革命軍のリーダー
「革命軍のアジトにだよ」
「お前は一体……?」
混乱に飲まれた俺の口は辛うじてその言葉を吐き出す。
「僕はフラン。……革命軍のリーダーだ」
少年……フランはそう言って無垢に笑った。
……どうやら俺達の革命軍探しは終了したらしい。
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「この子が……革命軍のリーダーですか?」
エリィ達と合流し、みんなにフランを紹介するとその場にいた全員が目を丸くする。
まあそれはそうだろう。
なにせフランの見た目は中学生ぐらいなのだから。
とても革命軍などという大それた組織のリーダーには見えない。
「ふふっ、まあ信じられないのも無理ないけどね」
フランはみんなの反応に怒るどころか面白そうに笑った。
「そうやって人を自分の憶測でしか見れないから、麗しのお兄様に捨てられたんじゃないのかな、エリィ元皇女殿下?」
「なッ……!?」
エリィ、そしてルーシャが驚きで目を見開く。
ん?エリィの顔は割と知られているって言ってなかったか?
何をそんなに驚いているんだ?
「私が帝国を追放されたという情報はまだ公表されていないはずです。どうして貴方が……?」
「それくらいの情報網はこっちにもあるってことだよ」
フランはなんでもない風にそう言う。
エリィ達の様子を見るに凄いことなんだろうが……
「少しは信用してくれるかな?」
「……信じましょう。貴方が革命軍かどうかはまだ分かりませんが、普通の少年でないことは分かりました」
「ふふっそれは光栄だね。そういえば、君達は革命軍のところに案内して欲しいんだよね?」
「ええ、お願いします」
「分かったよ。まあもっとも……その必要はないけどね」
「……どういうことですか?」
「そのままの意味だよ。君達はもう着いてるからね」
「え?」
「鍛治の街グロンズ。この街そのものが僕たちのアジトだ」
フランは初めて年相応の悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
俺たちは驚きで目を見開く。
この街そのものが革命軍のアジト……?
「じゃあ、ここの住人達は……」
「全員革命軍の一員さ。君達みたいに外から来た人達は別だけどね。ところで……だ」
フランは一旦そこで言葉を切り、笑みを引っ込める。
「セイ達はどうして僕達を探してたのかな?まあ、エリィ元皇女殿下がいる時点で察しはつくけどね」
フランは冷ややかな目でエリィを流し見る。
それに対し、エリィは静かにフランを見返し一歩前へ出た。
「私は、貴方達の……革命軍の力をお借りするためこの地へと参りました。私と共にお兄様を止めて欲しいのです」
俺はエリィの言葉を聞いて、グロンズへと向かう道中のことを思い出した。
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「そういや酷い酷いって言うが、具体的に今帝都はどんな状況なんだ?」
俺は自分で自分の足を揉みながらエリィに問いかける。
今日はサグラダを出て3日目……今は馬を休ませているところだ。
ついでに俺も。
「そういえばまだお話ししていませんでしたね」
エリィはそう言うと居住まいを正しこちらを向く。
みんなの注目がエリィに集まった。
「簡単に言えば……今の帝都はお兄様の独裁下にあるのです」
「独裁?帝都には貴族やら何やらがいっぱいいるんだろ?そんなことしたら反発が凄いんじゃないのか?」
「そうです。本来ならそのようなことまかり通るはずがありません。……しかし今のお兄様の手には聖具があります」
「……聖鞭フラゲルムデイか」
「そうです。お兄様は聖具を使って帝国の要人を操り、思うがままにしているのです」
「なるほど……あんたの兄がとんでも無いことをしているのは分かった。だが、そこまでする理由ってなんだ?あんたの兄は帝都で一体何をしようとしている?」
「兄がしようとしているのは……帝国民全ての奴隷化です」
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帝国民の奴隷化。
エリィにもクリストフがなぜそんな事をするのかわからないらしい。
ただそんな馬鹿げた事を野放しには出来ないというのには同感だ。
「止める……ね。少し勘違いしているようだから言っておくよ。僕達は君のお兄さんを止めるために集まったんじゃ無い。……討つために集まったんだ。この街にいる者にも帝都に住む友人、家族が奴隷となり酷い目に合わされてる者が多いんだよね。クリストフを許すことなんて到底できない。問おうエリィ皇女殿下……君に実の兄を殺す覚悟はあるのかな?」
「………覚悟はしています」
「エリィ様!?」
「良いのですルーシャ。彼等の怒りも最もです。お兄様のやっている事は許される事ではありません。もし……もうお兄様に私の言葉が届かないのなら、そうするしかありません」
「……」
「ならその覚悟を見せてもらおうかな」
そう言い、フランはエリィから視線を外して意味ありげな目をルーシャに送った。
再びエリィに視線を戻したフランは、スタスタとエリィの下まで歩く。
そして腰から何かを取り出すと、それをエリィ差し出した。
「これでその従者を刺してみてよ」
フランの手元に視線を移すと、そこには一本のナイフが握られていた。
「なッ!?何故そのような事をしなければならないのですかッ!」
エリィが声を荒げる。
それも当然だろう。
エリィとルーシャはそれこそ姉妹のように仲がいい。
それを刺すなんて出来るわけがない。
一体どういう意図があるのかと俺はフランの顔をさりげなく伺う。
「君達はずいぶん仲が良いみたいだし、試すのに丁度良いからね」
「試すって何を……?」
「親しい人を傷つける覚悟があるかどうかだよ」
フランの目は雄弁に語っていた。
覚悟を示せと。
「エリィ様……私は構いません」
「ルーシャ……」
「小さなナイフで刺されたぐらいで私は死にません。一思いにやってください」
「……わかりました」
おいおい、本当に刺すのか!?
まさかの返答に俺をはじめとしてみんな目を見開いた。
ルーシャがエリィに向かって背を向ける。
その表情はひどく穏やかだった。
それに対してエリィの表情は無だ。
そこからは何の感情も窺えない。
エリィはフランからナイフを受け取る。
そして手に握ったナイフをじっと見つめた後、思い切り……
地面にナイフを突き刺した。
「フランさん……私にはルーシャを刺すことはできません」
「……覚悟が無いってことで良いのかな?いざという時、兄を刺す覚悟が」
「いえ、そうではありません」
エリィは強い眼差しでフランを見つめる。
フランも静かに見返した。
その表情からは感情が見えない。
フランの目にエリィはどう映っているのだろうか。
「私達は理不尽に苦しめられている帝国の民を救いたい。その為にお兄様を討つしかないのなら、それも仕方のないことだと理解しています。しかし、ここでルーシャを刺す必要がどこにあるのでしょうか?自分の目的の為に誰かを傷つける事はお兄様のやっている事と何が違うのでしょうか?……私は誰も傷つけたくないからここに居るのです。貴方達もそうではないのですか?救いたい、助けたい誰かがいるから立ち上がったのでしょう?私も……大事な帝国の民を守りたいのです」
エリィは胸に手を当てながら言葉を紡いだ。
声音は落ち着いたものだったが、そこには抑えきれない程の情動が垣間見える。
エリィは兄をとても慕っていた。
一体どのような覚悟を持って兄を殺すと言う言葉を口にしているのか。
「……甘いね。誰も傷つけたくないなんて……理想に過ぎない」
……それでも。
フランは遠い目をして呟く。
その目には光るものがあった。
その姿はどこか遠い昔の事を思い出しているようにも見えた。
「君の……いえ、貴方の言う通りだ。僕達は各々の大事なモノを守る為にここにいる。そこに許容して良い犠牲なんてない。……歓迎するよエリィ皇女殿下」
どうやらエリィの思いはフランに届いたらしい。
そう言ってフランは手を差し出す。
エリィも両手で握り返した。
「もちろんです。こちらこそよろしくお願い致しします」
「うぅ……エリィ様ぁ……」
いつの間にかルーシャが号泣していた。
涙で顔がぐしゃぐしゃになっており、美人が台無しである。
そうだよな……命まで狙われてここまで来たんだ。
泣きたくもなるだろう。
「うんよろしくね。さてと、それじゃあ正式に僕達の仲間になってくれた事だし、革命軍の仲間達を紹介したいんだけどいいかな?」
「あ、その前にフランさんにお伝えしたいことが………」
「大変だリーダー!」
エリィが何かを言おうとすると、突然町の住人が一人走ってきた。
いや、フラン曰くここにいる人達の殆どが革命軍なんだっけか。
ふと辺りを見渡すと、武装した冒険者と思しきこちらを見ている人がチラホラいた。
リーダーなのに護衛とかいないのかと思っていたが、通行人に溶け込んでいて気づかなかっただけのようだ。
その辺りはしっかりしているらしい。
「どうしたんだいザラル?」
ザラルという男はここまで走ってきたことで荒くなった息を整えながら言葉を絞り出す。
「はぁ……はぁ……帝国軍が攻めてきた」
ハッと息を呑む音が聞こえた。
出所はエリィだ。
その様子を見るに、俺達にもしたようにフランにも帝国軍がもうすぐ来るという話をしようとしていたのだろう。
俺の身体に緊張が走った。
どうやら恐れていた時が来てしまったようだ。
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グロンズの門にて、大声を張り上げる全身を甲冑で覆った男がいた。
「我々は帝国軍所属反乱鎮圧部隊である!この街に革命軍が潜伏しているという情報が入った!おい、革命軍よ!早く出てこい!出てこないと……この子供がどうなるかわからんぞ!」
男の部下が前に出る。
共にいるのは両手を挙げた小さな子供だ。
手にした剣を子供の首に添えている。
いつでも殺せるという事だろう。
敵襲の知らせを受けた俺達は、急いで帝国軍が来たという東門までやってきていた。
門の前には大勢の人が集まっており、俺たちもその中に紛れて様子を窺う。
少し先には帝国軍の姿が見えた。
恐らく人数は20人程で、思っていたよりも少ない。
先ほど大声を上げていた男だけが立派な甲冑を着ていた。
次に捕まった子供だが……
「……ユエル」
そう、なんと捕まっていた子供は俺とフランが母親を探してあげたユエルだった。
子供を人質に取るなんて兵士のやることかよ……。
俺の頭を焦りが支配していく。
ここからだと表情は見えないが、きっとひどく怯えているに違いない。
早く解放してあげないと……。
フランはどうするのかと横目でフランを見る。
しかしフランは飄々としていた。
その顔からは焦りなどは全く感じられない。
それどころか俺の視線に気づいたフランはニコッと笑みを返してきた。
「そんな余裕かましてる場合じゃないだろ!早くユエルを助けないと……」
「革命軍には幹部が3人いるんだ」
は?それは今する話なのか?
「良い機会だから紹介するよ。あそこで捕まったフリをしているのが……幹部のユエルだ」
へ?
「ぐわぁぁッッ!!」
突如帝国軍からそんな悲鳴が聞こえてきた。
とっさに顔を向けると、先ほどまでユエルの首に当てられていた剣が宙を待っている。
……握っていた手首と共に。
ユエルの両手には短剣が一本ずつ握られていた。
おそらくそれで手首を切り落としたのだろう。
ユエルはそのまま逆手に握った短剣を部下の首に突き刺す。
明らかに致命傷だ。
男の部下が地に伏せる。
「なんだ貴様ァッ!!」
一番偉そうな男が激昂した。
恐らく隊長か何かなのだろう。
男が指示すると、後ろに控えていた兵士がユエルを包囲する。
小さなユエルの姿は兵士に遮られてたちまち見えなくなった。
これは流石にまずいだろ……。
「フラン!」
「大丈夫だよ」
ここに来てもフランは余裕な態度を崩さない。
そこまでユエルの力を信用しているということだろうか。
「ぐぅッ!?」
「なんだこいつ!」
「だ、助け……ぎゃああッ!」
帝国軍からそんな悲鳴が連続して聞こえてきた。
兵士が何人か倒れ、その間からユエルの姿が見える。
まるで舞っているようだった。
ユエルが宙に躍り出るたび、二振りの短剣が銀色の軌跡を描き、その後を血の紅が辿る。
気がつけばユエルと隊長の男以外立っている者はいなかった。
返り血の化粧を顔に施したユエルはゆらりと隊長に近づく。
その姿があまりにホラーだったのだろう。
隊長は情けなく小さな悲鳴をあげて尻餅をついた。
「待て、待ってくれ!」
ユエルは隊長の側までやってくると、仰向けに倒れている隊長に馬乗りになりその首に短剣を添える。
さっきの意趣返しのように。
「おい、これで全部って事はねぇんだろ?他の兵士はどこに……チッ、気絶してやがる」
「ユエル、ご苦労様」
ユエルの圧力が凄すぎたせいだろうか、隊長は泡をふいて気絶してしまったようだ。
ユエルの側まで来ていた俺達はその一部始終を見ていたわけだが……
え、これ本当にユエル?
俺の知ってるユエルは間違っても舌打ちなんてする子じゃないんだけど。
「あ、リーダー来てたのか」
頰の返り血を拭いながらユエルが立ち上がる。
その光景はなかなかに凄惨だった。
殆どの兵士が首を斬られて絶命している。
「えっと……ユエルだよな?」
「ん?くくっ……ああ、そうだよ。あまりの違いにびびったか、セイお兄ちゃん?」
「びびったというかなんというか……」
もう違いすぎて何が何だか。
「ユエルは小人族なんだよ。見た目は幼いけど……年齢はセイよりもずっと上だよ」
「マジで!?」
この見た目で俺より年上!?
「おいリーダー。レディに年齢の話はタブーだろうがよ」
「じゃあギルド前での事は……」
「あんなもん演技だよ。結構上手かったろ?」
からからとユエルが笑う。
あまりにも様子が違いすぎて俺は目を白黒させるしかない。
「演技ってなんのために?」
「それはリーダーに聞いてくれ」
ユエルにそう言われフランの方を向く。
「この男を縄で縛っておいてくれる?目が覚めたら情報を聞き出すから。後の死体は燃やしておいて」
フランが集まった人達の中から力のありそうな男を何人か選んで指示を出していた。
指示に従って男達が動き出すのを見ると、本当にこの街全てが革命軍なんだなと思わされる。
ちなみに死体を燃やすのはアンデッドになるのを防ぐためらしい。
この世界にはゾンビとかが出るようだ。
……出会わないように祈っておこう。
「ユエルが演技していた理由?ああ、セイ達が信用できるかどうか確かめたかったからね。ユエルの目線に合わせてしゃがんだり、肩車してあげたり、凄く優しかったよね」
「「へぇ……」」
フランの言葉を聞いて、ステラとギルがニヤニヤし始める。
……この話の流れはまずい。
「こ、これからどうするんだ?」
俺は話題を変えようと今後のことについてフランに尋ねる。
「後二人の幹部を紹介するよ。今後のことを話さないといけないからユエルも来てね」
「あー私は身体洗ってから行くわ。返り血でベタベタして気持ちわりーしな」
「あ、ちょっと待って」
そう言い残し、ユエルがどこかに去っていこうとした時、ステラがユエルを呼び止める。
おそらくあれを使うんだろう。
「彼の者の汚れを祓え、クリーン」
ステラがそう言うと、ユエルの顔、服についていた返り血や土などの汚れがみるみる取れていく。
グロンズに来るまでの道中ステラはずっと魔法の訓練をしていたわけだが、その訓練の中でステラは多くの魔法を習得した。
もちろん戦闘用のものが多いのだが、いくつか便利だからと習得したものがある。
その一つが今使った生活の魔法に区分されるクリーンという魔法だ。
使うと全身の汚れが一瞬で取れ、風呂いらずといった便利な代物である。
「おお、すげーすげー。これなら大丈夫そうだな、サンキュー」
にししっとユエルが笑顔でステラに礼を言う。
「どういたしまして」
「ユエルも大丈夫みたいだし行こうか」
俺達は残りの幹部を紹介してもらうため、後処理を任せてその場を後にした。




