決闘の末に
「お前が負けるほどの相手か」
柔らかな日差しの中で小鳥の囀りと共に渋味のある声が鼓膜を揺らす。
「ああ?なんだ団長か」
道端で寝っ転がっていたギルは、腹筋の要領で身を起こしながらその人物を視界に収める。
「強かったよあいつは」
「ふむ、その割にはほとんど傷がないようだが?」
そう言われて身体を見ると、確かに傷はほとんどない。
強いて言えば殴られた顔が少し腫れている程度。
むしろセイの方がよっぽど重症だっただろう。
これじゃあどっちが勝ったか分からねえじゃねえか。
フッと軽く笑みがこぼれる。
「まあでも……確かに俺は負けた」
「……そうか」
「なあ団長」
「何だ?」
「俺、騎士団辞めるわ」
そう言ったギルの表情はひどく晴れやかだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「うぅ……」
見慣れない天井だ。
ボーッとして上手く思考がまとまらない。
取り敢えずベッドに寝かされてる事だけは分かった。
「やっと起きたのね。いつまで寝てるのよ」
壁にもたれかかったカリナが呆れたような口調で言う。
俺は身体を起こそうとしたが、脇腹に激痛が走りポスッと枕に逆戻り。
「いってぇ……ここは?」
「王都を出て少し進んだところの村よ。良かったわね、この村に治癒の魔法を使える人がいて」
そんな魔法もあるのか。
流石異世界。
「あれからどのくらい経ってる?」
カリナと話しているうちに思考もクリアになってきた。
俺はギルに脇腹を斬られたことを思い出す。
「あれから2日経ってるわ。馬車で移動してる時なんか、あんたピクリともしないから死んだんじゃないかと思ったわ」
「そんな物騒なこと言わないでくれます!?」
「あの子……ステラも心配してたわよ。ずっとあなたの看病してたから、今は疲れて眠っちゃってるけど」
「………そうか」
「あんたが起きたって報告してくるわ。大人しくしときなさいよ」
そう言ってカリナは部屋を出て行った。
なぜか鼻歌を歌っていたが、何かいいことでもあったのだろうか?
カリナが出て行ってから少しすると、ギィっという音と共に猫耳の少女が入ってきた。
「セイ……?セイッ!」
ステラが勢いよく抱きついてくる。
随分と心配をかけたみたいだ。
ステラの目には光るものがあった。
「ああ、ステラ心配かけて悪かっグゥゥ!!」
ステラが俺の腹に顔を擦り付け、涙やらなんやらでぐちょぐちょになるがそんな事はどうでもいい。
あのステラさん俺脇腹怪我してるからそんな強くしな痛ぇぇッッ!!!
ステラとは違う理由で俺も涙目になった。
だが俺の腹に頭を埋めたまま動かないステラの旋毛を見ていると、とても怒る気にはなれない。
「俺……生きてるよな」
「………うん、生きてる」
「そっか」
それならこの痛みも今は受け入れよう。
ただもう少し優しくしてくれると嬉しいな……
☆☆☆☆☆☆☆☆
「はい、あーん」
「いやそれぐらい自分で」
「はい、あーん」
「いやだから自分」
「はい、あーん」
「あ、あーん。むぐむぐ、あ、美味しい」
ステラの圧力に屈し、俺は恥ずかしい気持ちを押し殺してステラにお粥を食べさせてもらっていた。
先程この村の医師から2、3日安静にしていれば大丈夫だろうと言われたところだ。
そのためもう少しこの村に滞在する。
「移動はそれからだな」
「そうだね、安静にしてなきゃダメだよ」
「分かってるって」
「セイ君。君にお客さんだよ」
「俺に?」
俺を治療してくれたらしい医師の人が、部屋の入り口からひょこっと顔を出しそう言った。
客?俺に?知り合いなんて殆どいないのに?
「ギルだと言ってくれればわかるって」
急に部屋の温度が下がった気がした。
ステラの息を呑む音が聞こえ、俺のこめかみから一筋の汗が伝う。
「……その人は今どこに?」
「食堂で君の連れの人達と一緒に昼食を食べているけど……」
……………は?
「今行きます!」
「あ、ちょっと!セイ君は安静にしてないと……」
「すみません、ちょっとそんな場合じゃないんで!」
俺は医師に引き止められたが、そんなのんびり出来る状況じゃない。
俺とステラは頭がこんがらがりながらも、急いで食堂に向かった。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「ガッハッハ!なんだお前話がわかるじゃねえか!」
「オヤジこそ!良い趣味してるぜ!」
俺達が食堂で最初に目にした光景は、何故かガルクとギルが肩を組みながら酒を飲んでるところだった。
うん、どゆこと?
「ハッ、お父さん!早くその人から離れてッ!」
俺より一足早く状況を認識したステラが叫ぶ。
俺は必死に目を動かしカリナを探した。
そいつはテーブルに突っ伏して、すぴーという間抜けな音を立てながらグースカ寝ていた。うん蹴り飛ばしたい。
「どうしたんだステラ?そんなに慌てて。こいつは酒の味がわかる良い奴だぞ?」
「いいから!その人はーー」
「あーちょっと良いか?」
ステラの言葉を遮って軽く手を挙げたのはギルだった。
「そこのお嬢さんが心配するのは当然だが、もう俺にセイをどうこうする気はねえ」
「……その言葉を信じろっていうの?」
「ああ?そうだな……もし俺がセイに危害を加えるつもりならもうやってる。セイは見るからに弱ってるしな」
「それは……そうだけど……」
「まだ不安か?ならこれでどうだ?」
ギルはおもむろに壁に立てかけていた大剣を手に取ると、俺の方向めがけて放る。
なるほど、武器を捨てて敵意がない事をアピールか。
……うん、それは良いんだけど、鞘がついてるから斬れる心配がないとはいえ、こんな馬鹿でかい剣を手負いの俺にキャッチしろと?アホなの?
「うぉいッ!!」
咄嗟だったため変な声が出たが、俺はなんとか剣を避けた。
受け取る人を失った剣は、ガシャンッという音を立て地面を滑る。
「おいっ!?ちゃんとキャッチしろよ!」
「こんな馬鹿でかい剣なんてキャッチ出来るかッ!それくらい考えてから投げろ!いやそもそもこんな危なっかしいもん投げんな!」
「チッ……まあこれで俺に敵意がないことはわかってくれたか?」
「うぅ………でも……」
まだ渋っているステラの頭をポンっと軽く叩く。
「とりあえず信じるよ」
「セイ!?」
「そうしないと話が進まないだろ?」
「……うん、そうだね」
俺の言葉に一理あると思ったのか、ステラは納得したようだ。
「さてと……」
ここからが本題。
「ギルはここに何をしに来たんだ?」
「……俺は昔っから旅をしてみたくてなぁ……」
「はい?」
旅とここにいる事がどう繋がるんだ?
「そんな時に面白ぇやつをみつけたんだ。デカイ鳥に荷物全部持ってかれたとか、闘いの最中に武器を放り捨てるようなやつでな。こいつに付いていけば楽しそうだと思ったわけよ」
ふむふむ……ん?
「そ、それは中々変わったやつもいたもんだな」
「クックック、そうだろ?何でも王子を差し置いて聖剣に選ばれて、その王子から逆恨みされたせいで王都から逃げ出したって話だ。こんなやつなかなかいないぜ?」
「早く要件を言ってくださる!?」
なんか自分の恥をどんどん挙げられてるみたいで、背筋がむず痒くて仕方ない。
てか最後のは俺悪くないだろ!
「俺も一緒に連れて行ってくれないか、セイ?」
表情も口調も穏やかなものだが、眼だけは真剣だった。
冗談ではなさそうだ。
「俺と一緒に来たところで面白い事なんて特にないと思うけどな。それにギルは騎士団か何かに所属してるんだろ?そっちは良いのか?」
「ああ、それならもう辞めてきた」
「そうか、辞め……辞めてきた!?行動が早いにも程があるだろ!?」
新兵だからすぐ辞めれるのか?
でもそれにしたって……。
ギルが副団長だったと俺が知るのは、もう少し後のことになる。
「旅に出る以上、あそこに身を置いてても仕方ないからな。それで……どうなんだ?」
ぶっちゃけギルの事は嫌いじゃない。
確かに脇腹を斬られたりしたが、特に憎しみだったり負の感情は抱いていない。
それはつまり……そういう事なんだろう。
「……いいぜ。これからよろしくな、ギル」
「フッ、こちらこそだ」
俺とギルは固く握手を交わした。
俺の中に断るという選択肢が出てこなかったんだから仕方ない。
「話は済んだかしら」
いつの間に起きたのか、カリナが腕を組んで偉そうに仁王立ちしていた。
「ギルと言ったかしら。あんたはこのメンバーの中で一番下っ端よ。私の事はカリナ様と呼びなさい。良いわね?」
「おいカリナ。べったりよだれついてるぞ」
その瞬間、カリナの顔がぼっと真っ赤になる。
凄い早さでゴシゴシよだれを拭き取り、俺の足をげしげし蹴ってきた。
こいつ俺が怪我人だってこと忘れてないか?
「とにかく!私の事はちゃんと敬いなさい!」
「ああ。よろしくなカリナ様……プッ」
「ああッ!笑った!今こいつ笑った!セイ、ちょっと手を貸しなさい!今ここでこいつを叩き斬るわ!」
アホな事を口走っているカリナの頭をバシンッと叩く。
「あんなもん見せられたら誰でも笑うわ」
「ステラ!ステラは私の味方よね!?」
「う、うん……ふふっ」
「何で笑うのよ〜〜ッ!!!」
約一名を除いて、食堂に笑いが溢れる。
こうして、俺の旅の仲間が一人増えた。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「聖剣の使い手がフィーリア王国を逃げ出した……だと?」
「はい、諜報部からの報告はそのようになっております、陛下」
目の前で跪く自分より一回り年上の男を、華美な装飾が施された椅子に腰かけた銀髪の青年が見下ろす。
その名をクリストフ・ディ・オーランド。
オーランド帝国の現皇帝である。
「ふむ……フィーリアの現国王は愚王ではなかったはずだが?」
「何でも第3王子が独断で行動したようです」
「成る程。息子の手綱を握れないとは、父親としては二流だったということか」
ククッとクリストフは妖艶な笑みを浮かべた。
「彼の国も愚かな事をしたものよ。聖具は莫大な力を国に齎してくれるというのに。なぁフラン?」
クリストフは、玉座の傍に寄り添うように立つ少女の首にしなやかな指を這わせながら尋ねる。
「その通りでございます、我が主人」
その少女は、クリストフの手を愛おしそうに両手で包み込み、恋する乙女のように頬を桃色に染め、
ひどく無機質な目でクリストフを見つめた。




