元お姫様は嘆く
「ハ、ハハ……」
灼けた空気の熱気と焦げ臭い匂いが周囲を覆う中、俺の口からは乾いた笑いが出た。
自分でも頰が引きつっているのが分かる。
ここら一帯は漏れなく草に覆われていた。
勿論スライムのいたところも。
それなのに今は、綺麗な円を描くように草が消失している。
それどころか地面の一部がガラス化していた。
そんな状況ではスライムも無事なはずがない。
というか最早どこにいたのかもわからない。
恐らくその余りの熱量で蒸発してしまったのだろう。
ちなみに魔物を討伐した証明として、指定された各モンスターーースライムの場合は体内の核だーーの討伐部位を持っていかなければならないのだが、明らかにさっきの魔法はそれすらも消し去っていた。
「あわあわ……」
「…………」
ステラは目の前の惨状を見て分かりやすくあわあわしている。
少し前まで魔法を使えるなんて思ってもなかったようだしな。
自分でも信じられないのだろう。
ギルに至っては口が半開きで瞬きすらしない。
どうやら目の前の状況を脳が処理できていないらしい。
「まあこんなもんよね!」
俺たちが三者三様に唖然としている中、陽気な声が辺りに響いた。
俺はうんうんと満足げに頷いているそいつの肩をガシッと掴む。
「何……よ…?」
「ちょっとお話しようか?」
☆☆☆☆☆☆☆☆
「うぅ……だって、ステラは才能あるし、強い魔法覚えれたら嬉しいかなって……」
今カリナは俺の前で正座している。
俺は腕を組みながら、カリナを見下ろした。
「まあ、ステラが強くなるに越したことはないしそれは良い。でも、あんなに危ない魔法なら俺達に一言言っておくべきじゃないのか?」
「え、えーと、まさか私もあんな威力になるとは思ってなくて」
カリナが斜め上に視線を泳がせる。
俺は努めて冷静に言葉を紡いだ。
「おい、お前さっきこんなもんよねっとか言ってたよな?」
「ギクッ」
「それにお前ステラが魔法使う前に、凄いニヤニヤしてたな。こうなること知ってたろ?」
「ギクギクッ」
カリナはダラダラと冷や汗を流した。
そして次の瞬間、見下ろすセイの目をキッと睨み返す。
「ええそうよ!知ってたわよ!だから何?ちょっとあんたらをビックリさせようとしただけじゃない!それの何が悪いの?こんな事くらいで腹をたてるなんて器の小さい男ね!」
俺は少しイラっとしたが、深く息を吐いて心を落ち着かせる。
そういえば、日本にいた頃うちの近所に悪戯好きな子供がいたな……。
何であの子はそんなことしてたんだっけ?
ああ、そうだ。
あの子の両親が共働きだったから、構って欲しかったんだよな。
てことは、こいつも構って欲しいのか?
そうだよな、ずっと一人だったんだもんな。
人恋しくもなるか。
何だかそう思うと、カリナが微笑ましく思えてきた。
「な、何よ?何でそんな優しい笑顔を浮かべながらこっちに近づいてくるのよ!ちょ、ポンポンって優しく頭を撫でないで!そんな可哀想な子を見る目で私を見ないでぇぇ!!」
これからはもう少し、カリナに優しくしようと思いました、まる
☆☆☆☆☆☆☆☆
「よーし、スライム狩りじゃあ!」
(うう……ぐす……)
何故かカリナが心に傷を負ってしまったので、今は剣状態で俺が背中に背負っている。
「そういえばステラは探知の魔法を使えるんじゃないのか?」
このあたりは結構草が深く、目視だとスライムを見つけるのが難しいのだ。
もしステラが魔法で見つけられるならそっちの方がありがたいのだが……
「うーん、反応があってもそれがスライムかどうかわからないよ?人間と魔物の区別はつくんだけど……」
「一応試しに使ってみてくれないか?」
「分かった」
ステラがそう言った瞬間、肌にそよ風が当たったような感覚があった。
もしかすると、今のが探知の魔法なのだろうか?
「え?」
ステラの耳が言葉と同時にピクッと動く。
何だかレーダーみたいで面白いな。
「どうした?」
「ここより少し離れた場所で人が数人……それと、」
魔物が沢山いる。
どうやら、そんな呑気なことを言ってる場合じゃなさそうだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「きゃぁぁッ!!!」
「悲鳴だ!近いぞ!」
先ほどの場所から数分。
俺たちは一台の馬車と多数の魔物を目視した。
魔物達のやかましい鳴き声と、人間の怒号、悲鳴。
そして僅かな血の匂い。
「行くぞ、セイ!」
「ああ!」
実のところ、魔物との戦闘は初だから不安は大いにあるが、そんなことも言ってられない。
「ハァァァッッッ!!!」
俺はこっちに背を向けている二足歩行のトカゲのような魔物に斬りかかる。
さすが聖剣と言うべきか、抵抗など全く感じることなく上半身と下半身を両断した。
ギルの方も、流石の剣さばきで魔物を倒している。
ちなみに今倒したのは、リザードマンというCランク程の魔物である。
本来こんなところにいるはずがないのだが、この辺りの地理に明るい者がいないため、誰も気づかない。
「よし、行ける!」
少し冷静になって周囲を見渡すと、俺たちを敵だと認識したのか、爬虫類特有の感情が見えない二対の目が突き刺さった。
一瞬怯みそうになるが、声を張り上げて己を奮い立たせる。
幸い敵は強くない。
カリナから借り受けた力で、次々と魔物を斬り伏せていく。
斜め下からの斬り上げ、そして体を駒のように回し横に一閃、複数体を同時に叩き斬る。
俺自身の体力が無いせいで、すぐに息が荒くなるが、俺の体力が切れるよりも先に魔物の殲滅が完了した。
俺はカリナを杖代わりに地面に突き刺しながら息を整える。
「この紋章は……まさか」
ギルが馬車を見ながら何かを呟いた。
どうかしたのだろうか?
「取り敢えず、生存者の確認だな」
御者台にいる男性は、もうダメだ。
さっきのトカゲに食い荒らされており、どう見ても死んでいる。
「おええっ……」
そのグロテスクな光景を直視してしまい、俺は思わず嘔吐してしまう。
むせかえるような血の匂いも合わさって余計気持ち悪い。
「セイ、大丈夫!?」
「ああ、俺は大丈夫だ。それよりも……」
俺は若干フラつきながらも、生存者を探す。
馬車の裏側には騎士のような鎧を着た人達が3人。
こちらもすでに事切れていた。
もう少し早く来れていればという悔しい思いが込み上げる。
もしかして全滅してしまったのだろうか……
「後は中か……」
最悪の結末が頭をよぎりながらも、俺は勇気を持って扉を開く。
そこには、こちらを睨みつけながらナイフを構えるメイド服の女性と、白いドレスを着たお姫様のような銀髪の少女がいた。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「この度は命をお救い頂き誠にありがとうございました。先程の非礼につきましては、どうか私の命だけでお許し頂きたく……」
「いやそんなのいいですって!気にして無いから顔をあげてください!」
初めは、こちらを警戒心むき出しの目で見ながらナイフを構えていた女性だったが、魔物の声がやんでいる事、俺達がすでに武器をしまっている事から、状況を察したのだろう。
地面に正座して手をつき、頭をこすりつけ出した。
所謂土下座である。
女性は意外と頑なで、俺が何度も顔をあげるように言ってやっと顔を上げてくれる。
深緑の髪に切れ長の目。
その無表情もあって少しキツイ印象を受ける。
「許して頂けるのか?」
「いや許すも何も、そもそも怒っていませんから」
「感謝する。この御恩は忘れない」
「いえ、俺達も来るのが遅くなってしまい、貴方達以外助けることができなかった……。こちらこそ申し訳ありません」
俺がそう言うと、女性は一瞬目を丸くし、クスッと笑った。
さっきからずっと無表情だったから、笑ったのは少し意外だった。
「失礼した。私はルーシャと言う。お名前を伺っても?」
「俺はセイです」
「セイだな。セイが謝るのは筋違いというものだ。本来なら全滅していてもなんらおかしくなかったのだから。私たちが生きているのは、紛れもなく貴方達のお陰だ。だから、私が言うのもなんだが、貴方はそれを誇って良いと思う。だからそんな顔をしないでくれ」
「………はい」
そんなに酷い顔をしているだろうか。
自分の目の前で人が死んだというのは、想像よりもショックな出来事だった。
俺がもっと強かったら助けられたかもしれないと思うとなおさら。
でも、そうだな。
助けた命があることも確かだ。
俺はそれを誇っても良いのかもしれない。
そう思うと、少し気分が落ち着いてきた。
何だか俺の方が救われた気分だ。
「貴方は……」
俺が自分の気持ちに折り合いをつけていると、いつになく神妙な面持ちをしていたギルが、もう一人の銀髪の少女の前に膝をつき、頭を垂れる。
それこそまるで騎士のように。
「頭をあげて下さい」
鈴のような音色が鼓膜を揺らす。
その銀髪の少女は、酷く悲しげな顔をしていた。
「私にそのような扱いを受ける権利はもう無いのですから」
「ギル……この子は一体」
「この子とか言うんじゃねえ。この方はな……」
「私が話しましょう」
少女の穏やかな瞳が俺を捉えた。
「私はエリィ・ディ・オーランド。オーランド帝国の元第3皇女です」
どうやら俺がお姫様のようだと比喩した少女は、本物のお姫様だったらしい。
「元……?」
ギルがしかめっ面をしながら呟く。
「ええ」
エリィが俺から視線を外し、ギルの方を向いた。
一つ一つの動作に品があり、思わず見惚れてしまいそうになる。
「兄であるクリストフ陛下より、私は皇族に名を連ねることを禁じられました。そのため、私はもう皇族ではなくただのエリィです。だから貴方も私に頭を下げる事はないのです」
「どうしてそんな事に……?」
「分かりません。ある日兄は突然変わってしまいました。それまでの優しく正義感溢れる兄から一転、冷酷非道な皇帝へと。今の帝都の様子ははっきり言って異様です。無辜の民が虐げられ、それを咎める者も居ない。一体どうすれば……」
エリィは悲痛な面持ちで言葉を紡ぐ。
ルーシャがエリィを労わるように、背中をさする。
一体帝都グロリアで何が起きてるのかはわからないが、とりあえず酷い状況なのは分かった。
「だが、希望もあるのだ」
エリィに変わって、ルーシャが言葉を続ける。
「希望?」
「そうだ、帝都の現状を何とかしようと動いている組織があるらしい。彼らは自らを革命軍と呼称して活動しているようだ」
「革命軍……」
……この流れは一つのパターンしか思いつかない。
「つまりあんたらがやろうとしてるのは、」
「ああ」
反乱だ。




