奴隷の少女
王国ばっかりなのもあれだと思ったので、オーランドは王国から帝国になりました。
5メートル四方の小さな箱。
それが私の世界だった。
足が重い。
何故なら枷がついているから。
身体が重い。
何故ならまともな食事をずっと食べていないから。
心が重い。
何故なら……
自分が何のために生きているのか分からないから。
私は奴隷。
親に捨てられたという、どこにでも転がっているようなありきたりな理由で私は首輪をつけられた。
日々のほとんどをその部屋の中で過ごしていた私は、ある時久しぶりに外に出る機会を得た。
長い事使っていなかった足は中々言うことを聞かなかったけど、怒られないように必死で歩いた。
連れていかれた先には恰幅の良いおじさんがいた。
ニコニコと笑顔を浮かべていて、優しそうな人。
もしかしたらこの人は良い人かもしれないなんて、そんな淡い期待を抱いた。
私みたいに、労働力としてほとんど無価値な奴隷を買いに来ている時点でそんな訳がないのに。
おじさんの屋敷に連れていかれると、鞭で叩かれた。
何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も。
必死に許してって叫んでも。
笑顔で媚びへつらっても。
みっともなく泣き喚いても。
何をしても結果は変わらなかった。
だから私は何かをするのをやめた。
叩かれても声を上げず、涙を流さず、表情を変えなかった。
気がつくと、再び元の部屋にいた。
記憶の隅には、
「こいつは壊れた。もういらん」
という私を買ったおじさんの声が残っていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆
おじさんに再び売られてから暫くの時間が経った。
ギィッという何処か錆びついたような音を立てて、部屋の外から空気が入り込む。
もう二度と開くことはないだろうと思っていた扉から、背の高い銀髪の青年が入ってきた。
「ククッ、よもやこんなガキとはな」
何がおかしいのか、その人は妖艶に嗤う。
「おい店主。俺はこいつを買うぞ、いくらだ」
「は、はいっ。いえ、他ならぬ陛下の頼みでしたら勿論お金は頂きません!」
「そうか……ふむ。この店に皇帝御用達と名乗ることを認めよう」
「あ、ありがたき幸せ!」
店主は喜びからか肩を震わせている。
陛下、と呼ばれたこの青年は一体何者なのだろうか?
「よし、行くぞ。付いて来い」
急にそう言われ、慌てて私は青年の後を追う。
でも私はもう知っているのだ。
その先に希望なんてない事を……
☆☆☆☆☆☆☆☆
連れていかれた先は、大きなお城だった。
本来私のような人間は、その威容を見上げるだけでも烏滸がましいというのに、何の冗談か中に入る事を許された。
青年はその中の一室に入っていく。
私もそのあとに続いた。
中にいたのは、年齢も性別もバラバラの5人の男女だった。
ただ……私を含めてその場にいた人間には共通点があった。
それは……眼。
理不尽な目に遭い、怒りを通り越して何かを諦めたような……そんな眼。
きっと私もこのような、暗く淀んだ眼をしているのだろう。
それに何故か、私は奇妙な安心感を覚えた。
「おい、これを持て」
そんな事を考えていると、青年から何か渡される。
それは私の見慣れたもの、鞭だった。
ここでもまた叩かれるのかと思ったが、ふと疑問に思う。
これを持つ?貴方じゃなくて私が?
「さぁ……」
青年が私の耳元で囁く。
耳触りのいい声が私の鼓膜をくすぐった。
「これであいつらを叩け」
ひぅっと喉から変な音が漏れた。
一瞬何を言われたかわからなかったが、時間とともに言葉の意味が私の頭に染み込んでくる。
「………は……はい」
視線をあげると、5人と目が合った。
彼らは一様に怯えた顔でこちらを見ていた。
ああ、
先ほどまでの安心感は消え、私は断崖絶壁を見上げているような気分になった。
違う。
私は無防備な背中を見ながら腕を振った。
その度にバシンッという乾いた音とくぐもった声が部屋の中に響く。
誰か、
「どうだ?無抵抗な者を嬲るのは中々に愉快だろう?」
青年は酷く楽しそうに肩を揺らす。
誰か早く、
知らず知らずのうちに私の口角は吊り上っていた。鞭を振るい、苦痛の声が上がる度私の心は高揚した。
あの時のおじさんもこんな気分だったのだろうか。
なるほど、確かにこれは……愉しい。
……それなのに。
こんな私を、
何故だろう、視界がぼやけ出したのは。
何故だろう、私の目から溢れて止まらないのは。
何故だろう、高揚しているはずの心がこんなにズキズキ痛むのは。
………壊して。
少女の声無き叫びを聞く者は、まだ現れない。




