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俺の相棒が素直じゃない剣について  作者: morito
1章 王都ルザマリナ
2/28

目が覚めたら森の中

今年も桜が舞う季節になった。新入生、新社会人、新生活。色んな「新」が始まる季節。


俺、神狩正(かがりせい)は今日から高校生になる15歳だ。慣れない真新しい制服に身を包み、持ち物の最終チェックをする。


「正、早く行かないと入学式に遅刻しちまうよ」


「うわっもうこんな時間か。ありがとう婆ちゃん、行って来るよ」


「行っといで。忘れ物はないね?」


「うん爺ちゃん。何回も確認したから大丈夫。二人もまた後で来るんだよね?」


「うん、もう少ししたら私たちも行くよ」


「気をつけて行っといで」


「うん、行ってきます!」


最終チェックを終えた鞄を肩に担ぎ、俺は手を振って見送ってくれる2人に背を向けて今日から何度も利用するであろうバス停に向けて歩き出した。


この時俺は知る由もなかった。この会話が2人とした最後の会話になるなんて………。


☆☆☆☆☆☆☆☆


キィーっという音とともにバスが減速し始め、やがて止まった。高校の目の前にバス停があるため、バスを降りるとすぐそこに門がある。


入学式と書かれた看板が立てられており、数人の先生と思しき人達が新入生を誘導している。


チラッと時計に目をやると入学式まで残り10分程。もっと早く来たかったが、遅刻しなかっただけマシだと思うべきだろうか。


バスから降りた俺は、早足で門まで向かい、先生達に誘導されながら体育館に辿り着く。中に入ると殆どの席は埋まっていたため、入ってすぐ近くの席に腰掛けた。


館内はざわざわと至る所で話し声が聞こえる。おそらく友人と来た人はその人と。1人で来た人は出来るだけ早く友達を作ろうとしているんだろう。


早速俺も話せる友達を作らないと……と思い、横の席の人に目を向ける。しかし口を開こうとしたタイミングでスーッと周囲の話し声が鳴り止んでいく。どうやらもう時間が来てしまったらしい。


友達作りはまた後でいいか。時間なんて山ほどあるしな。


気を取り直して前方に注目する。少し高くなった壇の上に設置されたマイクの前に人が立った。今から話し始めるのだろう。


とその時、キィーン!というひどく甲高く不快な音が頭の中に響き渡った。マイクで誰かが話す時に時々なる現象と似ている。俺は思わず手で耳を覆う。


………おかしい。いつまで経っても耳障りな音が鳴り止まない。それどころか目の前の人物は普通に話しているようだし、俺の他には誰も耳を塞いだりしていない。


なんだか頭痛までしてきた。もしかしたら体調でも悪いのだろうか。そうだ、保健室かどこか貸してもらおう。俺は近くにいた先生に向かって小さく手を挙げる。


幸いすぐに気づいてくれて、小走りでこちらに向かってきた。話せる距離まで近づいたところで、保健室で休ませてほしいと伝えようとした瞬間、より一層けたたましく音が鳴り響いた。そして脳が引き裂かれるかと思う程激しい痛みが走り………俺は意識を手放した。


☆☆☆☆☆☆☆☆


「うっ……うぅ」


なんだか身体が柔らかいものに乗っかっている。幸いな事に先程までの頭痛は治まっている様だ。誰かがベッドのあるところまで運んでくれたのかもしれない。


ゆっくりと目を開け、体を起こそうと手をつく。するとズブッと手が少し沈む様な感触が伝わってきた。……ズブッ?


手をついたところに目を向けると、手首まで埋もれていた………土の中に。


ギョッとして周囲を見渡す。右には木。左にも木。前後にも木。辺り一面木しかない。カサカサという音が頭上で聞こえた。木の葉が擦れあった音だ。森特有の湿り気を帯びた風が俺の髪を撫でる。体の傍に落ちていた鞄がひどく異質なものに見えた。


「ここは……一体」


あり得ないはずの現実に思考が追いつかない。


「グルルル………」


ボンヤリとしていた思考がゆっくりと働き始める。恐る恐る音の方向に目をやると、大型犬ぐらいの大きさの犬みたいな生き物がいた。何の生き物かは分からない。少なくとも俺は人一人余裕で串刺しに出来そうな角が頭に生えている犬なんて知らない。


謎生物が俺の周りを回る様にして近づいて来る。こちらを警戒しているのだろうか。


舌をだらりと垂らし、その先からボタボタと涎が落ちる。その場所からはジュッという音とともに薄く煙が上がっている。


頬を汗が伝う。それをうざったく感じて、拭いながらも目線は逸らさない。いや、逸らせないと行ったほうが正しいか。徐々に近づいてくる相手に対し、こちらも落ちていた鞄を拾い、盾のように構えながら少しずつ距離を取る。本音で言えば、今すぐ背を向けて逃げ出したいが、それをした瞬間に死ぬ未来が見える。


そんな時間も長くは続かなかった。相手の体勢が一瞬低くなる。直後そいつは物凄い勢いで突進してきた。俺が反応できたのは奇跡と言って良いだろう。迫ってくる角に向かって咄嗟に鞄を押し付ける事で何とか受け流した。


「ゔっ……ゴホゴホッ!」


串刺しは何とか免れたものの相手の勢いが強く、数メートル吹き飛ばされて近くの木の幹に叩きつけられる。


肺の中の空気が無理やり押し出され、空気を求めて喘ぐ。だが息が整うのを待ってくれる様な甘い相手ではなかった。


俺が吹き飛ばされた分の距離があったはずなのに、いつの間にか相手はすぐそこまで迫っていた。


鋭く尖った長い歯がズラリと並んだ口を大きく開け、のしかかる様に飛びかかって来る。しかし俺が闇雲に振り上げた手が顎下に当たり、相手の狙いが僅かにずれた。ガキンッ!と顔の真横で歯と歯がかち合う。


「ハァ……ハァ……このやろっ!」


犬もどきの腹を蹴って下から抜け出し、何とか距離を取る。だがこんな距離一瞬で詰められるだろう。


振り返って身構える。だが突進してくる気配はなかった。よく見るとさっき突進した勢いで角が木に突き刺さり、身動きが取れなくなっているらしい。


よし!今なら逃げられーーーー


ミシミシミシミシッ!


背中を向けた途端、そんな嫌な音が聞こえて来た。恐る恐る振り返ると、突き刺さった角から幹を一周するように亀裂が走っていく。


「うっそだろ……!?直径1メートルぐらいあるんだぞッ!?」


バキバキバキッと派手な音を立て木がゆっくりと傾いていく。


最後に一際大きな音を立てて木が倒れ、もくもくと土煙が上がる。その中から次第に浮かび上がる姿があった。その双眸は真っ直ぐこちらを射抜いている。


相手の体勢が一瞬低くなる。先程と同じ、こちらに突進してくる構え。こっちにはもう鞄なんてない。


ゴクッと生唾を飲み込む。と同時に相手の地面が弾けた。何とか反応しようとしたが、相手の威圧感に気圧され尻餅をついてしまう。


これではもう逃げられない。


既に目の前には、俺の頭くらい簡単に噛み砕けそうなほど大きく開かれた口。俺にできる最後の抵抗は目を瞑る事だけだった。


………ベチャっという音を立て、生温かい何かが頬に付着する。身体に痛みはない。死ぬ瞬間というのは案外こんなものなのかもしれない。


そんなことを考えながら、俺はゆっくりと目を開けて頬を拭う。手の甲が真っ赤に染まった。


「えっと……大丈夫?」


呆然としている俺の目の前にスッと手が差し伸べられた。視線を上に向ける。


こんなじめっとした場所には似つかわしくない……太陽のように明るい笑顔を浮かべる女の子がそこにいた。

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