幹部達
2話連続ですごく時間があいてしまい申し訳ないです……
振り返るとユエルが築いた屍の山。
風が鉄臭い匂いを運び、何とも言えない気分になる。
ふと……頭をよぎった。
俺もいつか人を殺す日が来るのだろうかと。
☆☆☆☆☆☆☆☆
街の中はまだ騒然としている。
ガヤガヤと騒がしい人の間を縫い、俺達はとある建物までフランに連れてこられた。
「あれ、ここは……」
大きな盾と剣の看板を掲げている。
そう、訪れた場所は冒険者ギルドだった。
「ここに後の幹部がいるのか?」
「そうだよ」
フランは慣れた様子で扉を開く。俺たちもそれに続いた。
ギルドに入るなり俺たちに視線が集まる。
いや、正確にはフランに……だ。
フランが立ち止まり、キョロキョロと何かを探していると、冒険者達の中から小柄な人柄が近づいてきた。
「あれ?あんたは……」
「ん?ああ、今朝の!」
現れたのは今朝の受付嬢だった。
「あれ、セイはリリィと知り合いなの?」
どうやらこの受付嬢はリリィという名前らしい。
「ああ、今朝冒険者ギルドに寄った時にな」
「フランさん、セイさんが一体何故ここに?」
「うーん、まあ色々あってね。まあ、僕達の味方だから大丈夫だよ」
フランがこちらを見て薄く笑う。どうやらフランはかなり信頼されているようで、リリィはそうですかとすぐに流した。
「お二人はもう中でお待ちです。フランさんとユエルさんは良いとして、お連れの方はどうされますか?」
「彼らも一緒にいくよ。そのために来たんだ」
「分かりました。ではご案内いたします」
☆☆☆☆☆☆☆☆
トントントンーー
リズミカルな音を立て、目の前で小さなお尻がふりふり揺れる。右へ左へ、つられて俺の眼球もふりふり。
「もう、セイは僕のお尻をジロジロ見過ぎだよ。もしかしてそっち系?」
「しょうがねえだろ、視界の八割それで埋まってんだから。あと俺は野郎のケツに興味はない。どうせ見るんだったらリリィのを……って何言わせんだ」
それは残念、とフランはちっともそう思ってなさそうな声を出す。
だったら言うんじゃねえ。ほら見ろ、ステラがゴミを見るような目で俺を見てるじゃねえか。誤解されたらどうすんだ。………あれ、もしかしてもう手遅れですか?
「こちらです」
ふざけたやり取りをしている俺たちを気にした様子もなく、リリィが階段を上がってすぐのとある部屋の前で立ち止まる。……いや、よく見ると若干頬が赤くなっておりプルプル肩を震わせていた。どうやら俺たちのやりとりが聞こえていたらしい。あー……なんかすまん。
肝心の部屋はというと、他の部屋と違って黒塗りの扉となっており、この部屋だけ放っている威圧感が段違いだ。
……こういう扉の色が違う部屋って大抵一番偉い人の部屋だよなぁ。
コンコンーー
と、リリィがノックする。何だか緊張してきた。ああこれはあれだ。学校で職員室に呼び出された時と同じタイプの、ドアの前で一瞬躊躇してしまうあの感じ。
「おお、来たか!」
スススッとリリィが扉の前から退く。すると次の瞬間、バタンッと勢いよく扉が開いた。いや……バコンッ……ドゴンッかもしれない。取り敢えず扉を心配しなければならないほどの力強さだと思って貰えば良い。
「はあ………ドアまた変えないといけないかしら。他のドアと同じだとすぐ壊れるから丈夫な素材にしたばっかりなのに」
リリィが何だか遠い目をしている。ていうか扉が違うのってそんな理由かよ。偉い人の部屋とか関係ないのか。
まあそれは良いとして、だ。
俺は力加減を盛大に間違えている部屋から出てきた人物に目を向けた。
黒光りするスキンヘッドがまず目に入り、次にパツパツの服では隠しきれない筋肉に目が行く。俺の視線に気がついたのか、その男はこちらにニカッと男臭い笑みを浮かべてきた。
「フラン、この人は?」
「この人はナバン。革命軍の幹部であり、この街唯一のSランク冒険者でこのギルドのギルドマスターでもある」
2メートルを優に超しているだろう巨躯に、強靭な肉体。然もありなんといった感じだった。ちなみにSランクというのは、ドラゴンとタメを張れるらしい。もはやスケールが違いすぎてよくわからん。
「Sランク……一度闘ってみてえな」
と、横で何やら物騒なことを呟いているギル。こいつは戦えさえすれば何でもいいのだろうか?
「ナッハッハ!待ちくたびれたぞフラン!それにしても見慣れない顔が多いな。こいつらは誰だ?」
「後で説明するよ。取り敢えず中に入ろう。ダンドの爺さんもきてるんだろ?」
「それもそうだな!」
フランを先頭に俺達は部屋の中に入る。すると、中には一人ソファに座っている人物がいた。
「ナバンよ。お主は声がでかすぎる。もう少し抑えてくれぬかのう」
「ナッハッハ!あいわかった、これから気をつけよう!」
言ったそばから声がでかい。忠告はまるで意味を成していなかった。ソファに腰掛けた人物もやれやれといった風に首を振っている。恐らくこれまで何回もこのやり取りをしてきたのだろう。そこに呆れの色はあっても落胆はなかった。
ソファに座るその人物。胸元まで伸びる立派な髭を撫で付け、溜息をつくその姿は俺がこの街に来てよく見かける種族の特徴に合致する。
「ドワーフ……」
「ダンドはこの街で一番の鍛冶師なんだ。彼が最後の幹部だよ」
冒険者ギルドのギルドマスターに、鍛冶の街と呼ばれる地で一番の鍛冶師。この街でトップクラスの権力者である。そんな人物達が一見ただの子供であるフランのもとに集っているのは、知る人が見れば驚きで目をかっ開くだろうが、生憎セイはそこまで考えが及ばない。
「してフラン。お主の連れも紹介してくれんかのう?」
胸の前で腕を組んだドワーフーーダンドの視線がフランを通り越してこちらを射抜く。落ち窪んだ目からは友好的な空気も、敵対的な空気も感じない。そこに浮かぶのは純然たる疑問のみだ。本来なら警戒してしかるべきなのだろうが、フランが連れてきたということもあってある程度の信頼は得ているらしい。
「今から説明するよ。この人達は……」
「フランさん、私が言います」
フランよりも前に出て二人からの視線を一身に浴びたのはエリィだった。二人の視線が鋭さを増す。
「私はオーランド帝国元第三皇女のエリィと言います。こちらにいるのは私の仲間です」
ピキッと。
天秤の傾く音が聞こえた。先ほどまで平衡を保っていた空気が揺れ動く。それは二人の様子を見るに恐らく……敵対的な方へ。
「皇女……のう」
ダンドは癖なのであろう髭を撫で付ける動作をし、瞑目する。ナバンも眉を寄せ、何かを堪えているような顔をしていた。
「何故皇女様がこんなところにおるんじゃ?」
「その前に一つ訂正させてください」
エリィはダンドの言葉を遮るように、2人に掌を向ける。今のエリィは針の筵のように感じているだろう。ダンドは言外に問うているのだ。お前は皇族であり、儂達の敵だろう?と。もはやその目に宿るのは敵意に近い。見ているだけで息がつまるような状況だが、エリィは驚くべき行動に出た。
ニコッと笑ったのだ。
2人からの鋭い視線をそよ風のように受け流し、そこにあるのは嘲笑でも諦めからくる笑みでもない。穏やかだが、力強い笑み。
よく見たら足は震えている。それも当たり前だろう。Sランクと呼ばれる伝説に片足突っ込んだ存在と、超一流の職人の眼光にその身を晒しているのだから。でも彼女は……間違いなく二本の足でそこに立っていた。
「私はもう皇女ではありません。……貴方達と同じように、大切なモノを守りたいだけの……ただのエリィです」
「……お主の守りたいモノとはなんじゃ?」
「理不尽に苦しんでいる帝国の民です」
即答であった。迷いなど介入する余地もない。まるで息をするように、無意識下にまで浸透しているエリィの望み。それに呼応するかのようにダンドの目がうっすら開く。
「……儂の弟子だった者は、一流の職人だったがクリストフの頼みを一度断っただけで片腕を切り落とされ、奴隷の身分に落とされた。今は鉱山で犯罪者奴隷のような扱いを受けているという」
「………」
「そこにいるナバンの息子は、名の知れた優秀な冒険者だったが、クリストフの依頼を断ったからと奴隷になり、今は闘技場で貴族達の見世物として無理矢理魔物と闘わされ、いつ死んでもおかしくないような生活を送っているそうだ」
「………」
分かっていたが、帝都は相当酷いことになっているようだ。理不尽が平然と闊歩し、力無き民を蹂躙する。そんなことが今の帝都では日常茶飯事なのである。
「この街にいるのはそんな者達ばかりだ。……お主の助けたいモノにそれらの者達は入っておるのかの?」
「当たり前でしょうッッ!!!」
先程の笑みから一転、エリィはその迸る情動のままに声を荒げる。目には大粒の涙が浮かび、握りしめた拳からは爪が刺さった箇所から血が滴り落ちた。
そんなこと聞くまでもないと、民を苦しめている理不尽に対する怒りやそれを敷いている兄への疑念、民に対する申し訳なさがエリィの小さな身体の中でドロドロに混じり合う。それは出口を求めて身体中を巡り、最後は言葉にならず口からは嗚咽だけが漏れる。言いたい事、言うべき事はたくさんあるはずなのに、どれも言葉にならずただ涙だけが止めどなく流れた。エリィにはそれが酷くもどかしかった。
その光景を2人はどのように捉えたのだろうか。ダンドは俯きがちだった顔を上げ、エリィの顔を初めて正面から見た。……そこに敵意の色はなかった。
「エリィよ。お主の思いはわかった」
ダンドは一度大きく息を吐く。そして次の瞬間には、先ほどの厳しい視線はどこへやら、好々爺然とした笑みを浮かべていた。
気づいただろうか?今ダンドはエリィの事を呼び捨てにしたのだ。本来皇族にそんな事をすれば、不敬罪に当たる。それを承知の上でダンドはエリィと呼んだ。それはつまり、エリィを皇族としてではなくただのエリィとして認めたということだ。エリィはそれに気づき、思わず口元に手を当てた。
「エリィの事は、兄を止められず帝国を追放された愚かな姫だと聞いておった。じゃが、なかなかどうして……いい目をしておる。のう、ナバンよ?」
「………そうだな」
ナバンはソファを一度ギシッと軋ませてから立ち上がり、ドスドスとエリィの目の前までやってきた。体格の違いゆえ、エリィはナバンを見上げ、ナバンはエリィを見下ろす。しかしこの時、視線の高さは違えど両者は確かに対等であった。互いに大切なモノを守りたいと願う一人の人間として。
「ようこそエリィ。俺達は……革命軍はエリィを歓迎する。俺達と共に戦おう。……大切なモノの為に」
「……はい」
差し出された手をエリィは片手で涙をぬぐいながら、もう片方の手でゆっくりと握る。俺はふと気になり、ルーシャの方を見ると、
「えでぃざまぁぁ!!」
案の定目からはダバーっと水分不足が心配になる程涙が流れており、足元に水溜りを作っている。予想通りの光景に俺は思わず苦笑した。
今思えば、エリィが泣くところは初めて見た。恐らくずっと我慢してきたのだろう。エリィは誰よりも泣きたかったはずだ。みっともなく喚きたかったはずだ。……それでも彼女はそうしなかった。そんな事をしている場合じゃないと、自分を厳しく律して漸くここまで来たのだ。今だけは……今だけは存分に泣くといい。それぐらいは許されるだろう。
しかし現実はそんなに甘くないものだ。
「ギルドマスター!」
ドタドタと慌ただしく部屋に1人の男が入ってきた。どうやら冒険者のようで、武装している。怪我などはしてないようだが、よほど慌てていたのか身体はドロドロに汚れていた。
「どうした、何があった?」
「魔物の群れがこの街に迫ってきてるッ!!」
どうやら呑気に泣いている場合じゃないようだ。




