイブする。ボフッという音を立ててベッドが俺を受け止めた。
このまま寝たい……という考えが浮かぶが、ふと右足の付け根に違和感を感じた。正体を確かめようと右手で弄る。
ああ、森で女の子に貰ったお金か………あれ、そういえばガルクとお金の話してないな。
動きたくないと我儘を言う身体に無理やり言うことを聞かせながら、むくっとベッドから起き上がる。
ギイっと木の軋む音を立てながら、部屋から出て、先程ステラと一緒に上ってきた階段を今度は下っていく。すると、ガルクの奥さんのジルを見かけた。
「あら?セイさんどうかしましたか?」
「ガルクが何処にいるかわかるか?」
「主人ですか?あの人なら厨房にいますよ」
へぇ、ガルクが料理を作るのか。てっきりジルさんが作るのかと思ってたわ。
俺はジルに礼を言い、厨房に向かった。
「金?あー、セイは払わなくて良いぞ」
獣の集いの厨房にて。
ガルクに宿泊費の事を聞くと、このような返事が返ってきた。
「いやそれはいくら何でも……」
「あーその……なんだ、俺はな、セイには出来るだけ長くここに居て欲しいんだ……ステラのためにもな。んで、お前も王都にいる間泊まれる場所を探している。つまりお互いにメリットがあるって事だ。そもそも金なんて持ってんのか?ここに来るまでに持っていた荷物全部無くしたんだろ?」
「それはそうだけど、お金ならーー」
「あるってか?ウチに何日泊まってもどうって事ないだけの金が?………そうじゃないならやめとけ。セイは王都に来たばっかでこれから要り用になるものも色々あんだろ。そういう時のためにその金は取っとけ。子供があんまり無理するんじゃねえよ」
俺が懐に伸ばした手に目をやりながらガルクが言った。
「………わかった」
「話はそれだけか?なら今は部屋に戻って休んどけ。疲れてんだろ?顔見りゃわかる。晩飯出来たら呼ぶからよ」
そんなにひどい顔をしているのだろうか。眠気が酷いのは否定しないが。
結局、良い反論も浮かばずガルクの優しさに甘える事になった。ただ、いつか払えるようになれば払おうと思う。甘えっぱなしは良くないしな。
ガルクと別れて再び自室に戻った。睡魔の猛攻が激しく、脳みその半分ぐらいはすでに機能停止している気がする。
ベッドまで辿り着くと、力尽きる様にうつ伏せに倒れこんだ。急速に意識が薄れていく。ものの数秒で俺は深い眠りに落ちた。