とある兵士との出会い
「遠くから見た時も思ったけど………やっぱでかいなぁ……」
女の子と別れて少しして。俺は王都の周りをぐるっと囲っている巨大な壁まで辿り着いていた。
おそらくは防壁なのだろうその壁の上には、大砲やらバリスタの様なモノやらが並べられている。足元から続く道の先には大きな門があり、あそこから中に入るのだろう。
門に近づくと、左右に一人ずつ人が立っている。兜を被っているところから察するに、警備を任されている兵士だろうか。お勤めご苦労様です。
よし、取り敢えず話しかけてみよう。
「あのーすみません」
「ん、何だお前は?……黒い髪か、この辺では見ない顔つきだな、どこから来た?」
「えっと……日本というところから」
「ニホン……?聞いた事がないな」
お互い様です。
心の中でそう呟いた。
「何か身元を証明できるものはあるか?」
「………いえ、持ってないです」
あれ、なんか不穏な空気が。
「ふむ……。よしお前、ちょっとこっちに来い」
え、どうしたの?これから何されるの俺。
俺は内心ビクビクしながら、仕方なしに目の前を歩く兵士に着いて行った。
☆☆☆☆☆☆☆☆
結論から言えば、俺の心配は全くの杞憂だった。
「よし着いたぞ、ここだ」
連れてこられたのは、小さな部屋だった。簡易な机が真ん中にあり、丸椅子が向かい合う様に2つ並べられている。後、何故か机の上に占い師が持ってそうな水晶玉みたいなものが置いてある。あれは一体なんだろう?
兵士はズカズカと部屋に入っていくと、奥側の椅子に腰掛けた。そして徐に兜に手を伸ばすと、留め具を外し、その顔を露わにする。
年齢は多分20歳ぐらいで結構若い。逆立った金髪と鋭い目つきが特徴的な青年だった。
「フゥーー。やっぱこれ被って、外立ってるとめちゃくちゃあちぃな。ったく、ちょっとは通気性良くするなり対策しろっての」
開口一番そうボヤく青年。と、部屋の前にポツンと突っ立っている俺。あの、一体俺はどうすれば?
「おう、そんなとこに突っ立ってないで、そこ座れよ」
なるほど、座って良かったのか。特に断る理由もないので、青年と向かい合う様に席に座る。
「よし、最初に軽く自己紹介しておくか。俺の名前はギル。見ての通りここで兵士をやらせてもらってる。お前の名前はなんて言うんだ?」
「セイです」
「セイ……ね。で、お前は何しに王都に来たんだ?」
いつの間にか、青年……ギルの話し方が砕けたものになっていた。
ていうかあれか。ここに連れてこられたのって、ただ詳しく話を聞きたかっただけか。
何だ、心配して損した。いきなり腰の剣でバッサリやられるのかと思ったよ。
さて、何と答えるべきだろう?正直王都に目的なんか無い。ここしか行くあてが無かっただけだ。それらしい理由をでっち上げるか。
「一度王都を自分の目で見てみたいと思って」
この国はこの大陸で一番大きいらしいし、観光目的で王都に来る人は、多分珍しくないと思う。実際、ギルはふぅんとだけ言って特に怪しんでいない様子。
「見たところセイは随分若えが、一人で来たのか?親は?」
一応今年で16歳だし、一人で行動するのはそこまでおかしい事じゃない気がするけど……。日本人は実年齢より下に見られることも多いって聞くし、もしかしたら俺ももっと幼いと思われてるのかもしれないな。
「一人で来ました。親は居ません」
「あー悪い、失礼なこと聞いちまったか?」
「いえ、小さい頃から居ないので気にしてないですよ」
これは本当。両親の顔は写真でしか見たことがない。俺が親といって真っ先に思い浮かぶのは爺ちゃんと婆ちゃんだな。
「それにしても、セイは見た所手ぶらに見えるが……どうやってここまで来たんだ?」
少ししんみりとした空気を変えようとしたのか、ギルが話題を変える。
「えっと、ここに来る途中でデカイ鳥に荷物全部持ってかれました……」
「え、マジ?」
「残念ながら、マジです……」
「ふ、ぶふっ、あっはっはっは!!え、荷物全部持ってかれたの!?鳥に!?それは災難だったな!」
「そ、そんなに笑わなくても良いじゃないですか……」
「あー悪い悪い。そんなまぬk……面白い奴初めて会ったからな。なるほど……それで何も持ってなかったのか」
おい、今こいつ間抜けって言いかけなかったか?気のせいか……気のせいだよね?
「セイって結構面白い奴なんだな、気に入った。この街で何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれよ。俺、これでも結構強いんだぜ?」
カラカラと笑いながら、ギルが言う。何だ、この世界には善い人しかいないのか?馬鹿にされてる気がしなくもないけど。
「あ、はい。ありがとうございます」
ギルは兵士だし、荒事にも慣れているだろう。お言葉に甘えて、何かあったら是非頼らせてもらおう。
「そういやずっと気になってたが、別に無理して敬語使わなくて良いぞ?セイとは今後も仲良くしたいしな。それにセイみてえな子供が敬語使ってんのはなんか気持ち悪い。」
「き、きも……。じゃあ、お言葉に甘えて。これからよろしくな、ギル」
「おーおー、やっぱそっちの方が良いわ。城下でもそうしとけ。いちいち文句言う奴なんていねえからよ」
「うん、そうする。ところで何で俺が無理してるってわかったんだ?」
「まあお前よりは長く生きてるからな。そんなもんお見通しよ」
「ふぅん。ちなみにギルって何歳なんだ?」
「今年で18歳だな」
「え、じゃあ俺と二つしか変わらないじゃないか」
「え………お前いくつ?」
「今年で16」
「お前見た目若すぎだろ!13か14ぐらいだと思ったわ!」
「逆にギルは老けてるよな。絶対20超えてると思ったよ」
「んだとコラァ!!」
「ああん、やるかぁ!?」
お互い机をバンッ!!と叩き、立ち上がって睨み合う。
「「ふっ、あはははっ!!」」
少しの静寂の後、どちらからともなく気づけば声を上げて笑っていた。
「あー、セイとはなんか初めて会った気がしないな」
「俺もそう思ってた」
何だか知らないが、ギルのノリは心地良い。地球にもこれ程ウマが合う相手はいなかった。ここでギルと会えたのは、とても幸運かもしれない。
「あ、忘れてた。セイ、ちょっとこの玉に手をかざしてくれ」
そうそうギルとの会話で忘れていたが、机の上に置かれていた謎の水晶玉。この玉は一体何なのだろう。俺はギルに言われた通り、手をかざしてみる。
すると、玉の中心が白く発光した。数秒で光が収まる。
「今のは?」
「ああ、これに手をかざすとそいつの犯罪歴が分かるんだ。白く光ったのはセイが犯罪歴無しだってことだな」
え、そんなことわかるの?すげーな異世界。
「俺を疑ってたのか………残念だな」
「………言っとくが、俺とお前今日が初対面だからな?」
「そういやそうだった」
「ったく……ほれ」
ギルから何かが投げ渡される。
「おっと」
慌てて掴んだそれは、一枚のカードだった。
一番上に仮身分証と書いてある。
「これは?」
「そこに書いてある通り、仮の身分証だ。代わりに手数料として銅貨2枚もらうけど、いいな?」
「あーうん、ちょっと待って」
え、お金いるの?こうなったら女の子に貰った袋だけが頼りだ。制服のポケットから袋を取り出す。
くそ、こんなすぐ必要になるなら中身確認しとけばよかった。よし……オープンッ!
袋を開いてみると、銅色の貨幣が5枚、同じ色でもう少し大きい貨幣が5枚、銀色の貨幣が5枚入っていた。うん、銅貨ってどっちですか?
「こ、これでいいかな?」
大は小を兼ねる筈だから、仮に違ってても大丈夫なはず!そう信じて俺は大きい方を二枚出す。
「これ大銅貨じゃねえか。一枚で十分だよ」
そう言われて一枚返された。小さい方が正解だったか。
怪しまれて………はなさそう。セーフ。
お釣り、と言われて8枚の銅貨が帰ってきた。なるほど、大銅貨は銅貨10枚分と。
「後、さっき渡した仮身分証だがな、有効期間は三日間だ。その間に身分を証明できるものを用意してくれ」
「具体的には、何すればいいの?」
「もしセイがこれから王都に定住するつもりなら、役所に行って市民権を得ればいい。時間はかかるけどな。だが、それ以外ならギルドに入ってギルドカードを発行して貰え」
「ギルドって?」
「ギルドを知らねえのか?しゃーねえな、よく聞けよ。ギルドってのは国とは独立した機関だ。どの国にも主要な都市には大抵ギルドがある。一度ギルドカードを手に入れれば、それが身分証の代わりになるんだよ。ちなみに、ギルドには3つ種類がある」
「3つ?」
「そうだ。まず一つ目に冒険者ギルド。これに所属する奴らは冒険者とも呼ばれ、S〜Fランクに分けられる。このランクってのは強さの指標だ。単純にランクが高いほど強いと考えていい」
これは何となくわかる。ランク毎にやる仕事の危険度が変わってくるのだろう。
「ギルドは市民や領主、時には国からの依頼を受けてそれをランク別に振り分ける。冒険者はそれらの依頼を達成してランクを上げつつ、報酬を貰い生活する。報酬の一部はギルドに入るけどな。依頼内容は、危険な魔物の討伐から赤ん坊の子守まで色々だ。言ってしまえば何でも屋だな」
ふむふむ。つまり冒険者ギルドってのは冒険者に仕事を斡旋する場所って事ね。
「うん、冒険者ギルドについては何となく理解した」
「よし、なら次に行くぞ。二つ目は魔法士ギルド。さっきの冒険者ギルドに入るのには、特に条件なんてないが、このギルドに入るには攻撃魔法を少なくとも一つ習得していることが条件だ。ただ、魔法を使うにはある程度才能が必要で、使える奴自体そこまで多くないし、攻撃魔法となるとなおさら。そのせいで、他の二つのギルドに比べてかなり人数が少ないな」
予想はしてたけど魔法かぁ。まあ、まず俺には使えないだろうし、このギルドは無理だな。
「ここに所属する連中は魔法士と呼ばれ、日常生活をもっと便利にするための魔法の研究をしたり、冒険者ギルドの手に余るような依頼も手伝ったりしている。ちなみにさっきの玉も魔法士ギルドが作ってるんだぜ」
「へぇーそうなんだ。でも俺には魔法なんて使えないし、そのギルドは無理そうかな」
「なるほどな。なら最後に商人ギルド。ここは言葉の通り商人たちが所属するギルドだな。別に登録しなくても商人としてやれなくはないが、登録しておくといろいろ便利なんだ」
「ふぅん、例えば?」
「そうだな、例えば何かしらの店を開く場合に場所を融通して貰ったり、今どこで何が売れるかの情報を貰ったりな。ギルドに所属してる商人達で情報を共有し合ってるんだよ。その代わり、売り上げの一部をギルドに納めないと行けないけどな」
「なるほど……商売かぁ。うん、ちょっと考えてみるよ」
それにしてもめちゃくちゃ丁寧に教えてくれるな、助かる。ギルって面倒見が良いのかな?
「そうか、まあ3日あるしな。ゆっくり考えろ」
「うん、そうする」
「よし、仮身分証も渡したし……これで大丈夫だな」
「色々教えてくれてありがとう、助かったよ」
「良いってことよ。おし、中まで案内してやる」
俺とギルは席を立ち、部屋から出る。
そしてギルに先導されながら、俺は王都に足を踏み入れた。
王都の第一印象を一言で言えば……騒がしいと、多くの人が口にするだろう。
中心に向かって伸びる広い石畳の道。その先には美しい王城がこの街を見下ろしている。道は所々で枝分かれしており、左右には様々な店が並んでいた。どこも活気に満ちており、多分ここは商業区のような場所なのだろう。至る所で商人らしき人が叫ぶように声を上げ、それをさらに塗りつぶすように怒鳴り声のような声を出している他の店、客の値切る声が聞こえてくる。
なんかお祭りみたいだな。
「みんな活き活きしてるだろ?」
「うん」
「ここは大陸で一番でかい都市、だから色んなところから色んなもんが集まる。それに人もだ。ここには色んな奴がいる。折角王都まで来たんだったら、たくさん楽しんでいってくれ。……ちょっとうるせえけどな」
「あはは、確かに」
ギルの言葉に思わず苦笑する。
「じゃあ、そろそろ行くよ。色々ありがとう!またギルドカード貰ったらくるよ」
「おう、またな」
ギルに手を振って別れる。またギルドカードを手に入れたら会いに行ってみるか。
さて、首尾よく王都に入れた事だし、まずは女の子に聞いた「獣の集い」って宿を探すか。入り口近くにあるって言ってたけど……、
コツンっ
俺がいざ歩き出そうとすると、何かが足に当たった。拾い上げてみると、それは林檎に良く似た果物だった。どうやら横に伸びている細い路地から転がって来たようだ。それを証明するように、路地に転がっている果物が一つ……と、それを拾おうとしている頭のてっぺんまで、すっぽりとぶかぶかのフードで覆った小柄な人影が一つ。その人影は足元の果物を拾い上げて編みかごに入れる。そして顔を上げ………俺と目が合った。
フードのに半ば隠れた目が、俺の顔と持っている果物を往復する。すると途端に顔を俯かせ、足早に俺の横を通り過ぎようとした。
「ちょ、ちょっと待った!」
ビクッと肩を震わせて立ち止まる。その時、一陣の風が吹いた。
頭にかぶっていたフードが外れる。
恐る恐ると言った様子で振り返る猫耳を生やした少女は、今にも泣きそうな顔をしていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「はあ……はあ……こんな所にいたんですね、副団長!」
「どうしたキール?そんなに慌てて」
「どうしたじゃないですよ!事務仕事サボるのは控えて下さいと何度も言ってるじゃないですか!探したんですよ、今までどこに居たんですか!」
「うん、門番してただけだが?」
「何でまた門番なんて……いつもなら新兵に混じって訓練所で訓練してるのに」
「新兵に混じるなら門番の仕事をサボっちゃダメだろ。そんな事もわからねえのか?」
ピキッと。キールと呼ばれた男のこめかみに青筋が浮かんだ。
「仕事をサボってるにもかかわらず、そんな事を言う口はこの口ですかぁ!?」
「ほへんほへん、はふはっはっへ!(ごめんごめん、悪かったって!)」
「全く……その変な真面目さを仕事にも生かして下さい。さあ、行きましょう」
「なあ、キール。この辺でデカイ鳥が出るっていったらあそこしかねえよな?」
「デカイ鳥?そうですね……「魔の森」のロックバードぐらいしか思い当たらないですが………って話を逸らさないで下さい!」
「やっぱそうだよなぁ」
「魔の森」。出てくる魔物が全てBランク以上の超危険区域。Aランクのロックバードはそこにしか出現しない。
歩き方からして、特に武術の達人って訳でもなさそうだし魔法も使えないときた。
「普通ならあそこを通って生きてる訳ないんだけどな」
「聞いてるんですか!?」
運が良いのか、はたまた何かあるのか……
まあ、何でもいいか。考えて分かる事でもないし。もし強えなら、一回戦ってみてえけどな。青年は、欠伸を噛み殺しながらそんなことを考える。それにしてもーー
「……仕事やらなきゃダメ?」
「ダーメーでーす!ほら、行きますよ!」
「ああ、行きたくねぇ……」
愚痴をこぼす青年は、首根っこを掴まれてズルズルと引きずられていくのであった。